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ルイス後編1

「トム、よろしくな」


「ルーイ兄、こちらこそよろしく」


「じゃぁ、行こうか」


「ああ」



 私は「時戻し」を使うつもりはなかった。


 むしろ、絶対に使わないと決めていた。



 私の最愛、アデルは戦死したことになって表にでられない、弟トムの最愛、ヴァイオレットは自分の本当の名前と身分を他人に譲渡し別の名前で生きている。


 理想的な幸せからは程遠い。


 それでも私達は自分たちにとって一番大切な幸せだけは手離さないように握り締めて生きていた。



 しかし、私達の子供達が成人を迎える頃、世界は無残に焼き尽くされてしまった。


 発端は、業火のリリィの蜂起だった。


 業火のリリィは、大聖女ライラックの娘だ。


 南領領主サウザンドス家の遺児、大聖女ライラックは、南領紛争の後、教会に入って神官との間に子を為し、亡くなった姉を偲んでリリィと名付けた。


 リリィの魔力は大した事ない。


 だが、放火は魔法じゃなくともできる。


 リリィは言葉巧みに若者たちを扇動した。


 暴徒と化した若者たちは、実りの時を迎えた穀倉地帯を焼き尽くした。


 燃やすことに喜びを覚えるようになった暴徒たちは、畑を焼き、林を焼き、森を焼き、そして街を焼いた。

 南領を焼き、東領を焼き、西領を焼き、帝都を焼いた。



 南領を起点に食糧不足が発生し、餓えた民が帝都に押し寄せ、帝都の半分が貧民窟と化した頃に、疫病が発生して、世界中に広がった結果、人口の3割が失われた。



 時を戻すしかなかった。




「何故、私を帯同者に?」


「民より為政者の幸せを優先した場合、世界がどうなるのか比較してみたかったからです」



 時戻しの際は、時戻し前の記憶を保持した帯同者を二人まで連れていける。

 私は、弟のトムと北領領主ダニエル公を帯同者にした。


 トムは、私の治世を支えてくれた最も信頼できる弟で、人選に迷いはなかった。


 ダニエル公については、時を戻す地点を決めた際に自ずと決まった。



「私が帯同者に選ばれた説明になっていないが?」


「父と私の治世の間、社会に最も大きな変革をもたらした為政者はカールでした。しかし、彼の幼少期は不幸すぎた。カールが幸福な幼少期を過ごすと世界がどう変わるのか知りたかったのです」



 時戻しの地点は、私が6才、トムが4才、下の弟のマイクロフトが3才の時点にした。


 私はイヤだった。

 そんなに戻したら、私は最愛に愛してもらえる見込みがなくなる。


 魔王歴とテーラ歴の開きが大きくなるとか、不確定要素が多すぎるとか、千の理由をつけて、屁理屈をこねまくって嫌がったが、全ての問題の根源を叩くにはそこが最適であることは疑いようがなかった。


 その時点に戻すことが私の皇帝としての最後の「責任感」の搾りカスだ。

 戻した後は、最愛を再び手に入れるために自己中心的に行動させてもらうと宣言した上で、了承した。


 そして、時を戻した後、速やかに最愛に会う理由を作るために、アデルの祖父の葬式を利用することにした。


 不謹慎?


 全く気にならない。


 アデルの祖父が亡くなった日に時を戻して、それから1か月後に執り行われる北領の領葬に参列することにした。


 といっても、時戻しで唯の皇太子に戻ってしまったし、身体は6才だ。

 現職テラン皇帝の父上に連れて行ってもらった。


 全ての采配が自分の手で行えないのは不便で仕方ない。


 父上もダニエル公も私の生父フレデリックの時戻しの帯同者だから、一から説明しなくとも状況を理解してくれたことがせめてもの救いだ。



「この世界の時間の進行から独立した部屋に残されたカールの記録を読んだから、一元統治政府を作るために、4領の領主一家が揃って姿を消したことまでは知っている」


「この世界の時間進行から独立した部屋? それでは私がここに足を運んだ目的もお分かりでしょうか? アデレーンに会わせてください。出来ればテーラ宮殿に連れ帰って育てたい」


 部屋については意味が分からなかったが、ダニエル公は自分が死んだ後の世界についても知識があるようだった。


 でも、私の興味はそこではない。


 単刀直入にアデルを手元に置きたい旨を伝えた。



 私の最愛アデルは、ノーザンブリア家の姫として生まれたが、魔力障害を抱えておりテーラ家の皇女として育てられたことは知っていた。


 そして、祖父君の領葬には北領の「アレクサンドリア姫」として参列し、以降は北領で育ったはずだ。


 アデルの生みの親、育ての親、婚家の親が目的を隠して話し合いの場を持つことができるこの領葬は、アデルを帝都で育てるように説得するのに都合がよかった。


 ダニエル公の目線では、私とトムが父君を見殺しにしたことになるから、悪い印象を持たれてしまうかもしれないが、ダニエル公の父君ではなく、ダニエル公に北領権限を持たせる為には仕方がなかったと理解いただけるだろう。



「アデレーン…… ルイス殿下も知っているのでは? あの子は……」


「今はノーザス城に滞在しているのではないですか? 会わせてください」


「ふむ。それについては、カールの記録に指定があった。ランチの時でよいかな? アレクサンドリアを紹介する」


 順調だ。



 **



「陛下、殿下、お初にお目にかかります。カールです」


「へーか、でんか、はじめまして。アレクサンドリアです」



 ダイニングへ向かい、既に私達を待っていたカールとアレクサンドリア姫から挨拶を受けた時、地面がぐらついた気がした。


 目の前の私の婚約者は、どう見ても私のアデルには見えなかった。


 アデルにはない自信にあふれた明るさと快活さ、そして人懐っこい笑顔を見せるその幼女を目にした私は血の気が引いて、冷や汗が噴き出した。


 この子は誰だ?


 時戻り前、私が初めて見たアデルは9才だった。


 今は4才?


 これから6年の間に大規模魔法戦闘や帝都への分散退避、母君の混乱薬の被害、シオンの受け入れなど様々なことが起きたことで、あの落ち着きを纏うようになったのか?


 この明るい笑顔の女の子が私のアデルなのか?


 似ていると言えば似ている。私のアデルのプラチナブロンドだし、水色の瞳だ。


 しかし、何かが決定的に違う。



 それに、カールは、カールだった。

 あの物静かな佇まいの、一見地味だがよく見ると不思議な美しさを湛えているカールだ。



 いろいろなことが頭を駆け巡った後、足元のぐらつきが耐えがたくなって、膝をついた後、視界が暗転した。


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