カール16
北領に旅立つ私達の見送りの時、テーラ帝室がノーザンブリア家に姫を嫁に出しているのかと錯覚した。
ダイアモンドはそれほどまでにテーラ帝室に溶け込んで、大事にされているように見えた。
ルイスは、その3ヶ月で不思議な魅力を湛えるようになっていた。
完全無欠なキラキラ皇子様は、妹を包み込んで温める優しい男の子に変わっていた。
ルカが「アレクシア姫のおこぼれに預かって、ルイスの暖かさに救われた」と言っていたことがある。
ルイスはダイアモンドのために暖かさを持つようになったのだろうか、何かキラキラしたものがあふれ出ているような不思議な魅力だ。
「実際に魔素が結晶になったかのようにキラキラが出ていますよ」
「そうなのか? 目に見えなくとも感じることが出来るんだな」
「カールは恐らく訓練すれば見えるようになりますよ。多分、プカプカも」
「何っ!? 宙に浮くことも出来るようになるのか? 余裕が出来たら訓練してみるよ。先生を紹介してくれるか?」
「わたくしとの違いは初めから魔紋回路が開いているかどうかだけです。潜在能力は高いので、多分ですが、可能です。因みに今はカールからもキラキラが出ています」
「見てみたい! それじゃぁ、魔眼の方も訓練しよう」
「マティ姉様に『魔法オタク』と嫌われない程度にお願いしますね」
「ふっ。私はマティの『脳筋』なところも好きだから、大丈夫じゃないか?」
「ふふふ。そうですか。カールが本来の『魔法オタク』な性格になれる日が早く来ることを願っています」
先にも書いたが、私はこの時点では、ルイスが他の女性に接しているところを見たことがなかったから、彼のことを「博愛系」だと認識していた。
あまたの令嬢達を侍らすハーレムの中心だと。
忍耐強く、心に入り込む技術が凄まじく、目が行き届いていて、甲斐甲斐しい。
彼は全ての令嬢にそうなのだろうと誤解しながらも、このモテ皇子のモテ気質によってもたらされたダイアモンドへの厚遇に感謝しながら帝都を出た。
「伯父様がパパのプライベートな顔しか見たことがなかったように、カールはルーイのプライベートな顔しか見たことがなかったのですね?」
「南領紛争時に指揮官としての表の顔も見たんだけど、女性に対する態度は学園に入るまで知らなかった」
**
ノーザスに戻った後、私は当主になるための勉強と実務に追われた。
伯父と共に朝議に参加し、議事要旨が上がってきたら、帝室への再審申請を作る。
北領印を失くしたことで、北領の決議はテーラ帝室に送られ、再審と再決の後、公印として帝国印を押印してもらうようになった。
伯父はその一つ一つを『帝室一強制』の布石として助力してくれた。
但し、伯父は帝都に嫌な思い出しかない。
私達も伯父に帝国に関わる業務をお願いしたくなかった。
それで私が担当したんだが、それも3ヶ月で限界に達し、フレデリック様に助けてもらうことになった。
「帝室は私が思っていたほど皇族が強権を使っていなかった。北領では父様が『諾』と言えば進む話が、帝室では関係部署の責任者によって検証されたから、人脈がある人が根回ししないと遅いんだ」
「ミッキーも仕事がとても丁寧でした。予算申請を却下する時にも詳細な理由をつけていたようです」
「帝室はどちらかと言うと『民主政権』に近い政治スタイルだな」
「はい。だからこそ陛下は『独裁政権』な響きのある『帝室一強論』が嫌いなのです」
「ルイスは『帝室一強制』と呼ぶのを嫌がって『一元統治』と呼んでいる」
「政治のプロのこだわりですね」
「魔法オタクの北領と脳筋の西領は、『民主』的な政治はムダが多くて面倒くさいと感じてしまうけれどね」
「ふふふ。わたくしはテーラ家の教育を受けていますが、カールと同じく、手続きが多くて面倒くさいと感じますから、ノーザンブリア家の血を引いていますね」
「君もそれに付き合って却下理由を書いたことがあるんだろう? マイクロフトが大雑把すぎて驚いたと言っていたよ」
「書いた文字が具現化しないように魔眼ぎゅっ閉じで、緊張しました。もうこりごりです」
**
フレデリック様の助力により、北領の執政はなんとか回るようになったが、課題もあった。
何をもって父の遺志とするか?
私には判断しかねた。
酔った状態で伯父やエドワード公に語った個人的な願望か?
それとも、ノーザンブリア家当主として陛下と協議した内容か?
その時点で明確にわかっていたのは、私にはシオンの為に東領を取りに行く力がないということだった。
ひとまず伯父の固執する「帝室一強論」を見据えながら、北領を回していくしかなかった。
『兄上は帝室一強論を嫌がっているから、テーラ家の私が北領の執政を担って、そっち側に加担することはないよ。でも困っているなら君が執政で、私が顧問なら受けよう』
伯父は、気さくな親友フレデリックが「帝室一強論」でも味方になってくれると期待していたようだったが、フレデリック様は明確に陛下側の立場を取った。
意見が対立するからと言って険悪な雰囲気を漂わせるようなタイプではないし、民の為に必要とあれば執政補助を厭わなかった。
淡々と折衷案を相談し、飽くまで顧問としてノーザス城に留まってくれることになった。
フレデリック様が求める見返りは唯一つ。
娘がノーザンブリア家に戻ることを望まないなら、娘は私の娘のままにすること。
それだけだった。
シオンとダイアモンドの処遇については宙に浮いていた。
シオンはフレデリック様の養子に入るのを拒んだ。
それで、シオンをテーラとして表に出すという父の最善案は潰えた。
伯父が「帝室一強論」を諦めない場合、いずれはノーザンブリア家を畳むことになるのに、ノーザンブリア家の養子にするのは気が引けた。
そもそも伯父はノーザンブリア家を出ていて、シオンと養子縁組できる成人のノーザンブリアがいなかった。
後見人に頼んでシオンを私の弟としてノーザンブリア家に縁組してもらう法的技術はあったが、私の後見人は伯父ではなくアルバート陛下だった。
その時点で、シオンがノーザンブリア家の養子に入るということは、シオンが最も嫌がっているアルバート陛下がシオンの後見人になることを意味する。
この案は提案すらできないように思えた。
つまり、シオン周りは呪いかと疑いたくなるほどに手詰まりとなっていた。
「ダイアモンドをテーラ家の皇女として表に出す道が塞がっていたのも、私の力不足だ。すまない」
「大丈夫ですよ。表に出ていない理由は、プカプカの魔力障害ですし、わたくしは実態としてはずっとパパとママの子供でいさせてもらえましたから」
ダイアモンドは「アレクシア姫」として近衛、隠密、北領軍を掌握していたので、力を借りるため、すぐにフレデリック様とレイチェル様の「アデレーン皇女」に戻すことは難しかった。
フレデリック様とレイチェル様もご理解くださって、3人はノーザス城の迎賓館で家族としての生活を再開したが、ダイアモンドは以前として「アレクシア姫」として活動した。
ダイアモンドが武官3部門を掌握してくれている間、私は政務に励んだ。
朝議の議決権保有者達と文官たちの掌握だ。
伯父も執政を帝室へ引継ぐことを見越した朝議メンバーの入れ替えに協力的だった。私は子供であまり既存議員たちに相手にしてもらえていなかったから、助けがいがあったと思う。
嬉々として支えてくれた。
その頃の私はとても忙しかったが、非常に充実した日々を送っていた。
両親が死んだことを悲しまなかった「アレクシア姫」が批判に晒されていたが、両親が死んだことを悲しまなかったのは私の方だと思う。
親不孝な息子だと自覚しているが、それが事実だ。
「カールは自分が思っているよりも『虚構に生きる』のがツラかったのです。解放されたきっかけが父様と母様の死であったことが残念に思いますが、カールが解放されたことを喜んでいたわたくしは、両親の死を喜んでいたのと同義ですから、わたくしの方がもっと親不孝です」
「私達の代わりにシオンが両親の死を悼んでくれて感謝している」
「わたくしも。父様と母様がシオンにとっては良い親であったことを救いだと感じています」




