ルイス後編4
結論から言えば、フレデリックは速やかにダニエルに情報共有して、ノアを退学させてノーザスに戻してもらった。
薬の影響で混乱した人物を相手にするのだ、気をつけていればよいというレベルを超えていた。
アルバートは、自分がスミレに魅了薬を盛られたことを察して、スミレとの接触を断った。
そして、ソフィアと交渉して「混乱」成分の分離研究が終わったら、生涯アルバートの監視下に入って欲しいと依頼した。ソフィアは何を研究させても社会不安を引き起こすタイプの天才だった。
ソフィアの目的は悪ではない。
悪用する者が悪なのだ。
それでもソフィアが世にもたらす研究成果物の影響力は手元で制御する必要のあるレベルに大きかった。
ソフィアはアルバートの監視下に置かれるのを嫌がって、科学研究からは一切手を引くから幽閉は見逃して欲しいと願った。
アルバートは幽閉の代わりに結婚を提案した。
二人はそういう経緯の契約結婚だった。
いや、結婚は契約だが、契約で結婚するという別の契約が存在するという意味だ。
ソフィアは、「第一皇子、かっこいいし、悪くないわね?」と承諾した。
アルバートは、実はソフィアの人柄をとても好んでいたが、照れくさくて言えなかった。
数年の婚約期間を経て、ソフィアはブリタニー家からソードン家に養子に入り、そこから嫁入りして皇妃となった。
中立の名門から帝室に嫁入りしたことになると都合が悪いからだった。
しかし、これが新たな問題を引き起こした。
まず、「ソフィア・ソードンとは誰だ?」と大騒ぎになった。
神童ソフィア・ブリタニーは、幼稚舎から高等部を通して、一度も帝立学園に通わなかった。
16才で学位を取得後、学会デビューして、電磁気学の研究で物理のソフィアと呼ばれるようになったから、普通の貴族令嬢は、ソフィアの顔をしらなかった。
ソフィア・ソードンという名前なら知っている人がいた。天才カイゼル・ソードンの妹で、帝立学園の高等部に一年だけ在籍したことがある秀才だった。
身体が弱く休みがちだった令嬢だ。
別人だが情報が少なすぎて混同されたりもした。
帝都の令嬢達は、その世代の一番のイケメンだった第一皇子をかっさらった令嬢の素性が全く分からなかったのだ。
ソフィア妃はありとあらゆる悪評を立てられ、アルバートは権謀術数のテーラの総力をもって潰した。
今となっては、帝都にはソフィア妃のことを悪く思う貴族は少ない。
例外は、イースティア家のスミレ公やノーザンブリア家のカレン夫人のようにアルバート第一皇子とソフィア妃が成婚した頃に帝都を離れ、最近の帝都の情報に疎くなっている人物のみだろう。
地方にいても、帝都の情報を得ている貴婦人たちの方が多く、ソフィア妃は、概ね高評価に変わっている。
時戻し前にルカと結婚したマーガレット夫人の実母である北領サマー侯爵夫人などは、ソフィア皇妃を敬意を持って接していた。
しかし、カールの記述から、アデルの生みの母君のノーザンブリア家のカレン夫人が、ソフィアのことを悪く言っていたと思われる。
もしかすると、カレン夫人は正しい情報を知った上で「ぽっとでのソフィア」に対し、個人的に悪感情を抱いていたのかもしれないが、そこを掘っても仕方がないだろう。
テーラ家としては抗議とまではいかないまでも、誠意をもって真実を理解してもらう努力はすべきだろうという事になった。
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「父上。父性を育てるなら、我が子でお願いします。上手く行けば母上が家出するのを阻止できるでしょう」
「え? ソフィアが家出するのか?」
プカプカ浮いているアデルも葬列に参加できるように皆で予行練習をしたら、陛下がアデルを抱っこするのを気に入って離したがらなくなったので、牽制を入れた。
「父上が家族を罠にかけるようなことをしたことが原因で、一家離散に繋がりました。早いうちから母上に愛を語れるようになることですね」
固まった父上に向かって腕を延ばし、アデルを渡すように促した。
アデルは私が醸した不穏な空気に気圧されるように、プカプカとこちらに移ってきてくれた。
そうそう、これぞアデルだ。
自信満々の顔で、当然のことのような素振りで促せば、理由がわからないままに雰囲気に飲まれて従ってくれるのだ。
素直でかわいい。
6才の私と5才のアデルじゃ抱っこにならず、身を寄せ合っているように見えなくもないが、父上から引きはがせたから満足とする。
領葬は、ノーザス城から聖堂までの葬列の行進、聖堂での葬儀、そして墓所への埋葬の式次第で進んでいく。
行進の際は大人が抱っこ、葬儀の際は背丈が近い私が腕を貸すエスコート、そして埋葬については他家であるテーラ家の面々は遠慮するという体で、先にノーザス城の迎賓館に戻ることで、アデルが表に晒される時間を短くすることになった。
皇族は歩ける年齢になると、抱っこされなくなる。
自分も親になってみて、それが子供のためであることを重々理解するようになった。
歩ける年齢になっているのに抱っこされている皇子は、甘えているだの、自立心がないだのと悪評を立てられるからだ。
アデルは、フレデリック皇弟の養女だ。
歩ける年齢の皇族だから、抱っこされての葬列行進はアウトだ。
同じ年齢のカールが自分の足で歩いて行進するのだから、尚のこと、悪目立ちするだろう。
プカプカ浮いてしまうアデルをノーザンブリアのおじいさんの葬儀に参加させてやりたかったから、悪評をのむことにした。
時戻し前のアデルが両親の葬儀で9才のアレクサンドリア姫として似たような醜態を晒したことを思い出して胸が苦しくなった。
今回はまだ5才だし、これを機にアデルが魔力障害を患っていることについて公表する予定な分、マシだろう。
埋葬まで終われば、翌日はノーザンブリア家とテーラ家の間の話し合いだ。
テーラ家からはアデルをノーザンブリア家に戻すことを提案しようと考えていたから、アデルが皇帝や皇弟に抱っこされた状態であってもノーザンブリア家の葬儀に参加させることは布石としては重要な意味を持っていた。
私はそんな提案したくなかった。
時戻し前のような、偽者だらけ、偽名だらけ、雲隠れだらけの世界にしてはならない。
それは確かだ。
その最初の一歩として、私も戸籍上はフレデリックの息子に戻ることを決めていた。
でも、アデルをノーザンブリア家に戻してしまえば、テーラ家はアデルの処遇に関する一切の権限を失ってしまう。
アデルと兄妹として一緒に育った後、結婚前にノーザンブリア家に戻すことが出来れば理想的だ。
でも、それではねじれを解消したことにはならない。
私はイヤだったが、承諾した。
アデルはパパとママの娘じゃなくなることをギャン泣きで嫌がった。
「アデル、私のお嫁さんになってくれないかな? そしたらフレデリックとレイチェルの娘でいられるよ?」
「なる!」
私は親で嫁を釣った。
アデルの了承も得たので、アデルはノーザンブリア家に戻すが、私の婚約者としてウチで育てたいと提案することが決まっていた。




