カール15
「さて、ソフィア妃についての続きから、だな……」
「カール。『物理』のソフィアと『バイオ』のソフィアがごちゃまぜのままですよ」
「分かっているさ。これから書くから心配ない。但し、伯父上目線にしよう。ストーカー被害にあった彼の目線を理解しないとどうしてこうなったのかがわからないからね」
両親の葬儀・埋葬の際、伯父ノアは信じがたいものをいくつも見た。
一つ目は、ソフィア妃だ。
彼女は伯父をストーカーしていたソフィア・ソードン男爵令嬢ではなかった。
灰色の髪に飴色の瞳のソフィア・ソードンが、茶目茶髪の別人に入れ替わっていた。
「銀色の美しい髪だったと聞きましたよ。灰色と表現するのはカールの悪意が籠っていますね」
「いや、伯父上の言葉だよ。伯父上にはそう言う風に見えていたんだ。実際に嫌な思いをさせられたんだから仕方がないだろう。愕然として不覚にも気を失いそうになったと言っていたよ」
ソードン家は、向精神薬で荒稼ぎした後、アルバート陛下の粛清で東領に逃げた帝国貴族の一つだ。どんな悪事に手を染めていても不思議ではない。
だが、陛下がソフィア嬢の入れ替わりを受け入れたことに戦慄が走った。
もう一つはダイアモンドに付き従った帝室の近衛の襟章だ。
テーラ紋に風を纏った太陽。
ルイス皇太子の太陽とフレデリック皇弟の風が合わさったような、これまで帝室が使ってこなかった意匠だった。
「あれはアデレーン皇女の個人意匠です。風を纏った太陽ではなく、アンドロメダ銀河です。伯父様にもすぐに説明いたしました。カールは知っているのに……」
「それが伯父目線の現実だったのだから、仕方がない。フレデリック様がノーザス城に入るまでの半年間、伯父上は私達が何を言っても信じてくれなかったじゃないか」
伯父が最も恐怖したのは、西領で暮らしていた頃は不思議生物だったダイアモンドが、冷徹な皇女に変貌を遂げていたことだった。
ダイアモンドは、帝室の近衛を引き連れて伯父の家に押し入り、伯父を拉致してノーザス城の深部に侵入し、伯父の眼の前で父の執務室や両親の寝室を荒らしてアレクサンドリアの個人印章を探し始めた。
「と、言っていたよね。いい機会だから伯父上からも話を聞いたよ」
「まぁ、そうですか。本格的ですね?」
そして、他でもない父上の近衛が、人払いをして家探しを支援し始めたことに恐怖した。
この時点で伯父は両親の死は帝室の陰謀だと疑った。
そしてノーザンブリア家の近衛は寝返ったのだと思った。
しかし、近衛団長がやってきて「主から姫様は初代の生まれ変わりだと伺っております」と北領の近衛がダイアモンドに従っている理由を伝えられ、寝返っていない可能性も浮かび、更に混乱した。
「父様は幼稚舎で君に『魔王の娘』という二つ名がついたのを面白がって、『それなら初代当主の生まれ変わりだ』と喜んでいたんだ」
「近衛団長はおふざけを真に受けたのですか? 生まれ変わりではなく、先祖返りですのに」
「いいや。大事な時に部屋から出てきてくれない伯父より、ダイアモンドに率いてもらったほうがマシだという冷静な判断だった」
「近衛団長にも話を聞いたのですか?」
「うちにいる近衛に聞いた。君の武勇伝を書いていると言ったら、熱く語ってくれたよ」
ダイアモンドは、パジャマ姿の伯父をノーザス城に連行したことで、北領近衛の支持を受けるようになった。
そしてこの直後、報復指令を出したことで北領隠密達からも絶大な支持を得た。
ノーザンブリア家の武力を掌握したダイアモンドは、近衛と隠密に半年家を支えて欲しいと頼んで帝都へ戻った。
「半年経っても私の意識が戻らなかったら、君が男装して私の影武者を務めると言ったそうだね?」
「シオンに扮して帝都で皆を騙しているヴァイオレットのことが頭に浮かびました」
「いや、そうじゃなくて、自分が立つわけでも、伯父上を立てるわけでもなく、私を待ったことに皆が驚いたんだ。それで、北領正規軍は君に従うことを決めたようだよ」
「北領正規軍の所属はノーザンブリア家ではなく、北領議会です。従えるつもりはありませんし、言葉も交わしていませんし、意味がわかりません」
「私を立てたことが評価されたわけではなく、指揮が明確だったことがポイントのようだよ。近衛と隠密を掌握しただけではなく、ウェストリア公に伯父一家の避難支援を要請し、外交力も示した。伯父を逃がす代わりに私を連れ帰ることを約束し、ちゃんと期限も切って、最悪の場合のシナリオも明示した」
「意外かもしれませんが、パパの教育はそれなりにちゃんとしているんです」
そして、伯父のノーザンブリア家当主就任の申請書を提出した北領議会に対し、ノーザンブリア家家臣団の反対訴状が帝室に提出され、伯父は私の成人までの「当主代行」となった。
伯父にしてみれば、一年しか通わなかった帝立学園で唯一友人になった気さくな第2皇子フレデリックが育てた娘がノーザンブリア家を乗っ取るなんて信じられなかった。
伯父とフレデリック様は気が合う秘境探検仲間で、政治の話は殆どしたことがなかった。
フレデリック様はものの見方が暖かく穏やかだ。奥方のレイチェル妃だって、淑女の鏡で優しい。
マールで共に暮らしたダイアモンドは、プカプカ浮いて目さえ開けなかった女の子だ。
目の前の少女は一体誰なんだ?
親のフレデリックだっていない。
何が起きているんだ?
伯父は大混乱で、深刻な人間不信に陥った。
だから、私が目を覚ました後も慎重に行動し、テーラ宮殿には決して足を運ばなかった。そして前にも書いた通り、ノーザンブリア家を畳んで私をマールに逃がすことしか考えていなかった。
会いに来てくれたウェストリア公も私達を保護することしか頭にない。
ダイアモンドに事情を聞きたくとも、ダイアモンドはルイスの前では口を開かない。
そのルイスは、決してダイアモンドから離れない。
とにかくリハビリを頑張って、ダイアモンドをノーザスに連れて帰り、事情を聞くより他なかった。
「ルーイは『時戻り』の継承者です。陛下はルーイが安易に両親の暗殺を防ぐような『時戻り』を起こすのを防ぐため、一切の情報を漏らさないようにとわたくしに命じたのです」
「私たちが秘密の話をしていた時間に皇帝とルイス皇子がチェスの対局をしていた記録を貰った時に察したよ。ルイスはこのことを知らないし、教えない。そう言いたかったんだろう。ルイスはバカだけど、バカじゃないから、一つ漏れると全てを理解出来そうだ。君も気を使っただろう?」
「ルーイはたまに思案顔で瞳を覗き込んでくるのです。その度に何かバレたのかもしれないと思ってヒヤヒヤしました」
「ルイスに瞳を覗き込まれてドキドキじゃなくて、ヒヤヒヤするのは君だけだと思う」
「はい。覗き込んで来たら、覗き返すと良いのです。大抵の場合、話題を変えてくれます」
「ふっ。それ、戦術だったのか? そういえば君たちはよく見つめ合っているよな。ルイスは君が覗き返してくるときヒヤヒヤしているとは思っていないだろうね……」




