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マグノリア2

 3年前、北領領主夫妻は帝都で毒殺された。


 同時に毒を盛られた総領のカールが北領への移動に耐えうるレベルに回復するまでの3か月間、ルイスがアレクシア姫の面倒を見ていたことは妹から聞いていた。


 ルイスはこの期間、帝立学園も休んでいたから、ルイスがテーラ宮殿で預かっているアレクシア姫のケアをしていることは誰の目にも明らかだったようだ。



 カールが意識を取り戻したという報を受けた父上は、わざわざ帝都までお見舞いとお悔やみに行った。


 帝都の南領公邸に到着した父の次の行先がテーラ宮殿だと知った妹リリィは「わたくしもアレクシア姫をお慰めします」と言うから、連れて行った。


 父は善意でリリィを連れて行った。


 リリィには「1ヶ月以上お姿を見ることができていないルイス様に会いたい」という思いしかないことに気付かなかった。



 父が宮殿を出るとき、ルイスとアレクシア姫がお見送りに出てきた。

 アレクシア姫は、カールへの見舞いに対し感謝を述べることができる礼儀正しい姫だった。


 その場にリリィがいないことが気に掛かってはいたが、馬車に乗り込むときに宮殿の近衛から呼び止められ、血の気が引いた。


 リリィは、アレクシア姫に駆け寄って、酷く怒鳴りつけたそうだ。


 大分失礼な言葉を投げかけたらしく、ルイスの機転で速やかにその場を立ち去ったそうだが、「アレクシア姫は、怒鳴りつけられてもリリィ姫への礼節を失わなかったことを何卒心にお留め置きください」と近衛に念押しされて真っ青になった。



 この後、父はリリィをきつく叱責したが、南都に連れ戻すことまでは考えなかった。


 まもなく、皇后ソフィア様の直筆で、在帝都南領公邸に手紙が届き、リリィが初等部でアレクシア姫について悪質な風説を流布していることを知った。


 リリィは速やかにサウザーン城に戻された。


 その頃のリリィは怒り狂い喚き散らしていた。


 

 リリィがアレクシア姫を怒鳴りつけた理由は、アレクシア姫がルイスと手を繋いで庭園を散歩していたからだった。

 意味が分からなかった。


 下の妹ライラはアレクシア姫と同じ9才だった。

 ライラと庭園を散歩することになったら私も彼女の手を引くかもしれない。


 リリィは幼い頃から独立心が強く、皇太子妃の座争奪戦で優位に立つべく初等部から帝立学園に行くと言って聞かなかった意志の強い子だった。

 初等部は流石に母上がついていって帝都で暮らしたが、そのせいでライラは母親に甘えることができなくなった。


 だから、父上と私はライラをかなり甘やかしていた。

 9才ごろのライラなら多分手を繋いで歩いただろう。



「兄が妹の手を引く感覚だったんだろうに、それでキレて退場させられたんじゃ、皇太子妃は遠いな」


 ギャーギャーとうるさい妹に辟易した私がそんなことを父上にぼやいたら、父上は真面目な顔で「アレクシア姫が次の皇妃だろう」と返した。

 

 父上が見たルイスとアレクシア姫は、折られた腕に手を添える儀礼的な標準エスコートだった。


 その二人が庭園で手を繋いでいたのであれば、リリィはプライベートで睦まじく過ごしている二人を見てしまったのだろう、と。


 リリィは帝都暮らしで、宮殿の庭園にも足を運んだことがある。

 我が物顔でルイスを探して走っていき、皇族のプライベートな場を荒らした。


 そこに目をつぶったのに、学園で将来の皇妃への言われなき風説を流布し始めた。

 だから現在の皇妃が直々に動いた。


 ソフィア様が学園の初等部にまで目を光らせて守ろうとしている姫だ。帝室が望んでいることは間違いない。その上、皇太子が気に入っているとなれば、決定的だ。



 不幸がなければ、北領総領カールと西領の姫マチルダの婚約が決まり、帝室皇太子ルイスと北領の姫アレクシアの婚約も発表されていたことだろう。


 リリィは怒り狂うのではなく、なすすべもなく泣き濡れるだけだったろう。


 

 ところが、北領の遺児たちは両親を亡くした上に、カールの婚約は白紙に戻った。


 喪が明けてみないとわからないが、ルイスとアレクシア姫の婚約はまだ締結されていなかった可能性もある。


 そんな状態の北領の遺児に対し、悪意を向けて陥れるような風説を流布したリリィは、皇太子妃として不適格だ。

 少なくとも皇妃ソフィア様には好かれていないだろう。


 南領と北領の関係にも亀裂が入る。

 速やかに退学させて戻すしかなかった。



 父と母は、リリィによくよく言い聞かせるために多くのことを説明したが、リリィはそれを自身のルイス攻略に盛り込むことしか頭になかった。


 本当にガッツのある子だ。

 

 北領領主夫妻の喪が明けても帝室と北領の間の婚約は発表されることはなかった。


 いとこのマチルダから西領領主エドワードがアレクシア姫を嫡男のクリストファーの嫁に欲しがっていることを聞いて、リリィはひたすらに中等部での「皇太子妃の座」争奪戦への復帰を望んだ。


 リリィとマチルダは、ルイス争奪戦においてはライバル関係にあるが、他の令嬢を出し抜くという意味では共闘関係にあった。


 リリィの宿敵は北領のアレクシア姫で、マチルダは東領のミレイユ姫をよくよく研究しているようだった。


 アレクシア姫は、既に悪姫などと呼ばれ評判は悪いが、両親を亡くして心が深く傷ついているとも聞こえてくる。

 ルイス争奪戦でこの元気な姫達に揉まれるよりもクリストファーの妻に収まった方が幸せな気がした。

 貰い手がなければ、私の妻でもいいと思っていた。


 既に富国手腕が他国に聞こえる優秀な姫だ。しかも「無菌室の姫」と呼ばれるほどに人目に触れていない大事に大事に育てられた姫なのだ。多少の悪評には目をつぶっても良いかなどと考えていた。


 そんな姫が軍馬を走らせられるようになるなんて、北領にとってこの3年間がいかに厳しいものだったかが伺える。



 そして、現実を見た。


 ルイスは、アレクシア姫が南領にいることを知ると、完璧王子が吹っ飛び、取り乱すほど姫が好きなのだ。

 アレクシア姫を隠し、帝都の元気な姫達に揉まれないように厳重に守っていたのはルイス自身なのではないか?

 そう疑うようになった。


 リリィが皇族のプライベートエリアで見たのは、きっと未来の愛妃の手を取ってこの上なく幸せそうに微笑む憧れの君の姿だったんだろう。

 だから、リリィは怒り狂った。


 帝都の皆がミレイユ姫をライバル視するなか、一人アレクシア姫を敵視した。


 可哀そうに。

 リリィ、君は正しかった。


 でも、君にチャンスはなかったんだ。

 君はちゃんと失恋することすらできなかったんだな。


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