カール31
『ダイアモンド!? 寝てる、のか?』
帰宅すると応接室でダイアモンドがルイスに寄りかかって眠っていた。
そして、ルイスの耳には、ブラックダイアモンドのピアスがぶら下がっていた。
普通、人が文字を覚え始める時、最初に書くのは自分の名前だ。
ダイアモンドが初めて自分の名前を書いたとき、ブラックダイアモンドの原石がゴロリと具現化した。
名前の意味を「この世で一番硬い鉱物」だと教えたら、無色透明のダイアモンドを見たことがなかったダイアモンドはブラックダイアモンドを召喚した。
しかも、ロンズデーライトという6方晶ダイアモンドで、普通のダイアモンドではカット出来ない鉱石の最高峰だった。
ルイスの耳にぶら下がっているのは、その時の最初の石をカットしたものに違いない。
今となっては、それが時空魔法の「召喚」だと分かっているが、当時は大騒ぎになった。
『おかえり。結婚のお許しはもらえた?』
私の婚約なんて正直どうでもいいから、何があったか教えて欲しかった。
『ああ。それよりルイス、それ、ダイアモンドのピアスだな?』
『まず、アリーを』
ルイスはたった数時間ですっかりダイアモンドの彼氏面になって、抱っこしたダイアモンドをそおっと渡そうとしてくる始末。
極力平静を装って、ダイアモンドが滞在するときの客室に運ばせた。
『君は見たことがなかったの? これはアリーの10才の誕生日に私が贈ったテーラ家のダイアモンドのピアスだよ。テーラの白を象徴する色だったんだけど、シールド魔法を籠めまくったら黒に変色しちゃったって』
とりあえず茶を飲みながら話を聞いたところ、例の鉱石は、ルイスのアリーの10才、つまりダイアモンドが11才の時に贈られたルイスの婚約者のピアスとお揃いになるようにカットされたようだ。
それを「返却」すると言って、自分でルイスにつけてやったようだった。
しかも、シールド魔法を込めまくったら変色した、と言ったそうだ。
おふざけがすぎる。
ダイアモンドが変色するわけがない。
信じるルイスも、ルイスだが、ルイスだから仕方がない。
困惑したし、呆れたし、腹も立ったが、何よりこみ上げてくる笑いを抑えるのに必死になった。
こういうしょうもないイタズラで不幸な人生を笑いに変えるのがダイアモンドなのだ。
私の縁談が片付いてからじゃないと自分の縁談は進めないと言い張ってたが、私の縁談が片付いた瞬間に即刻進めるとは思ってなかった。
そんなところもおかしくて、笑いを堪えるのが本当に大変だった。
自分の初召喚記念鉱石を彼氏に貰ったピアスとお揃いに仕立てて、シールドを込めまくるというのは、よっぽど好きってことだろう?
こんなにいじらしいのに、肝心の彼氏には教えてやらないでイタズラしているなんて、なんてかわいいんだ!
『君、もしかして、求婚した?』
『え? 今の会話にバレる要素があった? 「秘密の恋人」でいいじゃないって、断られたよ。それから水色のピアスはマチルダ姫にあげる色だからって取り上げられちゃったし、北領に出禁になっちゃったしで、ツラい』
ダイアモンドは、生まれはノーザンブリア家の姫だが、育ちは権謀術数のテーラ家の皇女なんだと身に染みた。
しかも、望む相手に望むタイミングで求婚させることができる凄腕だ。
それ以外にも、私の水色のピアスの回収に、ルイスの足止めなど、すべての仕事をしっかりこなしていた。
『ぶぶっ。あれは私のピアスだからね。それでダイアモンドのピアスと交換したのか。いいんじゃないか? 「秘密の恋人」なら私も協力しよう』
『ダメだよ、「秘密の恋人」なんて。ちゃんと「愛妃」と呼んで大事にしたいんだ。それから、これまで北領の惣領の庇護、ありがとう。君がマチルダ姫と幸せになることを祈っているよ』
その頃のルイスは成人を迎えるまで父君から何も教えてもらえず苛立ちを浮かべることも多かった。
密かに気の毒に思っていたが、それを逆手に取ってサプライズをモリモリ埋め込むような逞しい伴侶に恵まれているのだから、トータルでは幸運で幸せな男だと思う。
北領への入禁については、ダイアモンドがテーラ宮殿で時空魔法の訓練をすることが決まっていたから、行き違いにならないようになんだかだと理由をつけて帝都に縫い留めたのだと思う。
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これからしばらく歴史に関する記述が多くなるので、今日はダイアモンドを呼んでいない。反応がなくて少々寂しいが、サクサク書き進めることにする。
ダイアモンドは、学園在学中に時空魔法でうっかり魔王ウィリアムを召喚してしまった。
自分を召喚したのが自分の子孫で、先祖返りの時空魔法使いだと気付いたウィリアムは、修行をつけてやると言って、ダイアモンドを魔界に連れ帰った。
3年後、修行を終えたダイアモンドが魔界から戻った時には、この世界は半壊していた。ルイスが失踪したダイアモンドを探す過程で自暴自棄になって大暴れしたからだった。
魔王ウィリアムは3年分の時間を戻し、テーラ紋の継承者であるフレデリック様に事情を説明して、機を見てダイアモンドの修行をやり直すことにした。
誰もこの3年間の記憶は持っていないが、誰も魔王ウィリアムが嘘をついていると思っていない。
魔王ウィリアムは、魔界の王だ。
時空魔法使いで、テーラ王朝の前王朝マール皇室の最後の皇女アリエル姫の伴侶であり、ノーザンブリア家初代当主の父親だ。
神話時代最後の王朝であるマール王朝は、世界を統一した3つ目の王朝だ。
神話時代には、この世界に知能を持つ種族が何種類もいて、世界の覇権を争っていた。世界を統一した最初の王朝は、妖魔族の王朝だった。二つ目の王朝は、ドラゴン族の王朝だった。
人類は他種族の王朝を不服とし、人類が世界を統一するまで何度も革命を起こそうと企む面倒くさい種族だったから、マール王朝まで世界政権が安定することはなかった。
マール王朝が世界政権を安定させた後も、人類が平和の道を歩むことはなく、今度は他種族の弾圧を始めた。
他種族から人類を滅亡させるべきだとの意見が上がり始めるようになったことに加え、人類同志の覇権争いも激しくなり、マール皇族は暗殺されることが多くなっていった。
マール王朝の最後の王には、5人の妃と14人の子がいたが、生き残ったのは皇女アリエルだけだった。
実際のところ、アリエル皇女は生き残ったわけではない。何度も殺されて、その度に伴侶の時空魔法使いウィリアムに生き返らせていただけだ。
アリエル皇女は、死亡を偽装することで、マール皇室を畳んだ。
そして、ウィリアムは人類の世界を時空魔法で隔離することにした。
ウィリアムは、空間魔法で世界を複製することで新しい世界を作り、世界の真ん中と東西南北の5か所で2つの世界を繋ぎ、人類には通れないゲートを作った。
他の種族はこれ幸いと人類がいない新しい世界に引っ越した。
他の種族の引っ越しが概ね終わったところで、ウィリアムは東西南北の4つのゲートを閉じて壊した。ゲートの跡地は東西南北の領都となった。
世界のド真ん中に設置されたゲートも破壊されたが、その地を治めていたテーラ家の敷地内に小さなゲートを作って、二つの世界の唯一のつながりをテーラ家に託した。
この時、テーラ家と火水雷風の魔法使いの代表者はゲートを通れるようにした。このゲートパスを継承紋という。
テーラ家は門の守人だ。テーラ紋は血脈で継承される。
4大属性の魔法使いの代表者は、必ずしも東西南北の領主ではない。
20年に一度、未成年の中から潜在魔力が強い者が自動で選出され、継承紋が授けられる。
北が雷、西が風、南が火、東が水に強くなったのは、それぞれの領主が棲み分けたことで後付けでそうなった。
死亡偽装で姿をくらましたアリエル皇女とウィリアムは、北のゲートの近くに居を構え、そこで子を産み、その子はノーザンブリアという家名を名乗り始めた。
初代ノーザンブリア家当主が自立した後、魔界と呼ばれるようになった新しい世界へ去ったウィリアムが再びこの世界に戻り、北ゲートを閉じたのは4代目ノーザンブリア公の時代だ。
そして、テーラ門の守人が「人類の世界が滅亡の危機を迎えた」と、ゲートを通ってウィリアムに泣きついたのは、8代目ノーザンブリア公の時代だ。
この時、ウィリアムは、テーラ家の継承紋には「時戻し」、火水雷風の魔法使いの紋には「救済」を付与した。
北領のゲートが壊された後、ウィリアムの屋敷を中心にノーザス城が築城されたが、かつて始祖ウィリアムとアリエルが「寝室」として使っていた部屋にいれば、テーラ家の「時戻し」に巻き込まれないことが分かったのは、12代目のノーザンブリア公の時代だ。
以降、その部屋は「緑の部屋」と呼ばれ、ノーザンブリア家の歴史資料室となっている。
そして、長らく仕組みが理解されていなかった「緑の部屋」が、時空的に独立した3つ目の世界だと解明したのは、第132代ノーザンブリア公ダイアモンドだ。
元々、その部屋はウィリアムとアリエルの「寝室」だったのではなく、「実験室」に寝ていたオタク夫婦だったという余計な情報を本人たちから聞き出してきたのも132代目だ。
この世界では、初代から133代目の私まで5百年ほどだが、「緑の部屋」同様にテーラ家の「時戻し」の影響を受けない時空的に独立した「魔界」は、1200年ほどの歴史を紡いでいる。
そんな長い時間を生き続けているウィリアムは、決して不老不死ではない。
定期的に自分と妻の身体を「時戻し」しているただの時空魔法使いだ。凄く長寿だが、魔界で夫婦仲良くオタク道を邁進していたら、いつの間にか1200年も経っていたという感覚らしい。
ダイアモンドに「召喚」されて、ビックリした時には「あ、もしかして、先祖返り? うわぁ~。かわいいな~。弟子になる?」という感覚でダイアモンドを連れ去った。
そして、それからたった3年でルイスが世界を半壊にしていて再びビックリした時には「あ~。ごめん。どうしよ。時戻す?」という感覚で当代テーラ門の守人であるフレデリック様に相談に行ったらしい。
尚、この情報は、私が先日ダイアモンドに紹介してもらった、時空魔法の師匠ウィリアム本人から直接聞いた話だ。
お会いできて光栄だし、時空魔法をご教示いただけるのも大変光栄だ。
浮かれているのもあって、ムダに話しが長く詳細だったかもしれないが許して欲しい。
そろそろ、話を学園時代に戻すことにしよう。
ダイアモンドがルイスに自分の婚約者のピアスを渡した時点で、ダイアモンドは時空魔法の訓練を受けることが決まっていた。
ダイアモンドが姿を消すと、ルイスが世界を壊すので、住み込みではなく「通い」の弟子だ。
通うために使う魔界へのゲートは、テーラ家の居住区の地下にある。
そういうわけで、ダイアモンドはテーラ家の居住区、しかも皇太子妃の居室で暮すことになった。
でもルイスはその話を聞かされていなかった。
ダイアモンドの住処に気付いた後に、恨み言を言われたが、テーラ家は家族にも秘密にしている事柄が多すぎて、怖くて口を開けないと言ったら、素直に謝ってくれた。
悪い男ではない。




