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マグノリア3

 アレクシア姫を北へ帰せと激昂するルイスに対し、カールはアレクシア姫を手元に置くと決めて譲らなかった。


 ルイスとアレクシア姫の婚約は成らなかったのだろう。

 アレクシア姫の処遇に関する権限がカールにあることが明白となった。


 しばしの沈黙の後、ルイスは苛立ちに満ちた表情を隠し、普段の温厚なルイスに切り替えた。


「取り乱してすまない。紹介するよ。こちらはマグノリア公子だ」


「非礼を許してくれ。北領総領カールだ。心からのお悔やみを申し上げる」


 二人は私よりも年下だし、私も含め三人ともまだ子供と言われる年齢だったが、そんなことを言っていられる時代ではないことを悟った。



 それから私は家族の遺体に対面し、ナンチャンの聖ルカ教会に埋葬した。

 先祖代々の墓ではないが、私はナンチャンに根を下ろすつもりで、ここに家族を埋葬することを希望した。

 正常な判断だったかわからない。


 そして私は以降、ルカと名乗ることにした。

 


 そうしている間にも、南領の主要都市が次々に謎の軍事集団に落とされた。


 帝室と北領はまだ落とされていない城に兵を入れた後、協定を結んだ。

 帝室は落ちた都市の奪還を、北領はそれ以外の都市の守護と退避希望の移民の受け入れを担当することになった。


 しかし、この決まり方が異質だった。


 今となっては納得しかないのが不思議だ。



「君はアレクシアを失いたくないな?」


「無論だ。方法があるのか?」


「帝室直轄地の東の森を避難路として時限解放する。難民は全て北領で受け入れてくれ。アレクシアは避難支援だ」


「素直に従うかな?」


「あの森を南から北へ徒歩で抜けるのに2週間はかかる。冒険者でも尻込みする森だ。野獣や魔獣が多く危険だが、狩れば食料に変わる。人が入っていないから採取で生き延びる糧も豊富だ。2週間歩き続けることができるかどうかも分からない移民の避難支援をするんだぞ。むしろ投げ出して北領に逃げ帰って欲しい」


「南領ではなく、帝国領に留め置くのか。北領に逃げ帰るとは思えないが、あの子もようやく分散に同意したところだから、まぁ、試してみよう」


 分散。

 家族が残っている者に与えられる戦術だ。


 アレクシア姫は兄様好きだと聞いたが、感情に流されてノーザンブリア家の存続を脅かすほどの愚か者ではないようだ。



「移民は時間が経てば経つほど、人数が増えれば増えるほど、北領本土が貧しくなる。アレクシアは北領側のケアが重くなって、自然と北領に引っ込んでくれると思いたいよ」


「養えるだろうか?」


「多分ね。母上の近衛を二人借りて貼り付けるから、黒衣を支給してくれ」


「黒衣を着せても帝国の人間だと絶対に気付くぞ」


「だから母上の近衛なんだよ。そのうち帝都との連絡係に使うようになる」


「皇后とあの子を近づけていいのか?」


 なんとなく、皇妃ソフィア様とアレクシア姫が結託して、アレクシア姫を欲しがるルイスを妨害しているような印象を受ける発言だった。


 ワケが分からない。


 帝都の動きに疎すぎる自分が情けなくなった。

 リリィだったら意味が分かっただろうか?


「仕方ないさ。非常時なんだから」



 作戦がアレクシア姫を軸にして決められた。アレクシア姫が森で避難支援をするから、北領は南領内でも防衛と救援が主軸になった。

 北領が防衛担当だから、帝室は既に落ちた拠点を取り返す制圧担当になった。


 最初はこの姫を守るために、非効率な戦い方を強いられているのかと思っていた。


 白衣の帝室。

 テーラ家は、非戦主義だ。

 全てを折衝による和睦で解決すること最善と定め活動している。


 戦わないから、汚れない、その決意を表した白だ。


 その白衣の帝室が敵の制圧で、黒衣の北領が救援に回るなんて、それぞれの得意分野をムダにして、非効率に見えた。


 厄介者が足を引っ張っている。

 そんな印象を受けていた。



 白衣と黒衣の得意分野を潰しても、アレクシアの得意分野を活かすことが全体にとって最適であったことに気付いたのは北領に亡命してからだ。


 しかし、この時点で、彼らがナンチャンの城に到着した時点で、気付くべきだったんだ。


 北領の小隊が連れてきたのは、領主の亡骸だけじゃない。

 数十人の南都の民も一緒だった。


 カールの小隊はついてくる民を守りながら移動したから到着が明け方になった。

 民も夜通し歩いた。


 それらの民は領主の亡骸についてきたわけではなかった。

 領主一家の亡骸を奪還した少年についてきた。



 その少年は領主一家の亡骸が磔にされた広場に現れて、見張りを電撃で昏倒させた後、シールドを張り叫んだ。


「私が守る。ご遺体を下ろして!」


 遠巻きにご遺体の冥福を祈っていた民は、呆然として反応できなかった。


 

「早くして、そなたらの(あるじ)でしょう?」


 一喝されて、民はようやく領主の遺体を下ろした。


 そこに黒衣の小隊が駆け付けてきて、小隊長らしき別の少年に怒鳴りつけられた。


「アル、分かっているのか? 小隊全体を危険にさらしたんだぞ」


 その少年は負けずに言い返した。

 

「じゃぁ、助けに来なければいい。私は貴方が死んだらこのくらいじゃ済ませない。気に入らないならさっさと見捨てればいい」


 少年はその場で北領の軍紀違反で捕縛された後、布を掛けられた。


 民はその少年が心配になって、領主一家のご遺体を回収した小隊について行った。


 隊列の中の布を掛けられた少年が、領主の仇敵と誤解され、石を投げられれば、彼を守ろうとした。


 それで小隊は移動速度を緩めなければならなくなった。

 ここで危険を知っていながら移動速度を落としたところにカールの温厚さがよく現れていると思う。


 ルイスであれば、少年だけ回収してナンチャンまで駆け抜けたかもしれない。



 その少年は、髪を切ってカールを追いかけた少年姿のアレクシア姫だった。


 カールの妹は、私の家族の遺体を回収するために単騎で突っ込んで、軍規違反で捕縛された。


 悪姫アレクシアは、間違いなく壊れている。

 頭がおかしいとしか思えない。


 リリィ、君の遺体を回収したのが悪姫アレクシアだと知ったら、君は怒るかな?


 ライラ、本来のアレクシア姫はおっとりさんらしいよ。ほんわかさんな君と高等学園で仲良くなれたかもしれないな。


 この話を聞いたとき、ようやく失った家族を想って涙が出た。


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