カール24
ルイスにも頭を抱えた。
ダイアモンドを北領に送りかえして牢にでも入れておけとキャンキャン吠えて、うるさかった。
「帝位継承順位第3位のアデレーン皇女をノーザス城に幽閉するなんてできるわけがない」
「まぁ、ルーイは何も知らなかったので、仕方がありません」
「君を大切に守ってくれそうだったから、ルイスに預けてもいいと思ったんだが、髪を切った君が私に似すぎていて、皇太子と北領公子の禁断の愛の噂が立つと良くないから、結局、森に野宿案に賛成することになったのは残念だ」
「髪を切ったことはシオンにもキレ散らかされましたが、あれでシオンの心に表に出ようとする気持ちが芽生えたので、結果オーライです」
「君は本当に逞しいな……」
ルイスの代替案は、男装の「アレクシア姫」に帝室の直轄地である東の森での領境の防衛を兼ねた南領民の避難支援だった。
ダイアモンドは、フレデリック様の魔導航空機が夜目を忍べる新月にイーストール城に潜入し、本物のミレイユ姫を救出した。
東都イーストールのセーフハウスで待機していたシオンに姉君を託して、森に入り、南領紛争終結までそこに居座った。
「山歩きはムリだと思っていたけど、何とかなったんだな」
「パパが杖を持って来てくれて助かりました。足元をローブで隠してプカプカしていても、杖があると歩いているように見えましたから」
「途中からは小屋を建ててもらえてよかった」
「はい。キャンプは皆から超絶不評で、別の戦争が起きそうだったのです」
「広域シールドは大変だったろう? お疲れ様」
「ストレス発散におすすめです。魔力を全開放して『ぐをぉっ』っと魔法を使うと、すっきりするし、程よく疲れて安眠効果も高いです」
「そうなの? 今度、教えてくれ」
「カールはライラック姫を見つけてエドワード様に預けたのですよね?」
「ああ、その話、書いておいた方がいいな。ライラック姫がどうしてあんな性格になったかわかりやすいと思う」
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サウザンドス家の葬儀・埋葬の後、ルイスの采配に従って、私は落とされていない拠点に北領の兵を入れ、防衛の任についた。
私には北領議会を動かすのは困難だったので、ダイアモンドに頼んで北領正規軍の退役軍人をノーザンブリア家に大量に雇い入れて送ってもらった。
「ふふふ。北領正規軍の半分が突如一斉に退役して大騒動になったのですよ」
「ちゃんと半分は北領に残してもらうように軍政長官に調整してもらったんだろう?」
「北領正規軍だと間違われないように、軍服をチャチャッと真っ黒に染めて、パパっと送り出してくれました。隠密姉妹たちの手際はあっぱれです」
「あの色、威圧感があって、最初は市民が怖がって保護されてくれなくて、困ったよ」
「終結の頃には黒衣は大人気だったと聞きましたよ」
「じいさまがたの孫自慢のお陰だな」
「カールも、わたくしも、おじいちゃん、おばあちゃんっ子でしたからね。可愛がってもらいましたね」
「ロイはマイクロフトのおじいさんだけどな」
「誤差範囲です」
「誤差範囲だな」
各地の城の防衛が固まった後は、教会の防衛だった。
敵方の多国籍武装集団は、教会の神官・聖女たちを拉致して、魅了薬を作らせ始めたのだ。
その目的については、色々な憶測が飛び交っているが、個人的には「他にお金を生みそうなものが見つからなかった」のではないかと思う。
教会奪還の過程で、私と共に南領に入っていた、中立の名門のご隠居がたに「大聖女」の保護依頼が届いた。
ご隠居の一人は私の祖父で魔眼修行の師匠であるフロンシーズ家のコーネリアス翁で、もう一人はブリタニー家のロイ翁だ。
「ロイったら、ミッキーの保護をお願いしたのに、まったく面倒を見ない上に、研究地区の管理まで丸投げして…… ミッキーは10才にして過労気味でした。カールの拠点に入り浸っていたのですね?」
「例の臭い草もそうだけど、南領は薬効成分が含まれた植物の宝庫らしい」
ご隠居達は二人で「大聖女」の様子を見に行き、「大聖女」から「ルイス殿下に会わせよ」と要求された。
それがライラック姫だった。
ライラック姫は、賊に切られて絶命した後、「神の奇跡」で、無傷に戻って生還したところを、城詰めのテンプル騎士に逃がしてもらった。
ライラック姫が着ていたドレスには斬られた跡があり、血に染まっていたのにライラック姫は無傷だった。
そのドレスは聖遺物として大切に保管され、ライラック姫を「大聖女」として遇した。
なんとしても生きていてもらうために、隠さなければならなかった。
「ルカの『救済』ですね?」
「知らない人から見れば『神の奇跡』でもおかしくはない」
「実態は『12時間の時戻し』という時空魔法ですが……」
ライラック姫は、ルイスがサウザーンに急行したのはリリィ姫を助けるためだと誤解していた。
そして、そのまま前線に立ち続けているのはリリィ姫の弔い合戦だと思っていた。
姉は死んでしまったが、妹の自分が代わりにルイス様をお慰めしようと、強く面会を望んだ。
神は姉ではなく自分を選んだのだから、皇太子に最もふさわしいのは「大聖女」の自分だろうと思うようにもなっていた。
しかし、テンプル騎士団はそれどころではなかった。
仲間が拉致され、奴隷にされるのを防がねばなからなかった。
余裕ができたら次にすることは、仲間を救出に行くことだった。
生存を表沙汰にすれば攻撃の標的になることが分かっているライラック姫を連れて、前線で戦うルイスの元に護送する余裕なんてなかったし、ライラック姫がルイスを慰めて帝都に連れ帰ることを望んでいなかった。
「神官たちはライラック姫がルーイを帝都に連れ帰れば、テーラ軍が退くと考えていたのですか?」
「不戦のテーラだからね。陛下が出兵を決めたとは思えなかったんだろう。未熟なルイスが陛下の反対を押し切ってリリィ姫の為に兵を出したと解釈したようだ」
「『リリィ姫のために』や『陛下の反対を押し切って』の根拠は?」
「ライラック姫の声が大きかっただけなんじゃないか? ずっとそう言われ続けると、それが本当のことのように感じる、みたいな……」
しかし、ライラック姫の要求がどんどん過激になり、とうとう心棒者を連れて教会を出る計画を立て始めたので困り果てて、中立の名門のご隠居を頼った。
「実情を晒せば、ライラック姫がワガママすぎて、本物の姫かどうかロイに鑑定してもらいたかったようだよ。できることなら引き取って欲しいと……」
「そんなに?」
ご隠居達は、ライラック姫の保護は断ったが、ライラック姫のより相応しい保護者として、ウェストリア家のエドワード公に連絡した。
両家の掲げる「中立」とは、全ての「権威」からの「中立」だ。両家にとって「教会」は、1都4領の領主クラスに匹敵する「権威」であり、しかもライラック姫本人が積極的に自身を「大聖女」だと権威付けていたから、直接的な助力は避けた。
ライラック姫の淑父であるエドワード公は、ライラック姫の引き取り先として最適だった。
「ルイスに会わせると言って、騙して西領に連れて行ったんだ」
「騙して!?」
「一応、ルイスにもそれとなく聞いてみた結果だ。『もしリリィ姫かライラック姫が生きていて、君と一緒にいたいと言ったら帝都に帰るか?』と。そしたら、『姫に限らず、アリー以外の女性と行動を共にするつもりはない』とジメジメし始めたから、ライラック姫を連れて行ったら邪魔になるだろうと思って」
「ルカにも教えてあげなかったのは、やり過ぎでは?」
「あの姫は、ルカの語るライラック姫とは別人だった。ライラック姫だとは思えなくてロイに何度も鑑定してもらったほどにね」




