カール11
療養中、南領、東領、西領の領主達が見舞いとお悔やみに来た。
最後に来た西領エドワード公は、私の顔を見るなりボロボロ泣いた。
ボロボロ泣きながらも、私達を養子にしたがったり、「アレクシア姫」とクリスの婚約を打診したり、いろいろと提案してくれた。
それで両親が死亡偽装ではなく、本当に亡くなったことを理解した。
私はまだ父からエドワード様との保護協定について詳細を聞いていなかった。
そもそも保護協定は、父がシオンの為に東領と戦い、敗北した場合に備えた、ずっと先の想定だったので、急ぎ確認するような内容ではなかったのだ。
ダニエル様もきっと会話の中に織り交ぜた暗号に気付かない私を見て、それを悟っただろう。
直接的な言葉で保護や養子について提案された。
「シオンが昔、言っていた。スミレ女公は、紫色の瞳や男の子の家系に拘り過ぎて、子供達を失ったのだ、と。父上もさして変わらない。失ったのが子供ではなく、自分たちの命だっただけだ」
「万が一の時の庇護をエドワード公に求めたことですか?」
「私達の祖父母は中立の名門フロンシーズ家だ。祖父母に引き取られればよかった。それなのに、中立を頼らず私を古都マールに逃がそうとした」
父がエドワード公に私の保護を頼んだのは、彼らがノーザンブリア家の始祖、マール皇家の重臣だったからだった。
だが、私は本件にウェストリア家を巻き込みたくなかったから断った。
「ノーザンブリア家が興ってから第132代のカールまで、500年以上の長きに渡って友好関係を築いてきた家を頼ったのです。対してフロンシーズ家は第131代の父様が初めて縁組した『ほぼ知らない家』とは考えられませんか?」
「私は133代目だよ。君が132代目だ」
「ふふっ。では、第132代、ノーザンブリア当主の所業も記さなければなりませんね」
「書いて欲しいのか?」
「なくてはなりません」
両親が亡くなって、私が当主に着くまでの3か月間、ダイアモンドがノーザンブリア家の当主だった。
伯父ノアは、ダイアモンドを帝都まで迎えに来れないほど憔悴していた。
5才の時、ノーザンブリアの祖父母が亡くなった折、父はノーザンブリア家を畳み、北領を帝室へ委ねるつもりだった。
父はエドワード公の帝室一強論に賛成の立場を取っており、いずれこの世のすべてが帝室管理に移るなら、少しぐらい早くても良かろうと考えていたのだ。
そんな父を説得して、ノーザスに引っ張って帰ったのは伯父ノアだった。
その結果、アレクサンドリアが死に、私は狂化薬のトラウマで人嫌いになり、母は混乱薬の後遺症で虚構の中に生きるようになり、ダイアモンドは毒殺されそうになり、とうとう両親が毒殺され、私は生死を彷徨っていた。
父が望んでいた通りにマールで「ただの富豪」でもやっていれば、マールで過ごした子供の頃のような平和な日々の延長を過ごしていたのではないか?
テーラ家に護衛されたダイアモンドが葬儀の為にノーザス城に入った時には、伯父は後悔に支配され、寝室から出られなくなっていた。
「伯父様は立派に葬儀と埋葬の喪主として振る舞ってくださいました」
「どうやって立ち直らせたのか聞いてもいいかな?」
「パジャマ姿の伯父様を拘束してノーザス城に連れて行き、わたくしがサンデーの名で仇敵の抹殺命令を出す様子を見せたのです」
【東領配属の全北領隠密に命ず。前ノーザンブリア家当主ダニエルと夫人カレン殺害の報復を行う。東領において精神薬・毒薬に類する犯罪に関わった家の全ての成人に致死量の混乱薬を与えた後、ノーザス城に復命せよ アレクサンドリア・アリシア・ノーザンブリア】
ノーザス城に入ったダイアモンドは、隠密たちが喉から手が出るほど欲しがっていた命を下した。
命じた姫がまだ9才であることなど、全く問題にされなかった。
対象が両親の死に関わっているかどうかを問わない無差別報復であることも全く問題にされなかった。
相手の命を奪う命令であったことについては、職を辞す隠密たちが出た。
しかし、この命令に従わず、職を辞した隠密たちでさえ、精神薬や毒で他人を害そうとした人間に、身をもって彼らの罪を経験させる為の命令であることを理解していた。
致死量の混乱薬を服用してしまえば、死ぬ前に異常な行動をとる。生き延びたとしても後遺症が残る。
母の経験だ。
両親の死後、東領では異常な不審死とお家騒動が激増した。
それがノーザンブリア家からの報復であることは、敵方にも理解されていただろう。
だが、この報復を受けた家々が共通で行っていた悪行もまた十分に周知された為、東領は沈黙で応えた。
この頃から世界的に凶悪な精神薬による犯罪は激減し、魅了薬、酩酊薬などの比較的他愛ない精神薬が流通するのみとなった。
悪姫アレクシア。
由来が決して語られることのないダイアモンドの二つ名はこの頃についたものだ。
「私は君がフレデリック様の不在につけ込んだ陛下に利用されたと思って、やるせなかった」
「いえ。あれはわたくしの方から陛下にプレッシャーをかけた一手です。もっとマイルドな方法で制圧したいなら、早めにお願いしますね、と」
「伯父上は君の背中を見て立ち直った?」
「ちょっと違います。わたくし、サンデーの個人印章を探すために、伯父様の目の前でアデレーン皇女の襟章をつけたテーラ家の近衛を使ってノーザス城を家探ししたのです。それで、あわわっと慌てて、復活しました」
「君、持ってなかったのか?」
「幼稚舎のミッションが終わった時に返却しました。わたくしが持っているのは、テーラ家の皇女の印章です。サンデーの印章は泥棒するつもりで伯父様の目の前で家探しました」
「北領印も、泥棒しようとした?」
「いえ。北領印を帝室に渡したがったのは伯父様です。あの時の伯父様の頭の中には『帝室一強論』しかありませんでした。父様の遺志の執行です。パジャマを脱いで喪服に着替えたかと思えば、自分は犯人役で東領に逃亡するから、カールはウェストリア家に保護してもらってくれと言い出して……」
「犯人役?」
「罪悪感が重すぎて、悪役を演じたかったようなのです。伯父様の東領行きを止めるためにも、あの報復指令は必要でした。あれでノーザンブリア家の血を引く者が東領に入るのがとても危険になりましたから、伯父様を北領に足止めすることが出来ました」
「しかし君の方が悪役になった……」
「いいえ、悪役ではなく、悪者です。何としても伯父様にノーザスに留まってもらい、喪主をやってもらわなければなりませんでした。わたくしは長時間ひとりで地に足をつけた状態を維持することができませんでしたから喪主はムリです」
「ルイスにしがみついていたんだって?」
「陛下に抱っこされるのと究極の二択でした。陛下は背が高くて標準エスコートはムリでしたし、手を繋ぐと浮いてしまいやすかったのです」
「全ての事情を知っている陛下についてきてもらってずっと抱っこされているか、何も知らないルイスについてきてもらって浮きそうになったらしがみつくか……」
「結果的にソフィアとルーイで正解でした。陛下についてきてもらっていたら、伯父様の犯人芝居は見破られて、絶対に北領印を受け取って下さらなかったでしょう。ソフィアを騙して持ち帰らせたのです」
「ふむ。いずれにせよ、伯父上が復活してよかった」
「復活しなければ、伯母さまが喪主として振舞ってくれることになっていました。遺体の搬送、葬儀、埋葬、告示など全てを手配してくれたのは伯母さまです。頭があがりません」




