ルイス後編8
「マチルダ姫と結婚? ない」
カールはお見合い相手のマチルダ姫への興味を失って帰ってきた。
まじですか?
でも、ひとまずノーザンブリア夫妻が無事に生還できたことをひとまず喜ぶとしよう。
「マチルダ姫は、『魔術は想像力だ』と言って、譲らなかったそうです」
マチルダ姫はやらかしていた。
ダニエル様は、カールとマチルダ姫が決裂するように仕組んだのではないかと疑った。
私達はカールの手記の片方しか読んでいない。その手記は「アレクシア姫」の死とカールの雲隠れの辺りで終わっているが、ダニエル様はカールとマチルダ姫の離婚の危機についての記述も読んだのではないか?
カールとマチルダ姫はある時、子育て論争で、離婚の危機に面した。
それは神学論争のようなもので、「魔術は想像力だ」と考えるマチルダ姫と「魔術は論理だ」と考えるカールは真向から対立した。
マチルダ姫は全てに恵まれた姫だったから、魔力は「如何にクリエイティブに使うか?」を重視し、そのように子供たちに教えた。
カールは、生まれながらの継承者じゃなかったから、幼少期から厳しい修行を余儀なくされたし、双子の姉は魔力障害者で魔封じの腕輪がなければ生き延びられなかったから、魔術は理論立てて学ぶことで困難を乗り越える術を得るものだと教えたかった。
マチルダ姫は子供達に魔術を堅苦しいものだと考えて欲しくなかったから、これに関しては譲らなかった。
結果、カールは、全ての財産をマチルダ姫に譲渡し、身一つでアデルの元に転がり込んだ。
驚いた。
アデルは、カールを魔界に連れて行き、魔王ウィリアムへの弟子入りを仲介した。
そして、カールは2年ほど、こっちの世界に戻らなかった。
言い換えれば、アデルはこの件に関してはカールとマチルダ姫の仲裁をしたがらず、会わせてやるまでに2年かかったとも言う。
これに関していえば、初手、マチルダ姫の配慮が足りなかったのだと思う。
カールは、雲隠れした後、平民となって北領の研究地区で魔力無能者を含む魔力障害の治療の研究をしていた。
患者と家族の魔紋を照らし合わせながら分析し、不調個所を特定し、リハビリ治療を行う研究だ。
魔眼宗家の孫のカールと鑑定眼宗家の隠居であるロイが互いの技術を教え合い、ソフィアを非検体に、ロイとユリアナとソフィアの魔紋を照らし合わせて、ソフィアの魔紋欠損を割り出した。
ソフィアの場合は、ユリアナ由来の魔紋遺伝子に欠損個所がみつかり、最初は元遺伝子所持者のユリアナが欠損個所に該当する魔力をソフィアに流し、ソフィアはその感覚を覚え、自分でもできるようにリハビリしたら、魔法が使えるようになったのだ。
同じ方法でマイクロフトも単属性使いから二属性使いになった。
カールとアデルの場合は、両親が既に亡くなっていたから、アデルの活性魔紋とカールの不活性魔紋を比較し、カールの不活性魔紋に該当する部分に魔力を流すリハビリを行ったら、カールは宙を浮けるようになった。
最初は欠損だったり、顕在遺伝の不活性部位の活性化に関する研究だったりしたが、潜在遺伝の能力開発や、遺伝的には魔紋が通っていない魔術を使うトレーニングすることも可能となる画期的なメソッドだった。
私にも恩恵があった。
私は時空魔法使いではないが、時戻しの紋を代々継承してきたことで、時空魔法の「時戻し」だけは遺伝的にも潜在遺伝として魔紋を持つようになっていた。
アデルがその部位に魔力を流し、潜在遺伝を顕在化することで、私は継承紋なしでも、自分の魔術として時を戻せるようになった。
次にその紋近辺を魔力刺激して、対象を指定して時間を撒き戻す「救済」も自分の魔術として使えるようになった。
時戻しに帯同者を付けるのは厳密には時空魔法ではないので、アデルにもそのガイディングは出来ないという限界はあったが、カールの治療メソッドが治療に留まらないのは明白だった。
一方、マチルダ姫の「魔術は想像力だ」という考え方は間違ってはいない。
しかし、それは魔力を持つ者が魔術を応用する場面に置いて重要となってくる考え方だ。自分の属性を自由に操れる魔術師がキャッキャ、ウフフと新しい魔術を開発するような明るい世界だ。
持たざる者や持ち過ぎた者の苦労を間近に育ってきたカールには、傲慢にしか聞こえなかった。
自分の子供達には、弱者の声を聞き、頭を働かせて地道に理論を積み上げることで、彼らを持たざる苦しみから解放する道を知って欲しかった。
そのようにアデルから解説されたマチルダ姫は、大いに反省し、カールに許しを乞うことを願った。
しかし、アデルは、取り合わなかった。
「マティ姉様が『魔術は想像力だ』と仰ったのです。兄様はそう実感するような応用体験をしたことがありません。わたくしは、兄様にもそういう体験をしてもらいたいと願っています。今は邪魔しないでください」
雷魔法使いは、応用体験を存分に楽しめるほど雷をまき散らすことが出来ない。
時空魔法にせよ、雷魔法にせよ、魔王ウィリアムの元で存分に修行して、カールに純粋に魔術を楽しむ時間を持ってもらいたかったアデルの気持ちはわかる。
でも、個人的には、妻子を捨ててまでやることじゃない。
とはいえ、私はアデルと不仲になりたくないから、アデルの好きにさせた。
ずるい?
まぁ、そうかもしれないけれど、取捨選択が明確だと褒めて欲しい。
結局は、マイクロフトがマチルダ姫にまずアデルの機嫌を直すために子供達に「魔力は理論だ」と叩きこむしかないと教えてやり、子供達にその考え方が定着した頃に、アデルを説得してカールを魔界から連れ戻してもらった。
2年間。
長いようで短い期間、存分に「ただの魔法探究者」を楽しんだカールの方でも、マチルダ姫の「魔術は想像力だ」という意見に共感できるようになり、二人は円満に復縁した。
ウチ?
ウチは「魔術は理論だ」派だったよ。
私は敬虔なアデル神の信者だからね。
話を戻すと……
ダニエル公がカールとマチルダ姫のお見合いの席で、初対面の二人がその議論をするように誘導した理由が、全く持って理解できない。
もしかすると、最大の仲たがいを最初に済ませておけば、後は幸せしか残っていないとか、考えたのかもしれない。
時戻し前ほど不幸を積み重ねていないカールだが、「魔術は理論だ」という考え方が彼の核のようなものなので、やり直しの世界では、心からこの点についてカールと共感できる女性と結ばれて欲しいと願ったのかもしれない。
理由がどうであれ、お見合い後、カールはマチルダ姫との婚約を拒否した。
敵対心を抱いたとか、嫌いになったとかじゃない。
興味を抱けない対象になってしまった。
時戻し前のことを知らないアデルも、「あら、それはダメですね」と軽くスルーしてしまった。
どうするんだ、これ?
いいのか、これで?
大失敗に思えてならないのは、私が過去のことを知っているからだろうか?




