ルイス後編5
「ダイアモンド、おいで」
「カール!」
ノーザンブリア家とテーラ家の話し合いは概ね上手く運んだと言えるが、一点、猛烈に不満なことも残った。
カールだ。
アデルは、ルーイよりもカールが好きだった。
カールの姿が見えると、物理法則を無視してフヨフヨと寄っていった。
毎日、お昼寝後の魔術訓練と週に一度のお泊りの夜は、カール自らアデルを迎えに来て、連れ去った。
3週間のノーザス城滞在期間の内、アデル防衛に成功したのはゼロ回だった。
常にカールが最優先。
このことはカールの手記にも記されていたが、カールは手記の内容を全く知らなくとも確実にアデルを連れ去ることが出来る凄腕だった。
両家の話し合いの中で、カールには時戻し前の出来事も手記の内容も伝えないことにした。
カールが幸福だったら、世の中はどうなるか?
当代の時戻しの重要テーマの一つだ。
不幸な記憶が存在しない状態を作り出さねばならない。
同じ理由でアデルにもできるだけ過去の情報を与えないことにした。
何も知らなくともアデルはカールの存在を感じ取ればフヨフヨと寄っていったし、カールもアデルを大事にした。
くやしい……
「ダイアモンド、パパとママが父様と母様とお話し合いをしている間、魔術のご本を読もうか?」
「読む!」
カールはアデルが好きなものをよく知っていた。
アデルは魔術の話には興味津々だった。
ソファーで横並びに座り、カールが開いた魔術の本を横から覗き込んで楽しそうにおしゃべりをしていた。
両家の話し合いの間、私はアデルと遊んであげられないから、子守としては最高の人物だったが、仲が良すぎて涙が出そうになった。
アレクサンドリア姫も一緒に遊ぼうとしていたが……
静かに過ごすことを好むアデルとカールに対し、アレクサンドリア姫はダンスをしたり、鬼ごっこをしたり、身体を動かす遊びが好きだったから、運動が苦手なアデルはアレクサンドリア姫も苦手としていた。
これも手記の通りだった。
そして、もう一点。
「優秀なアレクサンドリアとの婚約を歩くこともままならないダイアモンドなんかとの婚約に差し替えるなんて、ナンセンスですわ」
手記から匂ってくる通り、カレン夫人はアレクサンドリア姫だけを溺愛していた。
カールとアデルを冷遇しているわけではない。アレクサンドリア姫を二人よりもかわいがっているだけだ。
それはカレン夫人を取り巻く悪評がこの双子によって再び蒸し返されたことに由来しているようだった。
この世界には婚約破棄が多い。
多くなる原因は「時戻し」だ。
どの世代でも時戻し後は世の中を変える動きをとる。その時に伴侶も変える動きが頻繁に見られることに由来する。
例えば、突然引き起こされたフレデリックの代の時戻しでは、伴侶の変更をゆっくり時間をかけて円満解決を目指したり、表向きを取り繕ったりする余裕がなく、そのまま醜聞となった。
それが、立て続けに起きた4件の衝撃的な婚約破棄だ。
一人はアルバート第1皇子。陛下に関していえば、フレデリックの時戻しの前にも同じ婚約破棄が起きたので増えたわけではない。
一人は北領ダニエル公子。幼い頃からの婚約者との縁を切って、魔眼修行の際に世話になった師匠の娘カレンと結婚した。
一人は西領エドワード公子。こちらは南領サウザンドス家のカメリア姫を唆して、ウェストリア家に押しかけさせ、前の婚約者を押しのけて略奪婚に導いた。
一人は東領スミレ姫。スミレ姫の父君が事故で亡くなった後、紫色の瞳のイースティア家の家臣の一人が半強制的に新領主の伴侶に召し上げられた。これはアルバート陛下が養子入りしなかったことで、発生した。
その頃、カレン夫人は前世代の4大悪役令嬢の一人と呼ばれた。
その後、テーラ家では、私がテーラ紋の継承者、マイクロフトが特殊紋の継承者として生まれ、ウェストリア家には風の継承者のクリスが生まれ、イースティア家には水の継承者のシオンが誕生したことで、この3件の婚約破棄は比較的早い段階で正当化された。
しかし、ノーザンブリア家のカールは生まれながらの継承者ではなかったし、双子の姉アデレーンは、重篤な魔力障害で出生さえ秘密にされた。
カレン夫人の子だけ、略奪婚が正当化されなかったことが、彼女にとって大きな負担になったようだった。
ノーザンブリア家132代。
生まれながらの継承者ではない長男は初めてのことだったし、双子は双方ともに雷だけの単属性で生まれた。
カレン夫人の母君が魔力不能者で、カレン夫人が単属性だったことが原因と思われる。
結果、カールの魔術訓練は物心ついてすぐという信じられないほどに幼い頃から開始され、5才でようやく継承紋が発現したばかりだった。
その話を聞いた後は、カールとアデルは大人しいのではなく、ヘトヘトに疲れ果てているカールにアデルが優しく寄り添って疲れを癒そうとしているようにも見えた。
「カールは既に雷の継承紋の継承者になったのですよね? これ以上厳しい魔術訓練は不要ですね?」
「ああ。そうだな。もしカレンがアレクサンドリアばかりに構うようなら、私がカールばかりを可愛がってバランスをとるようにする。根本的な解決にはならないかもしれないが……」
カレン夫人は心無い悪評に心のバランスが崩れかけているとの事で、カールも可愛がるようには仕向けられないらしかった。
それでも、ダニエル公が意識的にカールに愛情を注いで育ててくれれば、マシだろう。
「アデレーンは、時空魔法の訓練のため引き続きテーラ家でお預かりして、よろしいですね?」
「双子の片割れの存在が秘匿されていたことが『ノーザンブリア家の汚点の隠ぺい』だとカールに誤解されていたようだ。そしてダイアモンドを汚点扱いしたカレンを嫌うようになった。今回はダイアモンドを当家に戻して表に出させて欲しい」
アデルは、ダイアモンド・アデレーン姫として存在が公表された。
生まれた時から重篤な魔力障害を患い、テーラ家に預けられているが、容体が安定したので晴れて公表の運びとなったと説明された。
アデルは治療のため引き続きテーラ家に預けられること、フレデリック皇弟の帝都離宮で暮すこと、テーラ皇太子ルイスと婚約し皇太子がフレデリック皇弟の籍に入り、共に暮らすことなどが発表され、新聞各社の紙面を飾った。
利用されたのは、アデルのおじいさんの葬儀の際に、陛下に抱っこされて行進に参加した様子、私にエスコートされて葬儀に参列した様子、フレデリックに抱っこされてレイチェルにキスしてもらっている様子など、全て喪服での写真だったが、権謀術数のテーラ家の総力をもって美談に仕立て上げた。
特に私とアデルが仲睦まじそうに会話している様子や、段差などで私がしきりにアデルの様子を気遣っている写真が多く掲載してもらえるよう工夫した。
ノーザンブリア家の姫は、北領の至宝で、政略結婚はアウトなのだ。
愛に溢れた様子を北領の臣民に知ってもらう必要があった。
私がアデルにデレデレの写真が沢山あって、我ながら誇らしい。
誰がどう見ても恋愛結婚への道を突き進んでいるように見せつけた。
ねじれは解けるだけ解いて、概ね満足のいく形でアデルを帝都に連れ帰った。
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あれから5年。
テーラ家は、定期的に私とアデルの仲睦まじい写真を新聞社に提供し続け、幼いながらも帝都で最も有名なバカップルになった。
「皇太子妃の座」争奪戦などと言うバカバカしい争いは生じる余地もなく平和に過ごしている。
そして10才になったカールが、遅まきながらもマチルダ姫とのお見合いの為に帝都に足を運ぶことになった。




