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マグノリア5


 アレクシア姫の隠密部隊は、サウザーン城に潜入し、南領公印を探し出した。

 権利書や証書も持てるだけ回収した。

 私の両親の部屋に飾ってあった小さめの家族の肖像画も。


 アレクシア姫はそれらをカールの元に運び、それから帝国領の森へ向かった。


 カールはアレクシア姫が森に到着する頃合いを待って、印章類を私に渡した。


 ルイスが危険な行動をとらない状況が確定してから、印章類を私に渡したんだ。



 ルイスは「ちょっと出てくる」と言って何処かへ出て行った。


 私は心配になってカールに相談した。


 カールは、小さくため息をついて、行先はアレクシアのいる森だから近衛がついていれば心配ないと言った。



「陛下は北領の公印が帝室にあることをルイスに秘密にしてくれていたんだな……」


 実は私も知らなかった。


「北領は領主公印なしでどうやって回っているんだ?」


「帝都に送って、帝国印を押印してもらっている。北領印は紛失したことになってるから、現在の公印は全て帝国印だ。私が成人したら新しいものを作るか、突如発見されるだろう」


 それは現在の北領の公文書を見ればすぐにわかることだった。


「何故、そんなまどろっこしいことを?」


「敵が内部にもいるからだ。だからアレクシアを連れてきた。一人で置いておくと殺されてしまう。でも南領よりも帝国領の方が安全だから、アレクシアは森に送った」


 連れてきた?

 勝手についてきたというのも芝居か……


「ルイスのためにそのような工作を?」


「私達兄妹は彼の治世を楽しみにしているんだ。死んでもらっては困る。君もきっと彼の良さがじわじわと沁みてクセになるよ。でも理由はそれだけじゃない。来るべき大粛清の日へ向けた仕掛けだよ」


「大粛清? 今回の出兵もその計画の内なのか?」


「純粋に南領を救済に来ていなくてガッカリさせたかな?」


「いや、既に十分な厚遇を受けている。感謝しかないさ」


「ルイスの治世が始まる前に北領を綺麗にしておくのが、私と妹の目標でね。その後は、まだ決めてない。西公の『帝室一強論』に乗ってもいいと思ったりしている」


「つまり、北領を畳む、と?」


「公印が帝国印のままになるってだけさ」


「君たちは?」


「妹は隠密で、身を隠すのが上手いんだ。私も一緒に隠してもらうさ」


 アレクシア姫は「無菌室の姫」の時代から隠密たちに上手く隠してもらっていたんだろう。


「南領もそれでいいかもしれない」


 私は正直、領主としてやっていく自信がない。

 平時ならまだしも、この難局と乗り越えた後にのしかかる長きに渡る復興への道を戦い抜けるだろうか。


 今回、南領各地を襲撃した無国籍軍事集団は、複数都市を同時襲撃できるレベルの組織力があるようだ。

 南領を奪還できるかすら先が見えない。



「隠れるのはルイスに南領を取り返させてからにしてくれ。君を探しながら戦うのは大変だから」


「ああ、そうだな。取り返してから、考えよう」


「南領をとりかえしたら、北領の『大粛清』だ。その後なら歓迎するから、君の気が向いたら北でまったりというのもアリだと思うぞ」


「ありがとう。何から何まで、ありがとう」



 私は帝立学園には全く興味がなかったが、こういう人物と親交を深められるのであれば、行く価値があったのかもしれない。



 ルイスは、1週間ほどして戻ってきた。


「姫とは会えたのか?」

 

「いや、接触してない。見てただけ」


「!!? 会いに行ったんじゃないのか?」


「私はあの子のトラウマを掘りおこしてしまうからね。再会は平和になってからだよ」


「トラウマ?」


「あの子は覚えていないんだ。あの子が両親を失った日、誰と遊んでいたか」



 北領の先代領主夫妻が亡くなった時、アレクシア姫はテーラ宮殿でルイスと仲良くお留守番していたそうだ。北領領主は「内部の敵」に警戒して、姫を帝室に預けたのだろう。


「強力な毒でね。カールを助けるので精一杯だったそうだ」


 猛毒はお菓子に仕込まれており、甘いものを好まなかったカールは少ししか食べていなかったので、吐き戻させることによって一命をとりとめた。


 カールは既に命を落とした両親の横で嘔吐薬を飲まされ、ひたすら吐くことを強要された。

 彼がその時の両親の姿を覚えているのか分からないが、3週間後に目を覚ました時には、両親が既に亡くなっていることを悟っていた。


 カールが目を覚ました時には葬儀も埋葬も終わっていた。


 それでも、両親の死を理解していたし、自分の新たな責任も理解していた。

 


 アレクシア姫はそうではなかった。

 カールが目を覚ますかどうか分からない間、アレクシア姫が暫定次期領主だったが、カールの無事ばかりを祈るただの「妹」だった。


 喪主となった前領主の弟君は、領主かのように振舞っていたが、領主夫妻が王都へ出立するにあたって北領印を預けていなかった上に、暫定次期領主のアレクシア姫に怖がられていて、帝室によって領主不適格と判断された。


 この時点で、ルイスとアレクシア姫の婚約は締結されており、発表待ちの状態だったが、カールが目を覚まさなければ、将来は北領領主アレクシアと皇帝ルイスとなる。

 2人の婚姻は実現不可能だった。



「私と母上で3か月間、付きっ切りで世話をしたんだよ。特にカールが目覚めるまでは不安定で、母上は目を覚ましては泣き叫ぶアリーを抱きしめて眠ったよ」


 カールが帝都で生死をさまよっている間、ソフィア皇妃とルイスはアレクシア姫の手を引いて北領領主夫妻ご遺体と共にノーザスに戻り、葬儀、埋葬に参列した。


 ソフィア皇妃とルイスはアレクシア姫が「温もり」を感じていられるように傍から離れなかった。


 冷たい世界に行きたがらないように引き留めるための苦肉の策だ。

 埋葬が終わったら直ぐに帝都に戻った。

 死者ではなく、生者に目を向けるように。


 帝都に戻ったアレクシア姫とルイスは、毎日カールを見舞った。


 目を覚まして。

 戻って来て。


 二人でずっとそんな風にカールに呼びかけた。


「アリーが悪姫と呼ばれるようなディストピア的な思想になったのは、私と母上のせいかもしれない」


 ソフィア皇妃とルイスは、絶えずアレクシア姫に寄り添って、絶えずアレクシア姫に話しかけた。


 でも話すネタなんて、そんなにない。


 だから辞書を持ち出して、一緒に言葉の意味を考えた。


「したたか、悪い言葉として使われるけど、大事だね。しぶとく、粘り強く、ちょっとやそっとでは負けないって、カッコイイよね」


「かねのもうじゃ、悪い言葉として使われるけれど、必要悪よ。お金を持っていれば多くの事を素早く解決できる術を得るわ」


 

 つよくなろう。

 かしこくなろう。

 ずるくなろう。


 ソフィア皇妃とルイスは、両親を亡くしたアレクシア姫に誰にも陥れられない子になってもらわなければならなかった。

 やさしく、純粋で、無垢な子のままでいる余裕はない。


 そのために、悪い概念を良い風に教えすぎたのかもしれないと、力なく笑った。


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