カール33
私の婚約の次は、マイクロフトの養子縁組だった。
伯父はノーザンブリア家を完全に畳むためにも、マイクロフトには、テーラ姓のまま北領の統治者になってもらうことを望んでいた。
しかし、「時戻し」の影響を受けない「緑の部屋」に入室し、当主の記録を読んだり書き残したりするには、あの部屋に入れないといけない。
ダイアモンドがマイクロフトを緑の部屋に招待したことがあったが、部屋に入れようとしても結界に弾かれて中に招き入れることが出来なかった。
ダイアモンドはシオンも「緑の部屋」に招待してみたが、やはり結界に弾かれて招き入れることが出来なかった。
ところが、私とダイアモンドがその部屋でマイクロフトにノーザンブリア家の養子に入ってもらえば良いかもしれないと相談をしている時に「ルベライト」の指輪が出現した。
意思を持った不思議な部屋だ。
シオンではどうかと部屋に聞いてみても、何も起きなかった。
ダイアモンドは「モルガナイト」の指輪に呼ばれたと言っていた。
私は初めて入室した時に、机に「アクアマリン」の指輪が置いてあったので、それを受け取った。
父は亡くなっているので、詳しい仕組みは分からないが、父は「アレクサンドライト」の指輪を身につけていたように思う。
私に娘が生まれたら「アクアマリン」という名をつけるだろう。
北領の姫に宝石の名が与えられるようになったのは、この当主の仕組みに由来することがわかった気がした。
そう言った経緯で、マイクロフトについては、早くから養子縁組を打診していたが、実の両親である陛下と皇妃からなかなか承諾が得られない状況が続いていた。
アルバート陛下には分かっていた。
マイクロフトの養子縁組が「帝国一強論」を進める上で重要な布石であることが。
だから、前に進まなかった。
しかし、アルバート陛下は油断した。
何も知らないマチルダ姫が私の妻に選ばれたことを、私が北領統治への意思を固めたことを意味すると読み違えた。
マチルダ姫もろとも平民になるなんて、発想がなかった。
私にだってマチルダ姫を巻き沿いにして平民になるなんて発想はなかったから、私が「帝国一強論」を実現できたのは、マチルダ姫が大きく陽動してくれたことが大きな転換点となったと言える。
マイクロフトには、アレクサンドリア姫の全ての所有権を委譲した。最も気に入ってくれたのは、研究区域と呼ばれるようになったアレクサンドリア離宮だった。
元々、父上とフレデリック様がダイアモンドに神話時代の特殊な鉱石や鉱物を召喚させては、鋳造、錬金、加工の実験を行っていた施設だった。
ミスリルやオリハルコンは、召喚で鉱物の状態で召喚できるが、アダマンタイトは加工物の状態でのみ召喚される。
つまり、アダマンタイトは召喚した鉱物を錬成して製造する人工物であるとかそういう研究だ。
その頃の名残で、あの施設の地下には大量の特殊鉱物が保管されており、ダイアモンドはたまにそこから特殊鋼の延棒を持ち出してアクセサリーの台座に使っているようだ。
父の亡き後、ブリタニー老夫妻とダイアモンドが使っていた時期もあったが、あの地域を発展させたのは南領紛争期のマイクロフトだ。
所有者として最もふさわしいのは彼だし、あの地域は彼以外の主を受け付けないだろう。
最初は「姉様から全てを奪うようなことはできません」と遠慮がちだったが、アレクサンドリアの死を伝え、マイクロフトに譲られた権利や所有物は、ダイアモンドが管理していただけで、ダイアモンドの所有物だったことがないことがわかると、全てを受け取り更に発展させてくれた。
「ルベライト」の指輪の主である彼は、緑の部屋にも入室できるようになり、ダイアモンドは安心してノーザス城を離れ、テーラ宮殿から「通い」で魔界へ渡り、魔王ウィリアムの時空魔法訓練を受けることが出来るようになった。
「こんなものかな? 書き漏れはないか?」
「よろしいかと。ただ、姉様は呼ばれなかったと分かったら、きっとむくれますよ?」
「ダイアモンドはかわいいんだが、あの子がいると話が前に進まないんだ。これからの話は一元統治に移行する話が多いから、マイクロフトがいてくれた方が助かるし」
「姉様は一元統治に関しては中立でしたからね」
「邪魔しないでいてくれただけ寛大だと考えることにしている」
「確かにそうですね」
マイクロフトの養子縁組の後は、伯父の雲隠れの幇助だった。
学年が変わり、正当なイースティア家の公子であるシオンが表に出て、学園に入学すると、伯父の元に東領貴族からの亡命歎願が殺到した。
この機に伯父は姿を消し、西領の第3都市マールの家族の元に戻って、平民富豪として暮し始めた。
梯子を外された東領貴族たちの反応は様々だったが、私兵を率いて南領や北領の領境を越える家が出始め、北領側もノーザンブリア家の私兵を配して追い払った。
北領の執政はマイクロフトとフレデリック様が恙なく動かしていた。
私は学園に通い続けた。
ノーザンブリア家を畳むためには、テーラ家のみで執政する実績が必要だったからだ。
ダイアモンドは、名はテーラ家だが、血はノーザンブリア家だ。扱いが難しかったが、覚えたての空間魔法で長距離転移ができるようになったので、連絡係として陛下に便利に使われつつ、週末は帝都でルイスと過ごす時間を与えて、ルイスの警戒心を高めないように工夫した。
「ダイアモンドの姿が見えないとルイスが世界を滅ぼしてしまうからな」
「父上はルーイ兄様が世界を半壊させた時でも、ルーイ兄様に継承や時戻し、更には魔界への門についてひた隠しにしたと聞きました」
「いや、既におかしくなっていたなら、何をしでかすか分からないから言えなかったんだろう。今回ダイアモンドがやったみたいに共有すべき情報は早めに教えてやればよかったんだ」
「そうですね。ウィリアム様によると姉様はちゃんと『修行の為に魔界へ行ってきます』と書置きを残したらしいのです。それなのに父上が魔界へのゲートの場所を教えなかったから、ルーイ兄様は正気を失ってしまったのです」
「ダイアモンドはダイアモンドで、ルイスが偽者のミレイユ姫をくっつけて学園に通うようになったことで、失恋したと思っていじけて3年も魔界に籠ったんだろ? 陛下の秘密主義にも困ったもんだな」
「ホント、ソレです。今回はフレデリック伯父上が姉様にちゃんと説明しておいたから、ルーイ兄様も姉様とイチャイチャできて暴君化しなかったのです。そこだけ抑えていれば名君なのに……」
伯父を匿ってから半年後、東領紛争の開戦が陛下より宣言された。
フレデリック、ルイス、トーマスの3人が東領を取り囲み、じわじわと東領北辺へと追いつめる作戦が粛々と執行されていった。
私は引き続き帝都で学園生活を決め込んだ。北領の守りはダイアモンドに任せた。
開戦の時点でダイアモンドによる「アレクシア姫」の演技は、戦死の形で閉幕させる事が決まっていた。
タイミングは、ルイスに決めさせた。
その頃には、ルイスもダイアモンドが「アレクシア姫」を止めて「アデレーン皇女」として生きて行くことを希望していることを理解していた。
唯一残念なのは、「アレクシア姫」は、顔を知られすぎていたから、「アデレーン皇女」は生涯表に出ることが出来なくなった。
ダイアモンドの方で表に出る気がないのもあるが、ルイスは妃を立てられなくて不便だろうと思う。




