カール10
親同士の話し合いは、婚約発表の日取りを決めるというお題だったが、予想通り母が抵抗した。
陛下の愛人の子供シオンについては、父の指示に従ってソフィア妃の前で口に出さなかったが、3皇子をダメだしすることで白紙撤回しようとした。
最悪だ。
そもそも、母とソフィア妃の相性が悪かった。
母は中立の名門、魔眼の総家のフランシーズ家の娘で、ソフィア妃も中立の名門、鑑定眼の総家のブリタニー家の娘だった。
中立の名門は、中立を貫くために、4領1都の領主家系とは婚姻しない。
母は裏技を使って北領籍サマー侯爵家に養子に入ってから、ノーザンブリア家に嫁いできた。
ソフィア妃も裏技を使って、帝国籍ソードン男爵家に養子に入ってから、テーラ家に嫁いだ。
中立の名門の娘同士だから、絶対に敵対しない。
しかし、決して和気あいあいとはならない話し合いに、互いの夫は神経をすり減らしたことだろうと思う。
「あの時、心の底からニッコニコだったのはルイスだけだな」
「ルーイはそういうところがかわいいのです」
母は3皇子のそれぞれの調査書を持ち出して、この婚姻の課題を並べ立てた。
ルイスの課題は「争奪戦」だ。
そもそも婚約者がいるのに「争奪戦」を黙認するのは非常識だ。
とはいえ、アレクサンドリアが10才になるまで発表しないと決めたのは両家の合意だし、ノーザンブリア家はルイス争奪戦について抗議したことがなかったから、非難ばかりはできない。
それでも、この「争奪戦」が熾烈すぎるのは問題だった。
東領は自領の貴族令嬢を巻き込んでミレイユ姫支援チームを組んで、一丸となって西領や帝国領の令嬢達を徹底的に抑えつけていた。
流石に他領の姫達にまで圧力をかけられないようだが、リリィ姫に対しては徹底抗戦、マチルダ姫に対しては東領側からは仕掛けないという方針が敷かれているということまで調べられていた。
こんな恐ろしい競争に横入りしてルイス皇太子を掻っ攫ったと誤解されたら、私達の宝物がどんな酷い目にあうか......
実際は横入りでも、掻っ攫った訳でもない。
おぎゃぁと生まれた瞬間に、アレクサンドリアを捕まえたのは帝室の方だ。
北領の姫が欲しいなら、妃としての正当性を明らかにし、環境を整えてからだ。
それが母の主張だった。
「今になってみれば、もしダイアモンドが令嬢たちに虐げられることがあれば、ルイス自らぶっ潰すから、心配は要らなかったな」
「ルーイがそんなタイプだとは、誰も知らなかったのですから、母様がご心配くださったことには感謝すべきでしょう」
「いや、あれは、シオンと結ばれて欲しかっただけだよ」
トーマス殿下の課題は、「惚れっぽさ」だった。
トーマス殿下の「好きな子がいる」については、女性遍歴と相手の令嬢の素性を全て調べていた。
トーマス殿下は「好きな子がいる」だけじゃなくて「好きな子がコロコロ変わる」だった。
しかも好みに全く一貫性がないとのことで、「魅了薬」の被害を調査するように提案した。
「幼稚舎でおしゃべりをしたトミーは、こだわりの強い子だったのです」
「女の子の好みだけコロコロ変わるのは不自然だったんだな……」
マイクロフト殿下の課題は、「いじめ」だった。
マイクロフト殿下は、物心を着くころに兄君達に遊んでもらおうとして、ルイス皇太子に群がる令嬢達やかなり邪険にされたことや、感受性が強くて泣き虫だといじめられたことが引きこもりになった原因だろうとの調査結果だった。
マイクロフト殿下が引きこもりになったこと自体は「優しい子」だとして高評価だったが、娘がマイクロフト殿下の妻となれば、二人でいじめられるだけだと言い切っていたそうだ。
マイクロフト殿下の妻にしたいなら、マイクロフト殿下が北領に引っ越してくることが条件だった。
テーラ家の男はキモイかもしれないが、ノーザンブリア家の男はコワイかもしれない。
「交渉したのは母上だが、調べたのは父上だからね」
「ふふふ。無駄な話し合いに一日を費やしたとはいえ、それぞれの皇子の置かれている状況をテーラ家にお伝え出来てよかったのでしょう」
「君のいいところを見ようという姿勢は素晴らしいね」
「カールのポジティブなイヤミも素晴らしいです」
しかし、翌日、両親が毒殺されたことで、全てがひっくり返された。
「……」
「……」
ウェストリア家が少し遅れてくると連絡が入ったので、お茶を飲みながら待つことにした。そして、その時の茶菓子の中に毒が入っていた。
両親が苦しみだし、死んだように動かなくなった。
いや、死んだようにではなく、あの時既に死んでいたんだと思う。
私は助けを呼んだが、しだいに息が苦しくなって、体中が痛くなった。
人が沢山駆け寄って来て、両親の状態を確認して首を振ったのを見た。
それからは私だけを助けようとした。
次第に苦しさが増して、死ぬんだな、と思った。
でも、目を覚ました。
3週間ほど意識を取り戻さなかったらしい。
ルイス皇太子とダイアモンドが喪服を着て見舞いに来た時、両親はダメだったのだと理解した。
悲しかったが、それと同時に重しを外してもらえたような、胸をなでおろすような、ようやく息ができるようになったような気持ちになった。
「あぁ。カール」
「ちゅっ。私は大丈夫だよ」
「ぎゅっ」
「君がレイチェル様にしがみついて泣きながらもフレデリック様の提案に賛成したのは、私のためだった?」
「はい。原因は推測でしかなかったので、カールの傍に戻っても間に合わないかもしれないと心配していました。きっかけが両親の死だったとしても、元のカールに戻って本当によかった」
「そんなに悪い状態だった?」
「徐々に魔力が衰えて行って、魔力不能になってしまうかと……」
「誰も気づかなかったよ」
「カールの魔力は膨大です。雷魔法は日常生活では使いませんし、訓練ではカール本来の魔力のほんの一部しか使いませんから、魔素が見えない低級魔眼持ちレベルでは知ることができません」
「眠っている間に回復したのかな?」
「昏睡状態にある時は、殆ど魔素を生じなくなっていました。だから本当に死んでしまうのではないかと心配で、心配で」
「それならきっと、君とルイスの喪服を見た時だろう。両親の死で私の魔力が回復したなんてひどすぎる話だが、事実として受け止めようと思う」
両親の死によって、「これで虚構の中に生きるのを止めることができる」と、ようやく体の力を抜くことが出来た。
アレクサンドリアがさも生きているかのごとき虚構、ダイアモンドがさも生まれたことがないような虚構、消滅すべき婚約がさも継続しているかの如く両家が会談するような狂気の世界から抜け出せたのだと……
「あの時、わたくしの『本体』が完全回復しているのを見てとても嬉しかった。ルーイが背中を押してくれたのも、『本体に戻っていいよ』と言われているようで涙が止まりませんでした」
「君、お兄ちゃんに好きな男の子のところに連れてきてもらえてモジモジしているテーラ家の皇女にしか見えなくて驚いたよ」
「遠からずです。ルーイは行動も魔紋もパパによく似ていますから、最初からどうも他人には思えません」
「初対面のルイスに寄りかかって寝ちゃったのも、それ?」
「初めてのお留守番でとても緊張しましたが、パパとママにくっついているようで気が抜けてしまいました」
ルイス皇太子に背中を押されて、恐る恐る私に近づいてきたダイアモンドを見て、ようやくこの子がノーザンブリア家に帰ってきてくれるような気がして安らいだ。
それから更に2か月ほどテーラ宮殿で療養した。
ルイス皇太子とダイアモンドは、毎日見舞いに来てくれ、私もルイス皇太子をルイスと呼ぶまでに親しみを感じるようになった。
ルイスとダイアモンドは、いつも手を繋いでいて、いつも微笑み合っていた。
ダイアモンドが打ち解けているこの「いとこのお兄ちゃん」に、私も自分のいとこのような距離感で接するようになっていた。
私が昏睡状態の間、ダイアモンドが独りぼっちで冷たく放置されていなかったことに胸をなでおろした。
この時ばかりは、このキラキラ皇太子が、甘くとろける優男であってくれたことに心から感謝した。
彼には見習うべき点が多いとよく観察することにした。
「ぷぷっ。確かにカールは完璧貴公子で、ルーイに学ぶところなんて、優男っぷりぐらいしか残っていないのかもしれませんが、シリアスな話が少し和らぎましたね?」
「ふっ。そうだな」




