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カール30

【帝室皇太子が学園にて北領惣領を呼び出し、妹姫への面会を要求したことが、「北領の公子から東領の姫への婚約の申し込みの撤回を要求する決闘を申し込んだ」と喧伝され始めた。帝室の隠密は北領の隠密と協力し、早急に事態を収拾し、風評被害を最小限に留めよ。回覧後焼却のこと。尚、今日は良き日だ。アルバート】


 私が無力にも偽者ミレイユ姫との政略を諦めた後、ダイアモンドは持っていたメッセージカード、いや、陛下からの指令書をその場の全員に回覧した。


 なるほど、この指令内容なら、ルイスが偽者ミレイユ姫に求婚し、東領がこれ以上ノーザンブリア家を突かないようにしつつ、ルイスの口から新たな事実を流布させるのが妥当だろう。


 

『ミッキー。聞いていましたね? 兄様から言質は取れました。このまま明文化して畳みかけましょう!』



 カチャリ。

 


『ごきげんよう。皆さん。陛下の遣いで参りました。テーラ家第3皇子、マイクロフトです』


 ダイアモンドがドアに向かって声を掛けるとテーラ家の皇子姿のマイクロフトが穏やか王子様スマイルを浮かべながらゴードンとカーナを伴って入室した。


 私が立ち上がるのにつられるかのように、マギーとルカが立ち上がり、マギーは驚愕の表情で臣下の礼を取った。


 マギーにとっては、その顔は、研究区域のアイドル、ミッキーだ。

 下手すれば、頭をナデナデしたことがあったかもしれない。


 その正体が、テーラ第3皇子だと知って、わなわなと震えてしまうのも分からなくはない。


 ルイスは警戒感MAXで、指令書を回覧するために立ち上がっていたダイアモンドを回収して、再びお膝の上に座らせて、ギュウギュウ抱きしめている。


 マイクロフトは、そんなルイスに微笑ましいものを見たかのように目礼し、にこやかに手を上げて私たちに「免礼」を示した。


 一言でいうと、優美だ。


 普段会う時のシンプルな黒衣姿でも良く似合っているが、テーラ家の白ローブを着た彼はどこからどう見ても典雅な皇子様だ。


 ブロンドのキラキラ皇子ルイスと並べてみると、ぐっと落ち着いた茶色の髪に深めの緑の瞳で地味だが、全く見劣りしていない。


 子供の時にどうだったか知らないが、彼は美しい男性だと思う。

 何故、「帝都で最も結婚したくない令息」でナンバーワンなのかさっぱりわからない。



『早速で申し訳ないのですが、こちらに署名を』


 優雅な所作でティーテーブルに下敷きを広げ、トレーに載せられた皇帝の署名入りの帝国文書をのせた後、ペンを渡された。


 いや、まず読ませろ……


『単なる縁談のお断り文ですよ? まじまじと読むほどのものではありません』


 読むほどのものだろう?

 穏やかそうな微笑を見慣れると忘れそうになるが、マイクロフトも間違いなく強引なテーラ家の血を引いている。


 内容は本当に短い縁談の断りのお祈り文だったが……


 用紙の背面には大きなテーラ帝室の家紋が印字された帝室公式文書だ。


 未成年の私の正式な後見人はアルバート皇帝陛下だから、帝室からお断り文が出ても不思議ではない。


 私は小さくため息をついた後、署名した。


 ニコニコのマイクロフトは、署名を確認して、封筒に収めた後、手慣れた様子で懐から取り出した印で封蝋した後、学園での状況を説明した。


 偽物のミレイユ姫が、ルイスと私が彼女を巡って決闘になったのではないかとの騒ぎになっているらしい。

 しかも、私の方から東領に縁談の打診をしたことになっていた。


 その誤解を解くためにも、縁談の断り状は、後見人の陛下の名前で出すことで第3者圧力をかけるのが望ましいとの事だった。

 


『それでは、こちらの断り状は、テーラ帝室第3皇子のマイクロフトが責任をもって東領の公邸へお届けいたしますので、ご安心を。それでは皆さん、ごきげんよう』


『ありがとう、ミッキー! 恩に着ます!!』


『こちらの準備は整えてあります。それから、愛人はダメですよ。姉様』


 準備?

 詰め?

 まだ何かあるのか?


『がんばります!』


 それが第2回戦目の始まりだった。


 偽者のミレイユ姫との縁談を潰し終えたダイアモンドは、今度はウェストリア家のマチルダ姫との縁談を薦め始めた。

 私の婚約者の枠を早急に埋めて、再発を防止するためだろう。



「君っていつも忙しいから、一回の出張で沢山の仕事を詰め込む傾向にあるよな」


「最近はそうでもないですよ?」



 だからと言って、思い立ったその日に婚約を締結しようとするのはウェストリア家に失礼だ。

 そこそこ抵抗を示したが、マイクロフトが言い残した「今日は良き日です」と言うのが、アルバート陛下とソフィア妃が、スタンバイして待っているという意味だと知って、腹を括った。


 ルカとマギーに中立立会人を依頼し、エドワード公と話をすべく、ウェストリア家に向かった。


 家には敢えてダイアモンドとルイスの二人しか残らないように上手いこと人払いしておいた。

 もし、室内のような狭所で襲撃を受けた場合、雷使いのダイアモンドに敵う者は、雷吸収スキル持ちだけだろう。但し、狭所戦では、一人の雷使いが側撃雷を完全にアースして守ってあげられるのは一人が限界だ。


 そういう理由で、雷使いの狭所戦は、ソロか、ペアまでというのが鉄則なのだ。


 ルイスとお留守番させるなら、二人だけ残すのが最も安全だった。


 決して二人きりにしてあげようなどと気を使ったわけではなかった。


 6年間も何の進展もなかった二人がたった数時間で距離を詰めるとは想定していなかった。


 ルイスを甘く見過ぎた。



「カールはルーイを甘く見たわけではありませんよ。ルーイは察しが悪くて中々進展しないのです。わたくしが積極的だったことがカールが想定を外した原因です」


「ふむ、そうだったのか…… まぁ、書き方はこのままでいいんじゃないか? あいつのメンツのためにも」



 **



『マチルダ姫、私はノーザンブリア家を畳んで、平民の小金持ちの道を歩むつもりなんだ。今すぐにではないけれどね』


『平民の小金持ち?』


 陛下の采配に乗せられて、ウェストリア家の帝都公邸へ嫁取りに出向いたが、求婚相手と二人きりにして貰った後は、私の状況を説明し、相手側から断ってもらおうと考えた。



『そう。時期を見定めて身を隠し、平民になるつもりだ。でも、その前に東領をどうにかしないと、世界が安定しないだろう? だから、東領のミレイユ姫の婚約者になって内部を探るのも悪くないと考えていたんだが……』


『放課後、ミレイユ姫がルイス様とカール様が自分の取り合いで決闘をすると、お泣きになっていました』


『らしいね。でも、婚約は当家から持ち出した話ではないし、ルイスからの呼び出しは妹に関することだったから、事実無根だ。それに、東領との縁談は既に陛下と私の署名入りのお断り状が届いている頃だ』


『陛下の署名入りで、お断り状が、出された……』


 マチルダ姫が目に涙を溜めて、私の言葉を噛みしめるように繰り返したのを見て、私は驚いた。


 いつのまに、そんなことになったのかわからないが、マチルダ姫は私に好意を抱いてくれているようにしか見えなかった。


『そうなんだ。学園で騒がれたらしいから、陛下が協力くださるとのことだったから、ノーザンブリア家からイースティア家ではなく、ウェストリア家に縁談を打診した事実を作りたかった。フラれるなら、帝室の侍女からではなく、君がいいと……』


『振らないと、いけませんか?』


 ポロポロと涙をこぼし始めたマチルダ姫を見て、一連の出来事を読み違えていた可能性が頭を過った。


 この縁談は、陛下の策略だと思っていた。

 東領を牽制するために、ノーザンブリア家からは別の家に縁談を打診した事実を作るために、陛下のいとこであるウェストリア公にも根回し済みで、マチルダ姫もある程度の事情を聞いているのだろうと……


 だから、陛下の策略以外の追加情報のつもりで、私の個人的な計画について話をしたのだ。彼女の経歴に傷がつくのを心配し、遠慮なく断って下さい、と言うために。


 それなのに、彼女は何も知らない状態で、純粋に私の求婚を待ち望んでいるように見えて、戸惑った。


『私と結婚すると、将来は平民だし。陛下は一元統治は望んでいないから、ともすれば逆賊扱いされるかもしれない。君を巻き込むわけには……』


『平民になった時にお金に困らないように、持参金は換金性の高い資産で準備します。それに、クリスお兄様は、現在、地下で活動していますから、逆賊になった後も、陛下に見つからない方法を詳しく教えてもらいます。だから……』


 私は全面降伏した。


 ここまで言わせてしまったから、後は私が言うべきだろう。



『マチルダ姫、私と結婚して下さいませんか? 一生大切にします』


 マチルダ姫は、ボロボロと涙をこぼして、何度も何度も頷いてくれた。


 長年、泣き虫なダイアモンドの兄をやっているが、泣かれてあれほど困り果てたことはない。


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