ルイス後編7
「つまり、テーラ家の時戻りの影響を受けない緑の部屋みたいな場所を作るためには、一旦この世界を出ないといけないんだね?」
「そう。私達の権能でこの世界を二つに分離して、互いに存在が見えないようにすることはできますが、ルーイの継承紋を読む限り、テーラ家の時戻りの後は、その両方の世界の時が戻ってしまうはずです」
アデルとカールのいつもの魔術談義だ。
今回はマチルダ姫とのお見合いの為に、家族でテーラ宮殿の迎賓館に滞在しているのに、相変わらずオタクネタで盛り上がっている。
「テーラ家の継承紋は書き換えられる?」
「うーん。テーラ家の継承紋を書き換えて、分離した世界の片方だけにしか機能しないようにすることはできるでしょう。でも、世界を分離しない限り、帝都だけ時を戻すなどということはできません」
「ふーむ。この世界の外に出て、一階層上の世界に入るのは、時空魔法の最終奥義みたいな難易度?」
「技術的な難易度は分かりませんが、ターミナルに入る権限が必要だそうです」
この双子は、10才になった。
時戻し前に両親を亡くした年齢だ。
ダニエル公、アルバート陛下の協議の結果、時戻し前と同じ状況を作って、ジンクスを壊すことで違う歴史を作ることになった。
アデルとカールは、時戻し前の同日に、同じ縁組のお見合いで両親を亡くしたことを知らない。
二人とも時空魔法の訓練中だから、時戻しの仕組みは私よりも詳しく知っているし、これが私の代の時戻し後の世界であることも察しているが、時戻し前にどういう歴史を紡いでいたかについて聞かれたことはない。
アデルは私がベタベタするから、時戻し前も婚約関係にあったんだろうと思っているようだし、カールは私がなれなれしいから、時戻し前も親友だったんだろうと思っているようだが、それだけだ。
「カール。迎えの馬車がエントランスに着いたよ。見送るよ」
「ああ、ありがとう。父上を呼んでくる」
「ねぇ、アデル。カールを見送った後は、久しぶりにチェスでも、どうかな?」
「ん? ルーイ弱いから、イヤ」
「ぐふっ」
間違いなく時戻し前とは違う歴史を紡いでいると言えるだろう……
私はアデルと二人でノーザンブリア夫妻とカールを見送った後、お留守番で預かったアレクサンドリア姫とマイクロフト、ギルバート、ジェームスの3人の弟たちを交えてカードゲームに興じた。
ふふっ。気付いてくれたかな?
5年前、ソフィアに家出される未来がありうることを知ったアルバート陛下は、ソフィアに対する態度を改めたことで、子供が二人増えたんだ。
マイクロフトは、かわいい末っ子キャラを脱却して、溺愛お兄ちゃんキャラになった。
多分、今、帝都で一番モテてる皇子だ。
ダニエル公との最初の会談の後、私はアデル、フレデリック、レイチェルと帝都内の離宮で暮らすようになったからよく知らなかったけど、中身おっさんのトムは、ちっちゃいマイクロフトをバカかわいがった。
私も会いに行けば、マイクロフトをバカかわいがった。
ノーザンブリア家では長子扱いしてもらえなかったアデルもテーラ宮殿に時空魔法の訓練に来たときにマイクロフトをバカかわいがった。
もう、皆で寄ってたかってバカかわいがったら、マイクロフトは弟たちが生まれた後、同じように弟たちをバカかわいがるようになった。
お兄ちゃんになったマイクロフトは、クリス風の男の子にも憧れられるかっこよさを湛え、時戻し前に「泣き虫マイクロフト」と呼ばれた面影はない。
初恋の相手はやっぱりアデルだったようだが、その辺はぎゅーーーーっと目をつぶった。
ぎゅーーーーーっと。
一番下の弟、ジェームスが生まれた頃、トムは東領に乗り込んだ。
最愛のヴァイオレットが心配で仕方がなかったようだ。
8才のトムを一人で出すわけにもいかないから、フレデリックとレイチェルがついて行った。以降、私とアデルはテーラ宮殿に戻って皇太子と皇太子妃の部屋を占拠している。
ちょうどダニエル公とアルバート陛下が水面下で潰し続けた不穏分子も粗方きれいになっていたので、精神薬を不法所持し悪用した証拠が集まったスミレ公を罷免して、テーラ家による東領の執政が始まった。
スミレ公は、完全に正気を保った状態で、投獄され、罪を償うことになった。
スミレ公の二人の子、ミレイユ姫とシオン公子は、それぞれ別に育てられることになった。
ミレイユ姫、すなわち時戻し前のトムの最愛ヴァイオレットは、イースティア姓のままで、フレデリックの庇護下に入り、トムたちと一緒にイーストール城で暮らしている。
シオン公子は、スミレ公の前夫トンファーン卿に引き取られた。
まだ幼いと言える年齢だったので、精神面が崩れないか心配しつつも、本人に出生の秘密を伝え、テーラ家の第6皇子に迎えることを提案したが、本人の希望でイースティア姓のままでトンファーン卿の庇護下に入った。
あと5年ほどフレデリックによる東領執政を続け、東領の整理と南領紛争の完全回避が確認出来たら、トンファーン卿に執政を譲れるようにトンファーン卿には副執政官として活動してもらっている。
シオン公子は、トンファーン卿の娘メラニー嬢と婚約を結んだ。メラニー嬢とは、時戻し前に私の後ろをついて回った偽者のミレイユ姫だ。
トンファーン卿の後継者がシオン公子になるのかメラニー嬢になるのかまだ分からないが、将来的にはトンファーン家とイースティア家の両方の血を継ぐ東領執政が誕生するだろう。
時戻し前のシオン公子が表に出ることを嫌っていたことを考えると、彼がトンファーン家に婿養子に入って、執政はメラニー嬢が継ぐような気がしなくもない。
あの二人は時戻し前も結婚して、睦まじく暮らしていたから、良縁なんだろうと思う。
今回は、二人の出会い方も良くなるようにトムが全力でプロデュースしたと聞いた。
トムは時戻し前、シオン公子に対し、親切だとは言い難かった。
彼がテーラ宮殿に預けられることになったことに反抗して、家出したことをずっと後悔していた。
だから、時戻し後は、彼に全力で親切にしているようだ。
腹違いの兄弟だが、年齢も同じだし、どちらかというと親友の感覚で関係が育ってきているそうだ。
東領周りはまだ不安定な部分も多いが、偽者、本物、男装、女装などのねじれのない状態で歴史が紡がれるようになって、安堵している。
シオン公子とアデルを会わせてみたかって?
会わせるわけがない。
因みにクリスともまだ会わせていない。
私はものすごく心が狭いからね。




