カール7
「アレクサンドリアは、誰を好きになったと思う?」
「クリスです」
「即答でキッパリ言い切ったということは、自信があるんだな。そう言えば、マイクロフトもクリス公子を推していたようだった。懐が深いって」
「ミッキーとは違う理由です。サンデーはダンスが大好きで、踊っている時に輝いていました。クリスはダンスが上手で、身体を動かすのも好きなので、いくらでも付き合ってくれます」
「マイクロフトがクリス公子推しで、シオンがマイクロフトをライバル視し、トーマス殿下が本命はシオンだと読んでいる中、ルイスはクリス公子をライバル視していたよ」
「よく調べているのですね?」
「まぁ、ルイスに関しては犬までライバル視していたようだから、当てにならないかもしれないな……」
「犬? ルーイはちょっと変わっていますからね。でも、ちょっと自信がなくなってきました。クリスは『テーラ家』のキュンツボを押さえているだけかもしれません」
「でも。ダンスか…… あり得ると思う。あの子はいつも踊っていたからね」
「はい。とてもきれいでした」
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【ウチのクリス、目つきの悪さが最凶状態だよ。見たい?】
【見たい、見たい。ついでに娘にチェスを教えたから、腕前が「普通の姫」っぽいか試していい?】
私達が8才の時、魔眼修行中のウェストリア家のクリス公子に会わせた。
ダイアモンドに「普通の魔眼持ち」について教えるためだった。
クリス公子の父君エドワード公は、伯父ノアの家族と私達一家をマールに匿ってくれた大恩人だ。
その大恩人は、ダイアモンドがプカプカ浮いているのもみたことあるし、抱っこしたこともあるから重量がないのも知っていた。
「エドワード様はアレクサンドリアの死を知っていたでしょうか?」
「わからない。その時点では『ダイアモンド姫は登記上存在しない姫だから、アレクサンドリアの名を借りてアレクシア姫と名乗らせている』とだけ伝えていたはずだ」
「エドワード様を信頼できなかったわけではないのでしょう?」
「母様がおかしくなってしまったことを隠したかったようだった。でも、精神薬の被害が増えていることや、混乱薬に後遺症があることは共有していたと思う」
ダイアモンドは、魔眼修行中のクリス公子をじっくり観察した。
集中している間にプカプカ浮いてしまわないように、カーナの脚にしがみついていたのを幼稚だと思われてしまったようだが、その程度で済むのかと拍子抜けした。
ただ、ダイアモンドは普通の姫よりもチェスが強かったらしく、不自然ではないレベルにもたもたした駒運びを習得するため、それから2年間、私が相手をした。
シオンは「アレクシアのチェスはイライラする」と言って観戦しなくなったので、いい塩梅に調整できていたと思う。
それから数年は静かに過ぎた。
ダイアモンドとは相変わらず週に一回のお泊りの日にしか会えなかったし、シオンと母の前では「アレクシア姫」を演じ続けた。
二人でゆっくり話が出来るのは、ダンスの練習の時だけだった。
ダンスは、シオンに秘密で練習した。
魔術訓練場で雷魔法の訓練をするという嘘までついた。
魔法がヘタクソな「アレクシア姫」の魔法が被雷するのを恐れたシオンは絶対に来なかった。
シオンに隠した理由は、ダイアモンドの特殊性を隠すためだったが、そうまでしてダンスの練習をした理由は、私達のダンスが亡くなったアレクサンドリアに捧げる踊りだったからだ。
私達はダンスが大好きだったアレクサンドリアにあまり真面目に付き合っていなかった。
アレクサンドリアが亡くなった頃のダイアモンドは、標準エスコートしてもらえれば、ようやく自然な二足歩行に見えなくもない徒歩が出来るようになったレベルで、ダンスなんてとてもじゃないが踊れなかった。
アレクサンドリアに手を繋がれて振り回されているだけのぬいぐるみ状態だった。
重さがある分、ぬいぐるみの方がマシだったかもしれない。
私はアレクサンドリアのダンスの練習は長いから、時間を取られるので好きではなかった。
もっと付き合ってやればよかったという後悔を胸に抱えていた。
だから、「アレクシア姫はダンスが踊れた方が良いのではないか?」と言い出したダイアモンドに私も付き合った。
ダイアモンドはアレクサンドリアだったら出来ただろうように優雅に踊ることを目標にしていたようだったし、私もアレクサンドリアのパートナーとして相応しいレベルであろうと努力した。
ダイアモンドは、デビュタントでのダンスをもって「アレクシア姫」を幕引きするつもりだったと理解している。
「そこまで深くは考えていませんでした。サンデーが見ていたら喜んでくれるかな? ぐらいです。それよりもカールと一緒に過ごす時間が欲しかったのです」
「あの頃の私は、君がいつ『アレクシア姫』を止めることが出来るのかずっと心に引っ掛かっていたからそのように思ったのかもしれないな。私と過ごしたかったのか。うん。君は本当にかわいいね。よしよし」
「カールはシオンに隠し事をするのが後ろめたかったのですね。言い訳してるみたいな文章です」
「そうだな。シオンには大きな隠し事をしているからな。それ以外ではできる限り正直でありたいと思ってしまう」
「わたくしはそうでもありません。シオンに正直に何でも話すと1日中お小言です」
「くくっ。アレクサンドリアとは同じ年で、君のことを妹の感覚で躾けようとしているんだから、感謝しなさい」
「わたくしの方が年上です! サンデーだとしても、サンデーの方が先に生まれているのです」
「君がクリス卿を好きなのは、彼はお小言を言わない『本当に兄様』だからだな? 『面白い方の妹』と呼ばれているんだって?」
「マティ姉様が『かわいいほうの妹』です」
「あ、マティは確かに見た目はかわいいけれど、中身はそれほど甘くないよ」
「そういうところが、お好きでしょ?」
「たしかに」




