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マグノリア4

 南都サウザーンからついてきた民は領主のご遺体を回収した少年が軍罰で前線から追い出されて、北領への避難民の支援部隊に配置換えになったと聞くと、彼のいる森に向かった。


 少年の名前は、アリスター・ノーリス。

 北領子爵家の嫡男で、北領領主の遠縁。

 次期領主カールの影武者候補だったが、小柄すぎて不適格とされた魔術師。


 小隊と連携せずに南領領主のご遺体を回収しようとした軍紀違反で軍罰を受けて前線から遠ざけられた不遇の狂犬。


 両親のご遺体を見ることも、葬儀にも、埋葬にも立ち会えなかった(あるじ)に磔になった南領領主一家を見せたくなかったという。


 後方部隊でも腐らず(あるじ)のために懸命に働いているという美談が南領民の心に響き、北領への移民の数は初動から想定以上だった。


 落ちた都市は物資の流通網が断たれ、民は動くしかなかった。

 民が出て行った後、帝室は民を守りながら戦う負担が減り、都市を奪還しやすくなった。


 奪還後も人口が減ったことで細い流通網でも残った民を養い易くなった。


 全て北領が無制限に民を受け入れてくれたからだ。



 アリスター・ノーリスは、アレクシア姫のお気に入りで、姫は彼の頼みならいくらでも金を出す巨大な財布持ちだった。姫は彼のために自分の封地を開いた。


「北領についたら研究者を頼れば、農耕の仕事をくれるし、給料もでるよ?」


 移住後の心配もしてくれる面倒見の良さも好まれた。


「家財道具は持ってこられても運べないよ。着る者と食べ物持っておいで」


 ハッキリと物を言うが、分かりやすい指示を出す。


「宝石類は持ってきても北領ではそんなに売れないから、南領のどこかに埋めといて、戦が落ち着いてから取りに戻ったらいいよ」


 彼の声はいつしか南領内にまで響き渡るようになった。


「これから北領は寒くなるから、冬服をいっぱい持っておいで」


 気づけば、移住が安全に進められるように、つまり一斉に押し寄せないように、待機者リストが作成され、その時々の彼の指示を聞いてから行動するようになった。


 待機者たちは南領内で黒衣たちが守った。

 飢えることもなかった。


「森に定住しようとしないでね。時期が来れば黒衣は全員帝国領から引き上げるんだから、さっさと北にお入り」


 彼の指示に逆らうものは一人もいなかった。


 農耕が主軸だった移住後の就業先が、建設作業が主軸に変わっても彼は避難路にいた。


「南領の再建に取り組める日が早く来るといいね」


 移住者達は(あるじ)の言葉に故郷へ戻る日を夢見るようになった。

 そして、北領での建設作業は将来のための学びの機会に思えて自ずと身が入った。


 北領が南領からの撤収を決め、北領総領カールが北領に戻った後、彼らの(あるじ)は姿を消した。


 移住者たちは確信していた。

 (あるじ)は南領に残った者たちが冬を越せるようにと、南領に入って何かしているのだと。


 心配になった移住民たちは、(あるじ)を探しに行くために森に押し寄せた。


 困った北領次期領主は、アレクシア姫を南領に派遣して彼を迎えに行かせた。


 それでようやくぐっと堪えて、北領で(あるじ)を待った。


 アレクシア姫だったら彼を北領に連れ戻してくれるだろうと期待したが、アレクシア姫は別の人を連れてきた。


 南領領主の嫡男だと噂された。


 それで、彼らは思い出した。


 アリスターは自分たちの(あるじ)ではなかったと。


 でも、そんなこと関係あるか?

 何がなんでも南領に戻るぞ!

 移民たちが食べ物を背負い東の森へ向けて立ち上がった時、研究区域の研究者たちの「幽霊は西へ向かった」という言葉に移民たちは動けなくなった。


 しばらくの後、アリスターは西から帰ってきた。


 南領からやってきた領主の嫡男は、移民たちには既に心の(あるじ)がいることを知って、北領内で南領の次期領主として振舞うことを遠慮した。


 いつの日か、この領主の嫡男が南領に戻り、領主に返り咲く日が来るだろう。

 今は北領で領主修行に勤しんでいるし、アリスターにもいろいろ教えてもらっていると聞く。

 最終的には、アリスターがそう望むなら、それでいいんじゃないか? と、遠巻きに眺めている。



 壊れたカリスマ。

 それが、私の知るアレクシア姫の得意分野だ。



 誰が一番凄いかって?


 この戦略を立案したルイスだ。


 でも、彼には最初からこうなることが予想できていたわけではない。

 むしろ、アレクシア姫が早々に北領に引っ込むことを期待していた。


 まさか研究区域のアレクシア姫信者たちだけで北領を支え切れるとは思っていなかった。


 ルイスは神掛かった目利きというわけではない。


 単なるアレクシア姫への愛が振り切れた男だ。


 しかも、相当けなげだ。


 私が南領の領主の印章と各種の権利書、証書類をルイスに預けた時、それが分かった。



「これを帝室で預かっておいてくれないか?」


「何故、帝室で?」


「北領も帝室に預けていると聞いた」


「え?」


 会話はたったそれだけだった。


 それだけで、ルイスは、サウザーン城に侵入して南領の領主の印章を回収したのがアレクシア姫だと気づいた。


 ルイスは北領の兄妹に騙されたのだ。

 それがルイスのためだったとしても、酷なことをする。



 これは私の推測に過ぎないが……


 北領の兄妹は、ルイスが私とナンチャンへ向かっていることを知っていた。


 兄妹の最初の目的は、南領印や権利書類の回収と私への返却。


 彼らは北領領主が亡くなってから、公印や権利書類の重要さが身に染みているから、南領のためにぜひとも回収したかった。



 しかし、磔になった私の家族を見て、即時に遺体の回収を決めた。


 アレクシア姫の方は兄に磔になった南領一家を見せたくないという気持ちがあったかもしれないが、カールが捨て置くと言えば従っただろう。

 カールの方は亡骸が晒されていることを知ったらルイスが戻ってくるとわかっていたから回収に動いたのだと思う。


 亡骸を回収した後、カールは速やかにナンチャンに移動するしかなくなった。

 ルイスが危険地域に戻ってくることを防ぐためだ。


 しかし、アレクシア姫には南領印と権利書類の回収の仕事が残っていた。

 誰の前にも姿を表さない「無菌室の姫」は、いつの間にか北領隠密を束ねるようになっていたのだ。



 自分で回収したのか、配下に回収させたのか分からないが、他領の城に忍び込むのだ。

 機を見定めて行動しなければならないし、探せるかもわからないのだから、アレクシア姫は先行するカールと別行動するしかなかった。


 だが、ここで再び、ルイスが問題になってくる。

 アレクシア姫がサウザーンにいるとわかれば、ルイスは間違いなく確実に戻る。


 亡骸を回収しようとする男が愛妃を回収しないわけがない。


 だから二人は、芝居を打った。


 アレクシア姫は単騎で突入して、捕縛され、布を掛けられた状態でナンチャンに連れてこられた。

 布の中身は別人だ。

 人がぞろぞろとついてきてしまったのも、アレクシア姫っぽくてよかった。


 カールはルイスが布を剥してアレクシア姫と会おうとしないことに賭けた。

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