表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

144/169

カール25

 ノーザンブリア家もサウザンドス家も領主夫妻が亡くなり、子供達だけになったことで共通しているが、サウザーンが陥落したことで議会を始めとする南領政府と呼べる組織が悉く存在しなくなったことが北領との大きな違いだった。


 最終決裁だけが帝室で、それ以外は自治が保たれている北領と違い、全てが速やかに帝室管理に変わった状況下、サウザンドス家の遺児マグノリア公子は、表に立つことを控え、ルカと改名した。


 これは、テーラ家の邪魔にならないようにするためのルカなりの工夫であり、ルカがルイスに付き従いテーラ家を支えることで、ルカの顔を知る者は速やかにテーラ家に従った。


 結果、南領新政府の指揮が分散することなく非常に助かったことだと思う。ルカは正しく統治論を学んだ頭脳明晰な公子だった。


 しかし、ライラック姫にとっては、ルカはサウザンドス家を捨てた負け犬だった。かの姫はそれを言葉にして憚らなかったから、第三者の私目線では害にしかならない姫だった。



「カールはその頃にライラック姫と言葉を交わしたのですか?」


「ロイが身分を隠した方がいいと言うので、茶色のカツラを被ってテンプル騎士に紛れて様子を見に行ったら、『目つきは悪いが顔はいいから、侍従にしてやる』と言われた」


「え? ライラック姫は、12才でしたよね? そんなことを言うのですか?」


「ルカの妹のライラック姫は、おっとりさんで、私のポヤポヤな妹のアレクシア姫と仲良くなれそうだと言っていた。ルカが悪評まみれのアレクシア姫がポヤポヤだと信じてくれたように、彼の妹がおっとりさんだったことは疑っていない。前に君が言っていた通り、環境がライラック姫を別人に成長させたんだろう」



 ライラック姫も気の毒ではある。ライラック姫は12才だったから、恐らくサウザンドス家の姫修行は終えていたことだろう。

 姫と言うのは、民が想像しているより遥かに厳しく躾けられている。


 だが、南領の神官たちが()()()()「姫」は、全てのワガママが許されるに存在に等しかったから、教会に匿われた後のライラック姫は全ての姫の躾から解放され、わがまま放題に暮していた。


 例えば、「姫」は自分の嫌いな食べ物をさも美味しそうに食べて、褒める技術を身に着けているが、この「大聖女」は嫌いな食べ物や苦手な味付けの物が出てくると、侍女に投げつけるようになっていた。


 ライラック姫は、姫の実態を知っていたからこそ、自分は「姫」ではなく、ワガママが許される「大聖女」であることを強く強調するようになったのだろうと思う。



「魔眼修行の影響で目つきが悪くなっていない状況で、ノーザンブリア家の公子として会いに行ったら、礼儀正しくしてくれたでしょうか?」


「私の想像では、偽者のミレイユ姫の大芝居に似たことが起きる。『ノーザンブリア家のカール公子がルイス様とわたくしの間に横やりを入れてきた』ってやつ」


「なるほど、『当て馬』にされるということですね。ライラック様はシオンを『キープ』と仰ったお方ですから、ありえます」


「当て馬…… それも、マティに教えてもらったの?」


「とても大切な教えです。経典を作りたくなるほどに重要な淑女知識です。叱らないでくださいね?」


「マティを? 叱らないよ。君は世界一の美公子の求婚を緊急連絡事項の伝達だと勘違いする子だからね。淑女知識は蓄えておいた方が良いよ。いい兄嫁をもったね」


「シオンのことなら勘違いではないですよ。とぼけたのです。上手く難局を切り抜けられて良かった」


「シオンと結婚したくなかったのか?」


「アレクシア姫を続けるつもりがなかったのです。アデレーン皇女に戻るのか、ダイアモンド姫として表に出るのか、アレクシア姫はどう終わらせるのか、南領紛争の後に改めて政局を見つめ直し、カールと身の振り方を相談するまで誰とも何の約束もできません」


「ふむ。こうやって君の意見を聞くと、君も私がルカに語ったポヤポヤな『アレクシア姫』とは別人だな。政治面ではかなり冷徹だ」



 ルカにライラック姫の生存について伝えられなかったのは、もちろん戦略的な意味もあったが、もしダイアモンドがあんな風になってしまったら、私は立ち直れないと思ったからだった。


 一方で、アレクサンドリアの死を隠し続けた両親と似たような決断を下してしまった自分を嫌悪する気持ちも湧いた。


 テンプル騎士を装ってこの姫を西領に護送する間に、男妾を見るような目を向けられたことで、私個人はどうあがいてもライラック姫に好感を持てなくなっているが、西領ウェストリア家で躾け直され、テーラ宮殿に入る頃にはルカに会わせてもよいレベルの「姫」に仕上がったことに胸をなでおろした。


「カール、分かってくれますか? 人の魂は生来の気質を残しながらも、環境によって人格が大きく変化するのです。わたくしは、ルーイが『時戻し』を使った後、わたくしがライラック姫のようにならないという自信がありません」


「ふむ。君はフレデリック様と同じで、『時戻し』の後のダイアモンドは今の君とは別人になると考えているんだな?」


「だからこそ、ルーイが『時戻し』を使わなくて済むように頑張っているのです」


「仮にルイスが陛下が予想している6才以前まで『時戻し』を起こしたら、不幸な事件が減って、ルイスが別の人を好きになるかもしれないから?」


「仮に6才まで戻すとして、リリィ姫にライバルが存在する状況は変わりませんから、リリィ姫は自滅するでしょう。しかし、ライラック姫は不幸がなければルカが知っているおっとりさんのまま育つのではないでしょうか? 一方、わたくしは世界に二人だけしかいない『時空魔法使い様』です。たった一回、時空魔法で命を救われたことを特別視する『大聖女様』より(タチ)が悪い性格になるでしょう……」


「ああ、そういうことか。ふむ。時空魔法使い様が増えているな。私も仲間に入れてくれたのは、嬉しい」


「カールはのんきですね」


「君って実はかなり計算高くて割と狂信的にルイスのことが好きなのに何故かバレてないね。でも、その言い方じゃわかりにくいよ。ルイスが『良いライラック姫』に心変わりするならまだいいけど、ルイスが愛を返さなくなった『悪いアデレード皇女』を想い続けて心を痛めるのを避けたいんだね?」


「わたくしにとって、ルーイは政略的価値がありませんから……」


「そうだな。ヴァイオレットはシオン・テーラの姉である『本物のミレイユ姫』に戻るとトーマス殿下との縁がなくなるから戻りたがらなかったが、それと同じことが起きるね。記憶を持たないアデル・テーラは、政略上旨味のないルイス・テーラをそもそも眼中に置かないだろうけれどね」


「歯牙にもかけないでしょう」


「時戻し後のルイスは失恋確定だな」


「はい。凄く心配です。きっと記憶を持たないアデル・テーラの政略上の最適解は、クリスでしょうから……」


「しかも、かっこよくて、口うるさくない」


「ええ。きっと喜ぶでしょう」


「結果、ルイスの心は切り裂かれる。君、夫の老後を心配する妻みたいだね」


「老後ではなく、次の人生です。老後よりずっと長い期間です」


「愛だな」


「愛です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ