ルイス後編11
「ねぇ、アデル。クリスとはどこで会ったの? リリィ姫のお茶会?」
「いいえ。お会いしたことはありません。ルーイの入学式や卒業式を覗き見した時に、隣に座ってらっしゃるのをお見かけしただけです」
カールが帰った後、私はアデルを問い詰めた。
優しくだよ?
「それで、何? 好きになっちゃったとかじゃないよね?」
「好きになる? ルーイはわたくしを罠に掛けようとしているのですか? わたくしとの婚約の解消を目論んでいるとしても、こんなやり方である必要はないでしょう?」
アデルの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
綺麗だ。
いや、そうじゃない!
何?
どういうこと?
「私が? 君と? 婚約の解消? どうしてそうなるの? 私はイヤだよ、絶対。絶対、絶対、絶対、イヤだ!」
私は、こういうときどうすればよいか知っている。
心と体の赴くままに、アデルをぎゅっと腕の中にしまい込んで、アデルが嫌がるまで絶対に離さないで抱きしめ続けるんだ。
13才になった後はアデルを抱っこするのを自粛しているから、実に3年ぶりのアデルのぬくもりに全身全霊がアデルを堪能している。
ずっとこうしていたい。
「ルーイは北領サマー侯爵家のマーガレット様を気に入って、生徒会に指名したと伺いました」
「なっ! 彼女はそんなんじゃないよ。リリィ姫から聞いたの?」
南領紛争がなかったから、南領サウザンドス家のマグノリア公子はルカと改名しなかったし、マーガレット夫人ともまだ出会っていなかった。
二人を会わせるために二人が生徒会に入るように手を回したのは事実だ。
我ながらいい案だと思ったんだが、私が彼女を気に入ったなんて、冗談じゃない!
「リリィは、何にも教えてくれません。わたくしが気の毒なのか、いつもに増してとっても優しくしてくれます」
リリィ姫じゃないってことは、ミレイユ姫か……
アデルは、リリィ姫のお茶会にしか参加しない。
それでリリィ姫のお茶会のメンバーは、次世代の社交界をけん引する錚々たる顔ぶれになっているが、皆んなアデルに良くしてくれていると聞いている。
一方、ミレイユ姫は、帝立学園の高等部に入学する年齢になったので、トムと共に帝都の東領公邸で暮し始めた。
時戻り前に偽者が横行したので、万が一にも成り代わりが起きないように、広く顔を覚えてもらう目的で学園に通ってもらうことになったんだ。
学園入学前にトムの求婚も受けてくれたみたいで、婚約の公式発表も終えている。
フレデリックの指導の下、トムと協力して東領が抱えた違法薬物の取り締まりやアルバート陛下の大粛清の後に押し寄せた腐敗貴族たちの更生などの活動に従事した美談をひっさげ、東領民から次期領主夫妻にと望まれている実力派カップルにまで成長している。
不慣れな帝都で困らないようにとアデルが甲斐甲斐しく世話を焼き、二人が再び気の合う友達になったことを微笑ましく思っていた。
学園の令嬢社会では、長年、お茶会を重ねアデルの親友ポジションになったリリィ姫の傘下に入って、学園の二大美姫としての地位を固めつつあるところだ。
全て順調に進んでいると思っていたのに、こんな巨大な落とし穴が潜んでいたとは!
「アデル。誰から聞いたかはもう聞かないから、何を聞いたのか教えてくれる?」
「ぐずっ。ずずっ。聞いたのは、ルーイがマーガレット様を生徒会メンバーに指名したというお話だけです。ルーイが特定の令嬢にそんなことをするなんて、お好きなのですよね? 皆んな察していると思います」
「え? 生徒会に指名しただけだよ? それに指名したのはマーガレット嬢だけではないよ?」
「あの方だけ皆が納得できる理由がありません。家柄の良いミレイユ姫やリリィ姫ではなく、とびぬけた成績優秀者でもなければ、魔力量が多いわけでもない令嬢を指名する理由なんて、誰にもわからないのです。恋しかないでしょう?」
そんな風に誤解されているなんて、ショックだよ。
ミレイユ姫はトムにはこの話はしていないのか?
私にまで届いていないぞ!?
「そんなわけないじゃない? 私には君がいるのに!?」
「マグノリア様も、ルーイがマーガレット様のことを褒めちぎっていたとおっしゃいました」
ん?
それは、マグノリア公子にマーガレット嬢に対していい印象を持ってもらいたかったからだよ!
マグノリア公子は、時戻し前は一年遅れで学園に入学したから私達と同じ学年だったけど、今回は正しい年齢で入学したから、一年先輩なんだ。
積極的に機会を作らないと、元妻に出会わないんだよ?
とは言えないし……
ああ、もう、どうしよう。
本当に違う風に誤解してしまったんだね?
それよりも、ちょっと聞き捨てならないことが耳に入ったんだけど?
「アデル、マグノリア公子と会ったことがあるの?」
「はい。リリィのお茶会に挨拶に見えられることがあります。ミレイユ姫がこちらに引っ越してくるときには、マグノリア様が帝都に住み始めたばかりの頃に戸惑ったことについてご助言いただきました」
あ~。最悪だ。
油断した。
10才でリリィ姫のお茶会が始まった時には、マグノリア公子は領地にいたけど、去年から学園に通うために南領公邸に住み始めたんだった。
時戻し前の記憶に引きずられて、サウザンドス家の兄妹は不仲で、お茶なんて一緒にしないだろうとか考えてて、アデルがマグノリア公子と出会うとか、発想がなかったよ!
「アデル。私はアデル以外に好きな子なんていないよ? 他の令嬢にはミリも興味がない。マーガレット嬢は、リリィ姫みたいに『女帝気質』なんだ。だから、マグノリア公子の伴侶におすすめしたくて推薦した。そういう意味で、動機は不純だったかもしれない」
「リリィと『学年女王の座』争奪戦を繰り広げていると聞いています。そんな方がマグノリア様におすすめなのですか?」
「うん、だって、リリィ姫がお嫁に行った穴を埋めるのには、同じ『女帝気質』の令嬢が南領の民にウケそうじゃない?」
かなり苦しい言い訳だったからか、アデルはもっと訝しんで、拗ねて私の胸に顔を埋めてしまった。
超かわいい。
「でも、ルーイはわたくしの事は妹のようにしかみていませんよね? いつもとても大切にしてもらっていますから、不満を言うのは良くないとは分かっていますが……」
「妹? 妹なんて、思っていないよ! 市井の言葉を気にしているの? 全然ちがうよ!!」
6才で婚約を結んだ時には、私の過保護で紳士的な態度が仲が睦まじい未来の皇太子夫妻だと誉めそやされたが、16才になった今は同じ過保護で紳士的な態度が「仲の良い義兄妹」のようだと暖かく見守られるようになった。
行儀が良すぎたんだ!
アデルはもしかしてそれを気にしていた?
「ぐずっ」
ああ、ダメだ。
いじけモードに入って、しゃべらなくなってしまった。
うーん。
どうだろう。
私が紳士的すぎて愛されているか不安になってくれたってことだよね?
ぐふっ。
嬉しくて、ドキドキしてきた。
もうそろそろ溺愛モード全開にしていいかな?
でも、まだ15才だからな~。
怖がるかな?
ごくり。
「あ、あのね、アデル、弟たちの悪い見本にならないように頑張って紳士的に振る舞っているんだよ。私、ホントは、アデルが食べたくて食べたくてどうしようもない時があるんだ」
「たべる…… 食べる!?」
私の心臓がバクバク言っているのは、お膝抱っこされているアデルにも聞こえるだろう。
どう?
このくらいは、まだ怖くないよね?
「そう。ちゃんとって言い方はおかしいけど、私はアデルの事、伴侶として好きで好きで仕方がないんだよ。衝動的に襲って食べちゃいたくなるぐらいに」
「!!!」
アデルにも意味が通じたようだ。
真っ赤になっている。
「チュッ。もうちょっと、味見していい?」
アデルは涙目のまま真っ赤になってコクコクと頷くアデルがかわゆーて、かわゆーて、かぶりつきたくなったけど、我慢。
緊張? 怖い?
指先がちょっと震えているから、まず、その震えた指先にキスを落としてから、唇ももうちょっと味見させてもらった。
時戻し前だったら、長い時間ベタベタしたら、意表を突くようなことを言って、するりと私の腕の中から抜け出されたりしていたんだけど、今日は私がベッドに寝かしつけるまでずっと私にくっついていてくれた。
よっぽど不安な気持ちにさせたんだな……
猛省した。
アデルはこのほかにも時戻し前とは異なる行動をとることがある。
でも、不思議と、このアデルがあのアデルと別人だとは思わない。
時戻し前と後で環境が違うことで、行動が違っているだけだ。
これからはあのアデルみたいに愛されていることを疑わないで済むように、二人きりの時にちょっと過剰気味にベタベタするつもりだ。
し・あ・わ・せ・だ。




