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カール21

「もしかしてサンデーの婚約者を奪ってしまって、申し訳ないとか思っているのか?」


 ずっと気にかかっていたことについてゆっくり話ができるかもしれないと思い、手記を中断してダイアモンドをお茶に誘った。


「罪悪感があります。サンデーにもそうですが、ルーイに対しても」


「サンデーの存在をルイスに隠し続けなければならないこと? それとも元婚約者のフリをしていること? でも、婚約はもうなくなった」


「どっちも。陛下はルーイが『時戻し』を起こすなら、カールとシオンの魔術戦闘を防ぐことが出来る時点に戻すと読んでいるのです」


「確かに、6才の時の魔術戦闘を防げれば、北領と東領の断交も、シオンの雲隠れも、ヴァイオレットの男装も、スミレ公の執政不能も、私のトラウマも、アレクサンドリアの死も防げるだろう」


「ルーイと二人の帯同者には記憶がありますから、精神薬に手を染めている東領の貴族達は帝室の手で処罰され、東領を制御できるようになれば、両親の死も、南領紛争も、サウザンドス家の断絶も、イースティア家の乗っ取りも、全てを完璧に防ぐことはできずとも、ある程度は防げると……」


「そして、その時、ルイスはアレクサンドリアに出会って、恋に落ちて、結ばれると、そう思っているのか? ダイアモンドとは全く別人なのに?」


「陛下はそのように読んだから、わたくしには『忘れなさい』と暗号を送ったのです」


「しかし、君にもわかるだろう? 仮にノーザンブリア家には二人の姫がいたことを隠しきったとしても、『時戻し』の後、ルイスがアレクサンドリアを君だと思って好きになることはありえない。君の特殊性も真名も知ってしまったんだから」


 陛下はルイスのダイアモンドに対する執着を甘く見過ぎているのか?

 それとも私がルイスの純愛に期待しすぎているのか?



「お姫様ごっこは痛い失敗でした。まさかルーイがわたくしが嫌がることをするとは思っていませんでした」


「今となっては、君の顔を見たらすぐに飛んで行って『抱っこ』しているじゃないか。すぐにバレるさ」


「けれどカール、ルーイは『時戻し』の後、初対面に戻った『アレクサンドリア姫』をすぐに『抱っこ』するでしょうか? わたくしがルーイを忘れてしまったフリをしていた時のように、少しずつルーイに慣れて、心を通わせるように工夫してくれるのではないでしょうか?」


 確かにルイスは、自分のことを忘れてしまったダイアモンドに再び気持ちを伝えるまでに6年の歳月をかけている。



「ルイスが目の前の姫がダイアモンドじゃなくてアレクサンドリアだと気付くまでの間にルイスがアレクサンドリアのことを好きになると?」


「わかりません。陛下は可能性はあると考えているようです。パパはなるようにしかならないと……」


「君はそれでいいのか? ルイスのことが好きなんじゃないのか?」


「好きですよ。大好きです。でも、時が戻ればわたくしはそのことをすっかり忘れてしまうのです。『時戻し』の後のわたくしにはルーイを失う痛みも悲しみもありません。一方で、ルーイは皇妃に適格のちゃんとした姫と恋に落ちるのです」


 信じられない。

 ダイアモンドがこんなことを言うなんて……



「なっ。そんなの間違っている。ルイスは君に魔力障害があって皇妃に立つのは難しいと知った上で、君を望んでいるんだぞ!?」


「わたくしは『時戻し』後は違う未来を作るべきだと考えているのです。これはカールに言ってよいことではありませんが、アルバート陛下はパパの『時戻し』の前は、ソフィア・ブリタニーに出会っていなかったのです。『時戻し』の後に、世界危機回避の為にソフィア・ブリタニーと契約結婚しました」


「は?」


「陛下とソフィアは最初は契約だったのです。愛もありませんでした。パパとママの間にルーイが生まれて、わたくしがやって来て、ソフィアはお子が欲しくなったのです。それでトミーが生まれました」


「何を言っているんだ!?」


「史実です。パパの『時戻し』の前は、父様とエドワード様は別の人と結婚していて、雷と風の継承者は生まれていませんでした。当然、カールも、わたくしも、サンデーも、クリスも、マティ姉様も、トミーも、ミッキーもいない世界でした」


 私達が生まれていない?



「それがフレデリック様が『時戻し』を起こした理由か?」


「違います。『時戻し』の原因は継承者が生まれていないことではありません。帝国物理学研究所の素粒子爆発です。時戻しの帯同者は父様とアルバート陛下でした」


 時戻しの帯同者とは、継承者が2名を指名して記憶を持たせたまま時を戻す人物のことだよな?


「父様が?」


「はい。継承者であるパパの親友だったノア伯父様は、ソフィア・ソードンの自殺に巻き込まれて亡くなっていました。ノアを帯同者にするとトラウマが残った状態で2度目の人生をやり直すことになるため、ノアの兄の父様を帯同者に選んだのです。それで、『時戻し』の後の父様はノアをさっさと退学させて西領に逃がし、自分はどうせ子供が生まれないなら、好きな人と結婚したいと母様と結婚したのです」


「エドワード公は? 記憶がないのに別の人と結婚した?」


「父様がどれだけ情報を共有したのかわかりませんし、陛下が別の人と結婚するように仕向けたのかもしれません」


「ソフィア妃と出会っておらず、トーマス殿下とマイクロフトが生まれていないのであれば、皇妃も別の人物だった?」


「パパの『時戻し』前、帝位を継いだのはテーラ紋の継承者のパパで、アルバート陛下はただの第1皇子としてスミレ様と結婚して東領に入り、水の継承者のシオンが生まれていました」


 私はたとえマティとの間に子が授からなくとも、マティと結婚したいと思うだろう。

 陛下はシオンが生まれていたのに別の人と結婚したのか?



「陛下は陛下ではなかった?」


「アルバート第1皇子は『時戻し』前の人生でも大粛清を敢行しましたが、その時は腐敗貴族を東領におびき寄せて、スミレ様の夫として東領に入り、責任もって地道に潰している途上でした。東領の前領主夫妻は亡くなっていなかったので、ヴァイオレットはイーストール家の養女になることはなく、実の両親に育てられていたのだろうとパパは言っていました」


「東領が荒れたのはアルバート陛下が東領へ行かず、帝位についたせい?」


「それでも『時戻し』の前よりは遥かに良い世界なのです。ただルーイは……」


「ルイスは生まれていたのか?」


「別の継承者が生まれていました。ギルバートです」


「同じ子は生まれないのか?」


「パパとママは同じ魂だと思っていません。『時戻し』を起こした時、ギルバートは7才だったそうです。リリィ姫と仲良しで……」


「リリィ姫? リリィ姫は生まれていたのか?」


「はい。マグノリア公子も、リリィ姫も、『時戻し』前と同じ年に生まれ、同じ名前が付けられました。テーラ家に残る歴代の皇帝の記録を読んでもそういうものらしいです」


「意識的に変えないと同じ事が起きる?」


「人は環境が同じであれば同じ行動をとる傾向にあるようです。パパとママは、同じ名前を付けてしまえば、ギルバートと全く同じ様に育つことを期待してしまうからと、ルイスと名付けて、陛下に託しました」


「何故、そんな……」


「歴史をやり直せる代わりにテーラ家が抱え続ける苦悩です。仮に同じ子供だったとしても歴史が変わることで、別の人物に育つそうです。同じ子供が別の人生を歩んでいると考える皇帝もいれば、前の子供を失ったと考える皇帝もいる。陛下は前者で、パパは後者なのです」


 フレデリック様は、むしろ全く違う人物に育って欲しいとの願いを込めて、名前と育つ環境を変えたのか?


「確かに、ルイスがリリィ姫を好いている様子はないな。むしろ苦手としている口調だった」


「リリィ姫だって別人です。ギルバートのリリィ姫には競争がありませんでした。マティ姉様も、偽者のミレイユ姫も、アレクシア姫もいない、争奪戦のない世界のリリィ姫は他人を引きずり下ろす姿をギルバートに見られませんでした。ミッキーもいないので『いじめ』も行っておりません。ルーイが見たリリィ姫とは別人でしょう?」


「それにルイスは『時戻し』の後の世界に生まれた君に出会った」


「ルーイとわたくしにその頃の記憶はありませんが、パパとママは3才のルーイがわたくしに『しゅきしゅき』している姿を見たのです。ギルバートはリリィ姫にそんなことしなかったらしいですよ。密かにとても嬉しいです。ふふふ」


「それだって、新しく皇妃になったソフィア妃を親だと思って、彼女の習性を学んだから別の行動をとった?」


「リリィ姫も、ギルバートも、きっと潜在的にはそのような行動をとる素養はあったのでしょう。でもそれが発現するかどうかには『育ち』、つまり環境が大きく影響するのです」


 理屈は分かるが、心がついて行かない。

 テーラ家は積極的に歴史を変えていく主体だから、その変化に適応してきたということか……



「陛下はリリィ姫とギルバートが仲良しだったことを知っていたから、リリィ姫がテーラ家のプライベートエリアにずかずか入ってくるのを許したのかもしれないな……」


「でも、パパではなく陛下に育てられたルーイは、ずかずか入って来る人物を好まなかった。皮肉です」


「ギルバートは君に出会っていなかっただけだとも思えるが……」


「わたくしは生まれていなかったのですから、決して出会うことはなかったのです。ギルバートはリリィ姫と幸せになったでしょう。でも、ルーイは陛下に『ほら、リリィ姫だよ。前に君が好きだった子だよ』と押し付けられて喜んだでしょうか?」


「ない、な」


「だから、仕向けてみて、ダメだったら無理強いしないスタイルは、悪くないのです」


 ダイアモンドも権謀術数のテーラ家の皇女だけあって話術が巧みなのかもしれない。

 だんだん私の中の陛下への嫌悪感が薄れていく気がした。



「しかし、次の『時戻し』が起こるとすればルイスが起こすんだ。ルイスが陛下を帯同者に選ぶとは思えないが?」


「だから布石を打ったのです。ルーイに北領に姫が二人いることを隠し、母様の『アレクシア姫』に出会うように。『時戻し』後、サンデーが生存していればサンデーに、死亡していればわたくしに会うでしょう」


「それでルイスが違和感を感じない程度に遠ざけるため、君に『忘れろ』と命じたり、接触の機会を限りなく減らそうとしていたのか? 君に身を引けと」


「いいえ。身を引けと言っているわけではありません。正しい婚約者のサンデーと会わせてみるべきだと考えているのです。陛下は無理強いするタイプではありません。サンデーに出会う機会を与えるだけです」


「ルイスがアレクサンドリアに会って心変わりするとは思えない」


「陛下はリリィ姫を好まないルーイを見たのです。可能性はゼロではありません。一方で、記憶を持たない状態で巻き戻るわたくしは、ルーイに会わせなければ、シオンと結ばれるかもしれないと考えているようです」


「はぁっ? もしかして生前の母様がそう熱望していたからか? 父様さえ密かにそれを期待していたからか?」


「わたくしとシオンを間近で見た人たちが、『睦まじく慈しみあう仲』だと伝えたのですから、陛下にとってはルーイが邪魔者かもしれないという『可能性』が頭に過っても不思議ではありません」


「君はそれでいいのか? シオンのことを家族として大事に思っていても、そういう風に好きじゃないだろう?」


「それは、ルーイに『しゅきしゅき』されている今のわたくしはルーイがかわいくて仕方がありませんよ。でも、『時戻し』の後、ルーイを知ることがなければ好きになりようがありませんよね? サンデーが生きていれば、プカプカして隠し育てられているアデレーン・テーラがルーイに会う機会はありません。なんならシオンとも出会わない可能性もあります」


 ダイアモンドは自分側に自信がないのか……



「緑の部屋にしっかり記録を残して私が君とルイスを会わせてやる」


 緑の部屋は、私達の始祖、魔王ウィリアムが実験室に使っていた時戻しの影響を受けない部屋だ。ノーザンブリア家の歴代当主はそこに自分たちの手記を保管することで、時戻し前の記録を残すことが出来る。


 しかし、時戻しのタイミングを教えてもらえるわけではないので、記録が欠けて、肝心の時戻しの原因が分からない場合も多い。それでも、時戻し前と時戻し後の歴史を比較することで、テーラ家が何を変えたかがぼんやりと分かる仕組みだ。



「カール。感情的にならないで、今までの話をよく考えあわせてみてください。『時戻し』の後は、別の環境で別の幸せがやってくるのです」


「ギルバートはリリィ姫の記憶がなかったが、ルイスには君の記憶があるだろう?」


「カール。『時戻し』の後のわたくしは、きっと今のわたくしと全く違う人物に育つと思います。そのための仕込みもしっかり行いました。ルーイが新しいわたくしとサンデーのどちらを好むかわかりません。それが『時戻し』です」


「仕込み?」


「緑の部屋に父様へのメッセージを残しました。アデレーン・テーラは先祖返りの時空魔法使いだから、フレデリック皇弟にお願いして魔界へ連れて行き魔王の元で修行させれば普通の生活が送れるようになる、と」


「君の時空魔法訓練の開始時期が早まれば、君はプカプカしなくなって表に出ることができるようになる…… それで君の運命が大きく変わることで、別の人物に育つ?」


「そうです。大きく変わってしまったわたくしをルーイが好むかわかりませんし、逆もしかり。でも、それが悪いことかどうかはわからないのです」


「それでも記憶を持つルイスが君のことを嫌うようになるとは思えないが」


「いいえ。記憶を持っているからこそ、ギャップに耐えられず失望するかもしれません。世界にたった一人の時空魔法使い様になるのです。高飛車で傲慢に育つかもしれません」


「ないだろ」


「ありえます。リリィ姫を思い出してください。競争がない環境でのリリィ姫はギルバートに好まれていたのです」


「高飛車で傲慢に育つかもしれないというのは自己分析の結果か?」


「わたくしが普通でないことが母様にとって大きな苦痛となっていました。母様は『ちゃんとした子を産めなくて父様に対して申し訳ない』と泣いていました。でも、わたくしにはどうすることもできなかったのです。母様が誇らしく思える娘になりたいという気持ちが強いのです」


 なんだって?

 あんの、クソババア!



「ダイアモンド!? ああ、なんてことだ…… そんな言葉は今すぐに忘れてしまいなさい。私はプカプカでも、文字が書けなくても、君が大好きだし、誇りに思っているし、私の大事な大事な宝物なんだ」


「ありがとう、カール。ちゃんと分かっていますよ。カールも、パパも、ママも、ルーイも、ソフィアも、陛下も、ミッキーも、プカプカでポヤポヤのわたくしを大切に思ってくれていると、ちゃんと分かっています。でも、時戻しの後、幼い頃のわたくしがプカプカ浮かなくなったら、それはそれで大喜びして、天狗になると思うのです」


「うん。わかった。それなら、私も訓練すれば同じ魔法が使えるようになると書いておいてくれ。君と一緒に傲慢で高飛車なクソ双子になろうじゃないか!」


「マティ姉様に好きになってもらえないかもしれませんよ」


「それは困るな。ついでにカールの妻はマティがおすすめと書いておいてくれ」


「それは自分で書いてください」


「……」


「ふふふ。照れちゃって」

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