ルイス後編3
目を覚ますと、アデルが横でお昼寝していた。
時戻りした後の事が不安で仕方がなかったが、目を覚ますと横でアデルが寝てるなんて、凄くいい!
かわいくてほっぺをツンツンしたら、目を覚まして、ぐずった。
なんてかわいいんだ!
ぐずるアデルなんて、貴重すぎるだろ?
あーーーーー。
幸せだ。
ニッコニコであやしたら、アデルはまたウトウトして二度寝した。
子供のお昼寝ってこんなもん?
フレデリックからカールが記した「ダイアモンド姫の記録」を借りて、ベッドサイドで読みながらアデルが目を覚ますのを待った。
カールにはテーラ家に関する誤解も多かったようだ。
テーラ家側が知らなかったノーザンブリア家の秘密も多く記載されていた。
アデルは目を覚ました後、すぐに魔術の訓練に行ってしまった。
遊ぼうと思って待ってたのに……
ガッカリしてたら、レイチェルに促されるままに全員のおでこにチュッとしてから出て行った。
アデルにとって私は家族枠に入ったようだ。
呼び名も頼むまでもなく最初から「ルーイ」だった。
時戻りの前と同じく、愛称呼びに恥じらいはない。
むしろ本当の名前を知らない説が濃厚だ。
男の子として意識して欲しい気もするが、欲を出して距離を取られてしまってはイヤだから、家族枠で出来るだけ長く一緒に過ごす戦術でいくことにした。
フレデリックと父上とお茶をしながらダニエル様と話し合う内容についてすり合わせた。
「運が良かった。私達はアデルのおじいさんの領葬を最初の会合のきっかけとすべく時戻りのタイミングを決めましたが、アレクサンドリア姫の死は知らなかったから、回避しようとしていたわけではなかったのです」
「ノーザンブリア家にはテーラ家の時戻りを私的に利用しようとしてはならないという禁忌があるそうだ」
「カールも、アデルも、マイクロフトも家法に従って、君がアレクサンドリア姫を生き返らせるタイミングを意識しないようにしたんだろうね」
アデルはノーザンブリア家の血を引いているものの、家柄はテーラ家だ。
ノーザンブリア家の家法に従う必要はなかっただろう?
教えてくれても良かったんじゃないか?
私に隠し事をしてでもカールの意思を尊重したのだろう……
私よりもカールを優先するところが実にアデルっぽい。
「それにしてもソフィアに関する誤解は酷いものだ」
「どこから説明したらいいか分からないレベルに酷いね。でもソフィア姉さんが払った自己犠牲ついては正しく理解しておいて貰いたいね」
「カールには真実を伝えておきたいので、話し合いに参加してもらうよう要請しましょう」
フレデリックの継承紋を用いた時戻しは、フレデリックの突然死により、強制的に引き起こされた。
フレデリックはどうして自分が死んだのかわからなかった。
テーラ宮殿が急襲された、もしくは帝都が急襲された可能性も踏まえ、時戻しの帯同者は帝都にいなかった人物を選んだ。
東領イースティア家に婿養子に出て東都イーストールで暮していた兄アルバートと、北領ノーザンブリア家の領主として北都ノーザスで暮していたダニエル公だ。
ウェストリア家のエドワード公なら従弟で協力を得やすいが、帝都にいたのか西都ウェスティンにいたのか把握していなかったため、帯同者はこの二人となった。
10年ほど時を戻して、帯同者に帝都に何が起きたのか聞いた。
彼らの記憶では、帝立科学院の物理学研究所で素粒子爆発が起きて、帝都は一瞬で壊滅したこと、水も空気も汚染され、二次被害、三次被害が予想されていたとのこと。
しかし、帯同者の二人も爆発から1ヶ月ほどの頃に時を引き戻されたため、詳しいことは分からなかった。
その時、三人の頭に浮かんだ名前が、天才科学者ソフィア・フロンシーズだった。
ソフィア・フロンシーズは、鑑定眼の宗家に生まれた魔力無能者だった。
遺伝的には魔力無能者になる要素はない。
魔力障害の一種だと思われる。
特殊魔術の名門に生まれた魔力無能者だ。
幼少期はきっと肩身の狭い思いをしただろうし、挫折も味わったかもしれない。
でも、ソフィアは、逆境に負けず、魔力がいらない自分の得意分野を育て、伸ばし、天才科学者となった。
フレデリックの記憶にあるソフィアは、物理学実験を帝都で行うことに反対する論文を書いて、物議を醸していた。
ソフィアが反対している実験は、ソフィアの理論研究の実証実験だったから、自分の仮説を証明しようとしないおかしな研究者としてメディアで叩かれていたことが印象に残っていた。
しかし、10年の時を戻してしまったから、ソフィアはまだ素粒子物理学の研究を始めていなかった。
フレデリックとアルバートの話を聞いたソフィアは、素粒子物理学の研究はしないと約束した。
ソフィアは、世界の安全の為に自分の興味関心分野をあっさりと手放した。
ソフィア曰く、天才と呼ばれる科学者は各世代に数人はいるものだが、素粒子物理学は人気がないから、自分が研究を止めるだけで帝都を一瞬で消し去るような実証実験のテーマは生まれないだろう、と。
素粒子物理学は、研究費がかかる割に実入りの見込みが薄い。ソフィアのような元々のお金持ちが道楽として選ぶテーマだし、もし別の研究者が危険な実験を引き起こすような論文を発表したら、帝室に報告すると約束してくれた。
善意の塊のような人物だった。
そして、友人の生物活性学の研究の手伝いを続けることにした。
ところが、一安心したところで雑談として聞いたソフィアが手伝っている生理活性学の研究の話が別の問題へとつながった。
ソフィアの友人は、カイゼル・ソードムという別の秀才だ。妹が暴走系の魔力障害を患っており、一族総出で調整薬の開発をしていた。
魔力暴走が発生した時に、その魔力を回復系の安全かつ有用な魔術に変換して排出する生理活性剤というか、生理触媒を作っていた。
回復系の魔術への変換効率を高める研究をソードム家が、ソフィアは反応の副生成物によって引き起こされる魅了、混乱、睡眠のような別の精神魔法を引き起こす成分を分離精製する研究を手伝っていた。
製剤の化学反応が甘いと「魅了」を引き起こす成分が生じやすく、反応が進みすぎると「混乱」を引き起こす成分が生じてしまう。
それらは魔力を回復魔法に換えるかわりに、魅了魔法や混乱魔法に換えてしまうから、成分を特定して、反応後の混合物を上手く分離精製する必要があった。
ソフィアは魔力無能者だから、反応中の薬剤の蒸気を吸ってしまっても人を魅了させたり、混乱しておかしな行動をとったりすることがないから、この研究には適任だった。
しかも、これはとても面白い実験で、訓練を重ねなくとも薬を飲めば本来使えない魔法が簡単に使えるようになる可能性を秘めている。
フレデリックとアルバート、二人の皇子は自国の天才の熱量に圧倒された。
魅了と混乱では、魅了の方が危険度が低いため、ひとまず反応は甘めにかけることに決まり、ソフィアは魅了成分の分離精製の研究を優先し、概ね成功していた。
魅了成分の分離研究には、イースティア家のスミレ公女のスポンサーも入り、実験作業を分担する研究者を雇うことが出来て非常に助かったが、混乱成分に関しては名門イースティア家とはいえ副生成物となる混乱薬を無償提供するのは気がひけるからテーラ家が支援してくれると非常に助かるとソフィアは結んだ。
フレデリックはギョッとした。
時戻し前に親友ノアを追いかけまわして自殺に追いやった令嬢の名前はソフィア・ソードムではなかったか?
その令嬢は、実験体として混乱成分も含まれている試験段階の薬を服用しているかのような表現だった。
アルバートもギョッとした。
時戻り前に恋愛結婚していたスミレ姫は魅了成分を単分離した生成物をスポンサー特権で無償提供されているかのような表現だった。




