表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

153/169

カール34

 翌年、本物のミレイユ姫ことヴァイオレットをトーマス殿下の元に送った。


 ヴァイオレットは徹頭徹尾、ミレイユ姫に戻ることを拒否していた。長年「アレクシア姫」を演じてきたダイアモンドは、ヴァイオレットの願いを叶えてやりたがった。

 ヴァイオレットはダイアモンドの初めての友人で、他の隠密姉妹たちのような臣下とは一線を画す唯一の対等な友人とも言える。


 だから私もダイアモンドが尊重するように、ヴァイオレットの願いを尊重した。

 ヴァイオレットは、東領紛争終結まで、北領平民としてトーマス殿下の守るイーストール城に入り、執政補佐を務めた後、トーマス殿下と共に南領へ移住し、南領の執政補佐となった。



 **



 その翌年は、東領紛争終結に合わせて、アレクシア姫の戦死を偽装した。


 当初の予定ではヴァイオレットがイーストールに入るのと同時期にダイアモンドもルイスの下に送ってやることになっていた。


 しかし、シオンが学園に留まってくれなかった。イーストールに入ったシオンは、イーストール城を守るトーマス殿下に遠慮して、ルイスと行動を共にするようになった。


 ルイスはシオンとダイアモンドを同じ拠点に置くのを嫌がったから、ダイアモンドは紛争終結まで北領の領境を守護することになった。



「それに、姉様の空間移動魔法による連絡係が便利すぎて、最後までいてくれて助かりました」


「ああ、そうだね。あれはチートだな。ルイスが心配しないように洪水に飲み込まれた後すぐにルイスの居室に転移したら、しばらく離して貰えなかったらしいな」


「そうですよ! ルーイ兄様がダダをこねて引き留めるから、なかなか安否を確認できなかったフレデリック様が心配して魔導航空機でルーイ兄様の前線拠点まで様子を見に行ったんですよ!!」


「時空魔法使いは死を恐れなくなるからダメだな。『間違って死んじゃったらウィリアムに死ぬ前まで時を戻してもらう約束をしていますから、安心してください』なんて、本人はのほほんとしてしまって、周囲の心配が分からない人間になってしまった」



 ダイアモンドにとって、座っていればなんとかなる乗馬は、歩くよりも得意だった。

 アレクサンドリア姫として水色の軍服に水色の刺繍が施された黒ローブ姿で、大きな黒馬に跨り、最前線でシールドを張り続けることは、森を歩くより遥かに簡単だった。


 顔は南領紛争時の英雄アリスター・ノーリスにしか見えなかったから、アリスターの正体がアレクサンドリア姫であることは、じわじわと知れ渡った。


 最終的にアレクサンドリア姫が戦死したことで、アリスターの生存も偽装しなくて済むようになった。


 こうして、5才で毒に倒れたアレクサンドリアは北領の英雄として死んだ。


 今では北領中に黒馬に跨るアレクサンドリア姫の銅像が建てられている。


 酷い話だが私はその銅像を見るたびに、自分の失敗をまざまざと見せつけられているような気分になる。

 

 全てはダイアモンドの功績なのに。

 普通に歩くことすら容易ではないあの子が挑戦を重ね続けた成果なのに。


 その存在すら表に出せないなんて、不甲斐なくて仕方ない。



「うーん。姉様自身は、亡くなったアレクサンドリア様にずっと名前を貸してもらって申し訳ないと感じているようでした。『英雄』と呼ばれるようになったことで、少しは許してもらえるかしらと……」


「そうなんだよな。悪評が立っていた時は死者を冒涜しているような後ろめたさを感じていたが、英雄になっても悪いことをしているような感覚は無くならなかったみたいだな……」



「僕が心配していたのは、姉様が『アレクシア姫』として表に出られないようになったことで、お好きな方とのご縁を諦めざるを得ない状況に追いやられるのではないかという点でした」


「クリス卿のこと? それは心配しなくていいよ。私の縁談が片付いたのを確認もしないでルイスにピアスを渡していたぐらいだから、ルイスのことがガッツリ好きだと思うぞ」


「そうですか? ルーイ兄様、欠点がヤバいから、不安になってしまうんですよね……」


「ダイアモンドの欠点もヤバいからお互い様だろ?」


「ははは……」



 **



 ダイアモンドの次に隠すのは、ルカとマギーだった。


 ルカは、学園卒業後、トーマス殿下が抜けた南領に入って、気乗りのしていなかったサウザンドス家の再興へ向けた活動を始めた。執政にも携わったし、朝議の再開へ向けた議会メンバーの選定も進めていた。


 きっかけはライラック姫がサウザンドス家の再興を目指す気がなかったルカを「負け犬」呼ばわりし、テーラ宮殿で保護された面会を拒絶したことだった。


 ルカは、私がダイアモンドのワガママに折れて、偽者のミレイユ姫との婚約を取りやめて、マチルダ姫との婚約を締結したのを見て、一度はライラック姫の為に折れてみようとした。


 しかし、ライラック姫は、学園卒業に際して、テーラ宮殿を出てルカの待つ南都サウザーンへ引っ越すことを拒否した。

 

 ルカにもそうなることが予測できていた。

 それでも彼はライラック姫の為に出来るだけのことはした。


 自分の中でのけじめだと言っていた。


 ルカが見たライラック姫は、私が見たようなおぞましい大聖女様ではなかったが、それでも不誠実で利己的な内面が透けて見えたことに心を痛めたようだった。


 他に何ができただろう?


 彼は十分以上に関係改善に努めたと思う。


 ライラック姫は陛下の勧める帝国貴族家との縁談を全て断って、ルイスの帰還を待とうとしたが、その前にルカが引き取った。


 ルカはサウザンドス家が所有していた土地を全て売却したから貧乏ではないし、北領で需要の高い農地改善系の知識に強く、くいっぱぐれもないだろう。しかし、本人の希望で、身分は北領平民だ。

 待遇に不満を抱いたライラック姫は、最終的には神の家で「大聖女様」として暮らす道を選んだ。



 **



「シオンには、かわいそうなことをした」


「仕方がありません。『アレクシア姫』はもう存在しないのです」


「君は彼がダイアモンドではなく、『アレクシア姫』を慕っていたと思うんだな」


「シオン卿が姉様に何を見ていたか、僕にはわかりません。でも、姉様はシオン卿が好きだったのは『アレクシア姫』で、ダイアモンド姫ではなく、アレクサンドリア姫を好んでいたのだろうと推測していましたよ」


「根拠を知ってるか?」


「シオン卿はフレデリック様の薫陶を受けて、ディベートが得意だそうです。アレクサンドリア様はおしゃべりが大好きだったから、きっと気が合ったことだろうと言ってました」


「なるほど。確かにそうだな。ダイアモンドはすぐに言い負けて『むぅ』となってしまうからな」


「シオン卿とのおしゃべりは『アレクシア姫』になるためのディベートの訓練だと思って頑張ったらしいですから、姉様的には自分の本当の姿は見せていないつもりのようでした」


「ダイアモンドの本当の姿を隠せてもいなかったと思うけどな……」


「ふふっ。そうですね。姉様は自分で思うより遥かに本当の姿を見せていたでしょう。それでも、ご本人にとっては、シオン卿との時間は精一杯に頑張って取り繕った姿だったようですから……」


「ふむ。偽者のミレイユ姫は、ひたむきにシオンから彼の流儀を学ぼうと努力を重ねていると聞いた。シオンにはそういう女性も悪くないと思う」


「それに、シオン卿の方でもメラニー嬢には甘えることが出来るようですから、悪くないご縁なのでしょう」



 シオンは、南領紛争の中期から終結まで、ルイスと共に前線で敵方を追い立てたが、「アレクシア姫」の戦死の報を受けて、酷く落ち込み、帝都に戻された。


 学園卒業後は、偽者のミレイユ姫を連れてイーストール城に戻り、以降、テーラ帝室第4皇子として東領の執政に携わった。


 彼に全ての真実を伝えるかどうかは、テーラ家の首長である陛下の判断に任せることにした。

 こちらからは、彼に伝えるならばあれこれ虫食い状に秘密を明かすのではなく、全てを伝えて欲しいと要請した。


 彼が全ての真実を知り、尚且つ、ノーザンブリア家と共にありたいと望んだ場合に備えて、彼の身分や資産は整えてある。

 彼が望むなら、彼はいつでも私とダイアモンドの弟だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ