カール17
そんな充実した日々を過ごしていたある日、ダイアモンドが入水した。
気付くのが遅くて、本当に助からないかと思った。
あの時のことを思い出すと、今でも手が震える。
水から引き揚げられたとき、身体が冷たくなっていて、絶望した。
シオンが水魔法使いで良かった。
でなければ命を落としていただろう。
シオンは、ボロボロ涙を流しながらも飲み込んだ水を水魔法で吸い出し、カーナと共に心肺蘇生を施し、気道確保した後に、注意深く身体や服の水を払って乾かし……
ひたすら「アレクシア」の名前を呼び続けて「お願いだから、私を置いて行かないで」と声を掛け続けてくれた。
呼吸と鼓動が戻っても、なかなか意識が回復しなくて、怖かった。
『私が身代わりになりますから、どうかこの子を返してください』
ずっと手を握って祈った。
ダイアモンドは夜中に目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていた私は、その小さな手に揺り起こされた。
『カール。こんなところで寝ては、風邪をひいてしまいます。中に入って』
私はきっと、私が目覚めた時のダイアモンドと同じ表情をしていたと思う。
まず、神の奇跡に感謝して、嬉しくて涙が溢れて、その場を動けなくなった。
ダイアモンドには分かっていた。
その時の私が何をしたかったのか。
ゆっくりと起き上がって、優しく抱きしめてくれた。
私は目覚めたあと、ダイアモンドを抱きしめてやれなかった。
人に触れられないトラウマがダイアモンドに適用されているわけがなかったのに……
試すこともしなかった自分を悔いた。
『すまない。君は3週間もこんな思いを……』
3週間とは、私が毒で意識を失っていた期間だ。
私がダイアモンドを失うかもしれないと悲嘆にくれた期間は1日にも満たない。
ダイアモンドは震える私の背中を撫でながら、自分ごと毛布にくるんでくれた。
寒かったわけではない。
ダイアモンドを失ったかもしれないという恐怖に震えが止まらなかった。
『何があったのですか?』
ダイアモンドは自分が入水したことを理解できていなかった。精神薬の後遺症を心配した。
『話は明日にしよう。シオンが心配しているから、彼を呼ぼう。君を助けてくれたのはシオンだよ』
シオンは、目を覚ましたダイアモンドを目にすると、その場にへたり込んで手で顔を覆って泣いた。
本当に女の子になったみたいだった。
私が支えてダイアモンドの元に連れて行った。
私が最初に目を覚ました時、私に近づくことが出来なかったダイアモンドを思い出した。
あの時はルイスがダイアモンドの手を引いて誘導してくれた。
シオンは泣くばかりで、言葉を出せなかった。
この子が泣いているのを見るのは初めてだった。
いつもはしっかりしているシオンがこんな風になるなんて……
ダイアモンドは、再びゆっくりと起き上がって、シオンを抱きしめた。
シオンはダイアモンドに縋りついて泣いた。
『お胸が痛いの』
『カーナ、が、心臓、マッサージで、子供、だから、力の、加減が、むずかしい、と』
シオンは、ダイアモンドの胸元を圧迫しないように、肩の横に顔を埋めて言葉を絞り出した。
『心配させて、ごめんなさい』
『アレクシアは、死ん、じゃった、かと、思った』
ダイアモンド肩もとで縮こまって泣き続けるシオンを抱きしめてあげていた。
その夜は、ダイアモンドのベッドで3人で眠った。
ダイアモンドとくっついて眠ったのは6才の頃以来だった。
反対側のシオンからもしがみつかれて寝苦しかったが、トラウマで人に触れられるのがダメになっていたのが、治りつつあることに気付くことができた。
ダイアモンドと一緒のお布団で眠りたがったアレクサンドリアを思い出して、こうやって3人で寝てあげればよかったなどと頭に浮かべながら眠りについた。
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「シオンはあの時、君を『愛しいの塊』と呼んでいたよ。『お願いだから戻って来て』、『私を置いて行かないで』と必死に声をかけ続けていた」
「シオンはあの時、『救済』を使ってしまったのです。申し訳ないことをしました」
「でも、継承の話を信じなかったんだって?」
「シオンがイースティア家を離れた段階ではまだ教育がなされていなかったのでしょう。カールも知らずに使ってしまった後、実感がなかったのでしょう?」
「ああ、そうだったね」
**
その日は、東領側の領境から2度目の武装集団が入境したとの報告が上がり、シオン、ジョセフ、ミミを呼んで出撃会議を行っていた。
そこに話を聞きつけたダイアモンドの世話係のゴードンとカーナがやって来て、ダイアモンドが2度目の襲撃は自分の目で見に行きたいと希望していることを伝えに来た。
近衛、隠密、北領正規軍からの支持を得ているのはダイアモンドだし、出撃させること自体は問題がなかった。
しかし、シオンは「アレクシア姫」が武官3部門を統率していることを知らなかったから、危ないと言って大反対し、自分が出撃すると言って聞かなかった。
運悪くフレデリック様とレイチェル様が帝都へ出張に出ていていなかったので、ダイアモンドの「保護者確認」も出来ない。
今回のダイアモンドの出撃は見合わせるしかないと考えていたところに別の隠密が駆け付けてきて、ダイアモンドが庭園から続く泉に入ったと知らされて、私はパニックに陥った。
絶世の美少女姿のシオンは私をお姫様抱っこして自分ごと大きな水の球に乗せて、窓から飛んだ。
シオンは、水球を使って空中を移動することが出来た。
人が集まっている泉のほとりで水球の上から私をポイ捨てしながら「人払いを」と叫んで、自分は水球に乗ったまま泉の中に突っ込んだ。
「水球を浮かせるという水使いだったら誰でもできる技らしいんだが、それに乗って移動するなんて斬新だよな」
「そんなこと聞いたことがありませんし、領主レベルの魔力がないと『乗って飛ぶ』のは出来ない芸当なのではないでしょうか?」
シオンの世話係のミミは、夫のジョセフを小脇に抱えて、大判の油絵に乗って飛んできた。
本物の風魔法使いによる空飛ぶ絨毯ではなく、空飛ぶ風景画だった。
「この話をしたら、マティが飛行用の金属板に乗せてくれて、庭園を空中散歩してくれた。いい婚約者を持ったよ」
「空を飛ぶと言ったら風使いですよね」
ダイアモンドの世話係のゴードンとカーナは、氷の飛行盤を風で飛ばして私達を追いかけてきた。
「水を成型しながら凍らせるとか、それに人を乗せて風で飛ばすのも、誰にでもできることではないだろう? 二人が上級魔法使いだということがシオンにバレてしまったな」
「緊急時だったのですから、仕方がないでしょう。水と風の二属性使いのパパが選んだアデレーン皇女の近衛です。飛行手段がないわけがありません」
「雷魔法使いは飛ぶ手段がないのが残念だ」
「カールは飛行が大好きですよね。空の旅がしたいならルーイに頼めば『魔導航空機』に乗せて帝都からノーザスまで連れて帰ってくれますよ、きっと」
「今度頼んでみる。シリアスな話の途中なのにどうでもいいことばかり話してしまって良くないな」
「いいのです。カールがどんどん『魔法オタク』っぽくなっていくのは、今現在、趣味を楽しむ余裕のある証拠です。純粋に嬉しく思います」
「スムーズに受け答えできる君だってかなりの『魔法オタク』だと思うけどね」




