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ルイス後編6

 気になる人もいると思うだろうから、この5年間に起きた他の変化についても書いておこうと思う。



 ノーザンブリア家は、イースティア家からの交流会の打診を断った。それでアレクサンドリア姫の死亡原因は発生せず、今も元気に暮している。


 イースティア家は、次にサウザンドス家に交流会を打診したが、サウザンドス家はこれを1都4領の首脳会議に変更することを提案した。


 件数が増えつつあった向精神薬による事件について、足並みを揃えて抜本的な対策を練る目的だった。


 しかし、スミレ公はロータス公主催の帝都の南領公邸での首脳会談を欠席したことで、イースティア家とサウザンドス家の交流もなし崩しになった。


 スミレ公にメンツを潰されたと感じたロータス公は、娘と東領のシオン公子の婚約について、キッパリと断った。


 もちろん、ウチの仕込みだ。

 権謀術数のテーラ。

 こういうのは得意だ。

 

 ウェストリア家のエドワード公に状況を共有して、カメリア夫人経由でスミレ公が孤立するように仕組んだ。


 これはアルバート陛下の復讐だった。


 アルバート陛下はフレデリックの時戻しの帯同者で、初回はスミレ公と結婚した。


 帝都にはびこる腐敗貴族を一括粛清するための調査において、協力者として支えてくれたスミレ姫に恋をしたと思っていたのだ。


 時戻し後にソフィアに出会うまで、自分の恋が魅了薬によってもたらされたなんて発想すらなかった。


 魅了薬は猛烈に恋心をくすぐる作用があるが、そこに洗脳の効能はないから、違和感が残らず、まったく気付けなかった。


 ソフィアと出会い、スミレ姫が魅了薬を保有していることを知った後、二度目の腐敗調査の際は、スミレ姫を遠ざけた。


 焦ったスミレ姫は数少ないアルバートとの接触の機会を逃さず魅了薬を盛った。アルバートは、気付かぬふりをしてスミレ姫の前で魅了薬入りのワインを飲んで見せた上で、スミレ姫とは恋に落ちないことを本人に知らしめた。


 アルバート陛下は、前妻スミレがそんなことしないと信じようとしたし、一度は見逃した。

 

 帝室の影がキッチリ仕事をして、証拠を抑えることが出来ていたが、罪を問うことはしなかった。ただ、徹底的に距離を置くにとどめた。



 同時に、アルバートはソフィアに対する気持ちを自覚した。魅了薬でくすぐられた恋心の向け先は目の前のスミレ姫ではなかった。頭に浮かんでくるのはソフィアのことだけだった。


 しかし、アルバートはソフィアに愛を告げることができなかった。


 恋心を隠して、契約結婚を提案した。


 ソフィアを生涯監視したかったのは、ソフィアの発明が世に危険をもたらすことだけが理由じゃなかった。


 ソフィアを生涯眺め暮らせたらどんなに幸せだろうという自分の欲を満たすためでもあった。


 しかし、そのことをソフィアに知られてしまえば、ソフィアはアルバートを拒絶するようになるだろうと怖くて、愛の言葉は口から出てこなかった。


 こうして、傍目になんとなくぎこちない夫婦が誕生した。


 フレデリックの第一子の私がテーラ家の継承紋をもって生まれてきたとき、皇帝に即位したばかりだったアルバートは、ソフィアにこの子を二人の子として育てることを提案した。


 アルバートとソフィアの平行線は続いていたから、二人は永遠に後継ぎが生まれるようなことをしないと判断したソフィアはそれに同意した。


 時戻しの能力の継承者は、世界のド真ん中で情勢を把握しておく必要があるから、フレデリックもその子を皇帝の後継者として育てることに同意したが、テーラ宮殿に居残って息子の傍で暮すことをその条件とした。



 その翌年、東領の領主夫妻が事故で亡くなった。


 それは時戻しの前には起こらなかったことだった。


 アルバートは、調査も兼ねて自ら領主夫妻の葬儀に参列するために東都イーストールへ足を運んだ。そして、そこで新種の精神薬を盛られて、スミレと関係を持ってしまった。


 それは、酩酊、催淫、催眠、混乱の複合効果を持つ、強烈な精神薬だったが、証拠が何もない。ただ、シオン公子の誕生に繋がる一晩となってしまった。


 スミレから夜茶に誘われたとき、アルバートは東領に押し寄せた帝国貴族の処理に助力を求める話が出るのだとばかりに思って油断していた。


 自分の両親の葬儀の為に来た皇帝に精神薬を仕掛けるなんて、想像の範囲を超えていた。


 心に深い傷を負ったアルバートは、満身創痍で宮殿に戻った。



 ソフィアは心配した。

 東都から戻ったアルバートが何やらずっと泣きそうな顔をしているのだ。


 普段は番犬の代わりと言って自分の寝室に眠りに来るアルバートが自分の寝室に籠ってしまった。


 一週間ほど様子を見たが、あまりに落ち込んでいるので、枕を持ってアルバートの寝室に入り、慰めることを試みた。



「お亡くなりになった東公夫妻のことをそんなに大切に思っていらしたのですね?」


 ソフィアは見当違いの理由で、アルバートを慰めた。

 1才のルイスが泣いたときと同じように、ヨシヨシして、トントンして、赤子をあやす感じに近い感覚で、頭にキスを落としてしまった。


「違うんだ。そうじゃないんだ。私は君を裏切ってしまった……」


 ガックリと肩を落とし、号泣しながら東都で起こした不貞について懺悔するアルバートに、ソフィアは大いに混乱し、ますます赤ちゃん扱いして、優しくアルバートを抱きしめた。


 そうして、二人は絆を深め、翌年、トーマスが生まれた。


 トーマスに先んじて生まれたスミレの子、シオン公子が水の継承者だということを知ったアルバートは、再びショックを受け、ソフィアに慰められ、その翌年マイクロフトが生まれた。


 以来、アルバートは東領とイースティア家を徹底的に避けるようになったし、公式にはどの領にも足を運ばなくなった。



 私の時戻しの後、東領を避け続けたことが二つの紛争に繋がったことを知ったアルバートは、時戻し前の世界で東領に隠密を派遣して調査を進めていたダニエル公と連携し、密かに東領の不穏因子を潰していった。


 結果、スミレ公、シオン公子、ミレイユ姫が精神薬の被害にあわなくなり、イースティア家の治世は表向き安定した。



 フレデリックと私の両方の時戻しの帯同者となったダニエル公は、因果関係を説明してくれた。


 スミレ公を執政不能に至るまで廃人化したのは、ソフィアが帝室に嫁入りするにあたって養子入りしたソードン家だった。


 ソードン家は、魔力暴走に苦しむ娘を救うため、未完成の魔力暴走の調整薬を販売した時期があったり、認可を受けた後も正当に販売した調整薬の利益を全て研究費に回し、赤字のように見せたことで脱税の罪でアルバートの大粛清で処罰対象になった。


 赤字に近い運営になっていたのは本当のことだったので、ちゃんと会計審査を受けて追徴税を払えばよかったものを、スミレ公に誘いに乗って東領に拠点を移し、研究を続けていた。


 ソードン家は東領北辺で大規模魔力戦闘が起きた原因が、標品としてソードン家が提供した精神薬だということにすぐに気付き、ダニエル公の元にカールとシオン公子のための解毒薬を持ち込んだ縁でダニエル公の協力者となった。


 ソードン家は、シオンを亡くして寝込んでいたスミレ公の治療と称してイーストール城に入り、自白剤を用いて真相を探った。


 子供たちに凶化薬を盛ったのは、スミレ公の自作自演だった。

 日常的に毒物を盛られているシオン公子に同情してもらうため、毒性が少ない精神薬をカールに飲ませてノーザンブリア家の不安を煽る目的だった。

 怪しまれないようにシオン公子にも同時に飲ませた。



 スミレ公は、研究者ではないから、凶化薬の恐ろしさをよくわかっていなかった。

 魅了薬や酩酊薬を使った経験から、恐ろしいことが起きるとは想像できなかった。

 子供だから魅了薬ではなく、ちょっと乱暴になる精神作用がある薬だと楽観視していた。

 毒じゃないから命の危険はないだろうと軽く考えていた。


 それがスミレ公がシオン公子を失う原因となった。


 ダニエル公はシオン公子を救出した後も、イースティア家に返すつもりはなかったから、本人が戻りたがらなかったのは幸いとして、中立フロンシーズ家の庇護下に置くために、アデルと共に帝都に送った。


 ソードン家は、娘を助けるために必死に研究を続けてきた家だ。幼い子供に精神薬を服用させるスミレ公が許せず、そのままスミレ公を廃人化した。


 スミレ公の夫君は、それに乗じてイースティア家を乗っ取り、自分の元の婚約者とその間に出来た娘をイーストール城に入れた。


 ダニエル公は、帝室も影を入れて東領の状況を把握していることを察知しており、隠密に調査は進めさせつつも様子見していたら自分自身が毒殺されてしまったと力なく笑った。



 アルバートは、ダニエル公に自身に起きた精神薬の被害とシオン公子の出生の秘密を打ち明け、ダニエル公と違って記憶はないが、自分のことだからカイゼル・ソードンの悪行を知りつつも、スミレ公への復讐心から見て見ぬふりをしたのだろうと詫びた。



 正直に全てを吐露したアルバートを見て、ダニエル公もカレン夫人が正気を失いつつある実情を打ち明けた。


 時戻し前のシオン公子とカールは、凶化薬の影響下、天変地異級の魔法災害を起こし、アデルがカールによって撲殺されてしまった。


 そして、ダニエル公が迷わずアデルを救済したことで、アレクサンドリア姫を救済することができなくなり、カレン夫人はアデルを「忌み子」と呼んで、救済すべきはアレクサンドリア姫だったとダニエル公を酷く責めた。


 その後、混乱薬を盛られて完全に正気を失ってしまったカレン夫人は、カールのことを心配してカールに会いに来たアデルをアレクサンドリア姫としてかわいがるようになった。


 それでアデルはカレン夫人とシオン公子の前では「アレクシア姫」を演じるようになった。


 カレン夫人が再びカールを可愛がるようになったのは、それより後で、カールがアデル演じる「アレクシア姫」を救済してからだったそうだ。


 その後、ダニエル公とカレン夫人が死亡し、アデルは「アレクシア姫」としてカールの傍で暮らすことを望み、フレデリックとレイチェルもノーザス城の迎賓館に滞在することが多くなった。


 最後に、アデルはダニエル公の死の翌年、フレデリックの不在時にノーザス城で酩酊薬を盛られて入水し、シオン公子によって3度目の救済を受けた。


 アデルが成人までに3度死んで、3度救済を受けたことを考えると、ダニエル公にはノーザンブリア家で育てる自信がないと正直に告白した。


「ダイアモンドを頼みます」


 苦痛を噛みしめるような表情でフレデリックに頭を下げたダニエル公の姿は一生忘れられないと思う。

 

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