カール20
伝統的に情報操作が得意ではないノーザンブリア家だが、その頃の私達にはどうしても操作したい情報があった。
ダイアモンドの悪評だ。
ダイアモンドの悪評「北領の悪姫」の根源は、東領に対する報復指令だ。
報復されたのは悪質な精神薬を利用していた家だし、自業自得ではある。但し、やり方が苛烈で、実際に多くの命が失われているから、悪評は避けられない。
しかし、報復された側がその理由と被害内容について隠したので、「北領の悪姫」という二つ名だけが拡散されていた。
人の命が関わった恨みの籠った悪評だけに、すぐに良い評判で上書きすることも難しい。
だから、別のもっと他愛ない悪評に置き換えることを目標にした。
私達はその喧伝役に母方の従姉、マーガレット・サマーを利用した。
この従妹が選ばれたのは、「アレクシア姫」を毛嫌いしていたというただ一点からだった。
従妹と言っても、母が婚姻前に中立のフロンシーズ家を出て、サマー家に養子入りしただけだから、血のつながりはない。
そして、母の養子入り先としてサマー家が選ばれたのは、サマー侯爵夫人が帝都人で、母と同郷人だったからだ。
さらに言えば、サマー侯爵夫人は、テーラ家が大好きなロイヤリストだったから、マーガレット・サマーは、母親からテーラ家賛美を聞かされて育った。
それで、両親の葬儀・埋葬の際に、ソフィア妃とルイスに特別扱いしてもらっている「幼稚なアレクシア姫」に対して憤慨していた。
「今となっては手のひら返しで、ルーイを毛嫌いしていますが……」
「あの熱量で極端だから厄介だよな、マギーは」
「テーラ家には、組織で最も扱いが難しいのは『有能なバカ』だという言葉があります」
「そうなんだよな。めちゃめちゃ優秀だからこそ、上手く制御できないと大変なことになる」
マーガレットが拡散する「幼稚で不届きなアレクシア姫」は、「報復指令を出した北領の悪姫」より遥かにかわいらしい悪評だ。
このマシな悪評に入れ替えるために、彼女をアレクシア姫のお話相手に任命し、最高潮に苛立たせることで、マーガレットの口に火をつけ、悪評の内容をすり替えて行った。
「マギー周りは伯父上と君に任せたら、随分悪ノリしたようだね。『壊れた姫』と呼ばれるようになったのには頭を抱えた」
「令嬢の『嫌い』は、伝達力が高いのです。帝都の姫達に学びました」
「リリィ姫と偽者ミレイユ姫のルイス争奪戦を目の当たりにしたんだっけ?」
「陛下に解説してもらわないと分からない部分も多かったのですが、とても勉強になりました」
「マギーの喧伝力も凄まじかった。帝都人の母君の薫陶を受けているのかな?」
「いずれは消えなくてはならない『アレクシア姫』ですから、マーガレット姉様に『どこにもお嫁に出せない姫』のレベルまで堕としてもらえたことで、縁談が来なくて助かりました」
「そうでもない。ルカは『多少の悪評があっても富国手腕が南領まで轟いている姫だったから、貰い手がいなさそうならウチから私の妻に迎えたいと打診しただろう』と言っていたよ」
「まぁ! ルカが政略婚? 意外です」
「南領は貧乏だからね。『富国手腕』は魅力的なんだろう。ルイスの様子を見て『嫁に出せない姫じゃなくて、嫁に貰おうとしたら殺される姫だ』と苦笑していた」
「それにマーガレット姉様に恋に落ちたあとは、政略などという考えは捨てたのでしょう?」
「どうだろうか。マギーに恋に落ちたことは疑っていないが、サウザンドス家を再興させる気があったならもう少し慎重に行動した気もする。彼は情熱的だが芯は冷静だと思う」
「そうですか。ルカは早いうちからサウザンドス家の再興を望んでいなかったのですか?」
「恐らくご家族の遺体をサウザーンではなくナンチャンに埋葬した時点で、サウザンドス家を畳みたかったのだと思う」
「だからライラック姫のことを教えてあげなかったのですか?」
「理由はそれだけではないが……」
「ライラック姫の生存と願望を知ってしまえば自分の気持ちを捻じ曲げてサウザンドス家を再興しようとするから、だけではない?」
「彼は出来ないんじゃなくて、やりたくないんだ。『幽霊』と『助手』のからくりも、その正体も、早いうちから気付いていたけれど、知らないふりをしてくれた賢くも思慮深い男だよ」
「幸せになって欲しいですね」
「ああ、幸せになって欲しい」
**
マーガレットは、「アレクシア姫」を徹底的にダメ出しした上で、テーラ家との縁談なんて望むべくもない不適格な姫にした。
アレクシア姫がルイスとソフィア妃のことを忘れてしまった恩知らずであることまでしっかり喧伝された頃、アルバート陛下からルイスとアレクサンドリアの婚約解消の同意文書が得られた。
「東領のミレイユ姫の派閥にもマギーみたいな人がいてルイス争奪戦を有利に進めていたんだろうな」
「学園でのティータイムの様子を見るに、マーガレット姉様は『爽やか』路線でも戦えますから、他人の足を引っ張らずに勝者になりえる凄腕です」
「そう? では、仮に君がルイス争奪戦に身を投じていたとして、マギーが支えてくれれば勝者になれたかもしれないな」
「サンデーなら絶対に勝てます」
「アレクサンドリアなら? 君、それは......」
「ルーイの婚約者はサンデーです。ノーザンブリア家から争奪戦に入るなら、サンデーでしょう?」
「ルイスが好きなのは君だよ。ダイアモンドだよ」
「カール。ルーイはサンデーに会ったことがないのです。サンデーに会ったらきっと大好きになったと思います」
「……ダイアモンド。ちょっとお茶にしようか」
「……はい」




