ルイス後編2
目を覚ますと、ベッドサイドにちっちゃいアデルがいた。
かわいい。
私達に娘がいたらこんな感じだっただろうか?
「アデル。ツンツンしちゃだめだよ。ルーイは具合が悪くて眠っているんだよ」
「パパ。ルーイ、おきた」
「えっ?」
私はアデルにツンツンされて目を覚ましたらしい。
少し遠くで本を読んでいた私の生父でアデルの養父であるフレデリックが駆け寄ってきた。
若い……
こうやって若い頃の姿を見ると、皇子様って感じがしなくもない。
慣れた手つきでアデルをひょいと抱え上げた後、私の額に手を当てて熱を測っている。
大きくて暖かい手だ。
父親って感じがする。
私の養父のアルバート陛下はそういうことはしないから、新鮮だった。
アデルはフレデリックの腕の中でイヤイヤして、降りようとしている。
そうそう。
この子だ。
この子が私のアデルだ。
ちっちゃい。
ぶちゃいくで、何ともかわいい。
「アデル!」
私は飛び起きて、アデルに手を伸ばした。
「アデル、ルーイにご挨拶しようか? ハグしてあげて」
フレデリックがアデルを抱いた腕を緩めると、アデルはフヨフヨと宙を浮きながらベッドの上に着地した。
「!!!」
アデルが浮いているのを初めて見た。
時戻り前にはこんな姿を見せてくれたことはなかった。
「ルーイ。おはよう。具合悪い?」
かわいい!
あの水色の瞳で覗き込む様に私を見ている!!
(結婚して!)
口から出そうになった言葉を飲み込んで、私もご挨拶した。
「アデル、おはよう。元気になったよ。ハグしていい?」
「ん」
アデルはベッドの上で膝立ちになって、自分の方から私をハグし、背中をトントンしてくれた。
ナニコレ、幸せなんですけど?
ちっちゃいアデル、警戒心、無さすぎ!
そして、ちっちゃい!
かわいすぎる!!
「パパ。ルーイ、寒い。震えてる」
震えているのは寒いからじゃない。
アデルがかわいすぎて、震えてるんだよ?
「旅の疲れかな? ルーイは、帝都から来たばかりなんだ。お腹に優しい食べ物を準備してもらおうね?」
「てーと?」
「そうだよ。私達の本当のお家も帝都にあるんだよ。今度、一緒に行こうね? でも、今は、ママにルーイが起きたと伝えて、アル伯父さんを呼びに行かないといけないんだ。アデルが行く? パパが行く?」
「アデルが行く!」
アデルは私の腕をすり抜けて、プカプカと浮いてどこかへ行ってしまった。
衝撃的な光景だ。
この頃のアデルにとっては、プカプカしているのが普通なのだろうか?
人間が浮いているのでも異様なのに、それがちっちゃいアデルであることが途轍もなく不思議だ。
まるで夢でも見ているかのように……
「ルイス。『時戻し』を使ったばかりで、気持ちが急いでしまうのは分かるんだが、君の身体はまだ6才だ。ムリは禁物だよ」
フレデリックは、そのように言うと、手際よく私をベッドに押し込めて、しゅっしゅっと掛布団を私の身体を包むように敷き込んだ。
幼な子の父親そのものだが、貴族の父親はそんなこと自分ではやらないだろう。
この人はテーラ帝室の第2皇子だったが、養女がプカプカ浮かぶ特殊体質だったことで乳母のような真似までするようになったんだろう。
時戻し前の私は3児の父だったし、割と子供の面倒も見た方だと思っていたが、まだまだ上がいたんだな。
そんなことより……
「伯父上、アレクサンドリア姫とアデルは別人ですね?」
ダイニングルームで挨拶を受けたアレクサンドリア姫とプカプカ浮いているアデルは明らかに別人だ。
顔は似ているが、表情が全く違うし、生態も違う。
アレクサンドリア姫は自信に満ちた輝きに満ちたぶちゃいくで、アデルはポヤポヤしたぶちゃいくだ。
「アデルはカール卿の双子の姉で、アレクサンドリア姫は二人の妹だよ」
知らなかった。
アデルも、カールも、ノーザンブリア家に養子入りしたマイクロフトも教えてくれなかった。
何故だ?
私は再びぐわんと地面が揺れた気がした。
自分が信じていた人たちにこんな大きな隠し事をされたことがショックで、身体に力が入らない。
「アレクサンドリア姫は、半年後に起きる大規模魔法戦闘で亡くなるそうだ。カール卿の記録によればね」
「???」
フレデリックは横になっている私の頭を撫でながら、穏やかな口調で話を続けた。
「神話時代、ノーザンブリア家の祖先は、時空魔法使いだったんだ。それでここノーザス城には『時戻し』の影響を受けない部屋があって、そこに時戻し前のカール卿の手記が残っているんだ」
「時戻しの影響を受けない部屋? 魔界のような場所ですか?」
魔界というのは、テーラ家の居住区の地下から門を通って転移する別の世界だ。
テーラ紋の継承者は成人の儀の一環で、魔王ウィリアムと奥方のアリエル様と会食をするから、一度だけ行ったことがある。
「大きさはかなり違うけれど、仕組みは同じらしい。ダニエルを帯同者に選んだのは大正解だったね」
「記録のことも、部屋のことも知りませんでした。それに、これまでずっとアデルがアレクサンドリア姫なのだと思っていました。私はずっと欺かれていたんです」
私は信頼されていなかったのだろうか?
「欺かれていたけれど、裏切られていたわけじゃないことは、これを読めばわかるよ」
フレデリックは先程読んでいた本を差し出して、慰めてくれた。
「それがカールの手記ですか?」
「手記には家史とダイアモンド姫の記録の2種類あって、これはダイアモンド姫の記録の方だ」
学生の頃、カールから過去6名の北領の姫の記録を借りて読んだことがある。
女の子が生まれにくい家系で、姫が生まれると宝石の名前を付けられて、嫁入りまでのつぶさな記録が残される。
私が読んだものは全て姫付きの世話係が書いたものだったが、カールが書いたのか?
シスコンだったから、やりかねないが、でも、アレクサンドリア姫の記録ではない?
「ダイアモンド姫?」
「アデルのお姫様名だよ。テーラ家に養子に入ったから、テーラ家の至石をお姫様名にしたんだ。愛称はマンデーだよ」
突然、アデルが恋しくなって涙がポロリと零れた。
「アデルは私にアレクサンドリア姫の庇護を示すアレクサンドライトのピアスをくれませんでした。その代わり、ブラックダイヤモンドのピアスをくれたんです。私はそれが地味に悲しかったのですが……」
「アデルはダイアモンド姫だから、ダイアモンドのピアスを受け取った人間が彼女の最愛だろうね? シールドがいっぱい詰まっていたんだろう? すごく愛されていたと思うよ?」
あのダイアモンドのピアスは、ダイアモンド姫のダイアモンドだった?
嬉しい。
嬉しいよ?
でも、教えてくれたって良かったんじゃないか?
隠した理由は何だったんだ?
私は再び血の気が引いて、気付けば再び眠りについていた。




