カール6
全ての大人たちが虚構に生きたわけではない。
フレデリック様は明確に反対したし、彼の娘であるダイアモンドには常に真実が伝えられた。
シオン公子にアレクサンドリアの死の真実を伝えることで得られるものが何もないと考える父と陛下に対し、それがダイアモンドの犠牲の上に成り立っていることを指摘し、反対した。
しかし、最終的には、ダイアモンドが「アレクシア姫」を演じ続けることによるダメージよりも、シオン公子に対しアレクサンドリアの死の原因となったことを明らかにすることのダメージの方が大きいとして、この演技が続くことになってしまった。
シオン公子の毎日の報告書から伝わってくる「アレクシア姫」への慈しみが両親の心を癒し、「アレクシア姫」と彼が睦まじく幸せに暮すことを夢見るようになった過程を見てきた私にも反対は出来なかった。
だから、私も両親を癒してくれたシオン公子に心に傷を負わせたくないと思ってしまった。
「なるほど。カールがこの時のことを随分気に病んでいることはわかりました」
「どうしてそうなる?」
「記述がとても詳細で、自分の気持ちを頑張って整理しようとしているように思えます」
「そうかもしれない」
「カール、わたくしがノーザス城に戻った後、庭園を歩きながら、『嫌だったら一緒に逃げよう』と言ってくれたことをわたくしは忘れていません。嬉しかった。ずっとわたくしの心の支えになっています。わたくしがとてもとても感謝していることを知っていてください」
「私はそれ以降も、何度も君に逃げようと誘いはしたけれど、一度も実行できていない」
「あの時、わたくしたちは8才でした。子供が二人で逃げるなんてムリな年齢なのに、10才までにはいつでも逃げ出せる準備を整えてくれていました。凄いことです」
「でも、それ以降、君に成人までずっと『アレクシア姫』の演技を続けさせてしまったのは他でもない私だ」
「カールのためならよろこんで。そんなに苦ではありませんでしたよ」
シオン公子はフランシーズ家でダイアモンドと共に暮らした後も、「アレクシア姫」の特殊性に気付いていなかった。
昼間、ふわふわしそうになったら、祖父に抱っこしてもらっていたことを、単なる「甘えん坊」だと思っていた。
文字を書くと具現化するから、何も書こうとしたことがないことを、単なる「筆不精」だと思っていた。
ダイアモンドには普通の子には出来ることが出来ないことも多いのに、シオン公子はそれを優しく補ってあげていた。
そして、ダイアモンドは雷撃麻痺の影響が残る彼に出来ないことを優しく補っていた。
「シオンは言葉はきついのに行動は優しいからな。モテるのがわかる」
「話し言葉は冷たいのに、書き言葉は暖かいですし。ギャップ萌えというらしいです」
「ダイアモンド、引きこもりなのに、そういう言葉をどこで覚えてくるんだ?」
「マティ姉様です」
「え? マティ!?」
その睦まじい様子に母だけではなく、父も彼であればダイアモンドを幸せにしてくれると歓迎しているようだった。
しかし、私の心は重くなるばかりだった。
そんな折、それなりに普通の人間っぽく生活できるようになったダイアモンドをノーザンブリア家に戻す話が出た。
「カールはオルト村に戻ったわたくしに会いに来てくれましたね?」
「君の食が細くなったと気付いたからね。シオンにあーんしてやって、自分が全く食べていないのを誤魔化していた」
「父様にノーザンブリア家に戻ってくるかと聞かれて……」
「断ったことは気にしなくていいよ。君がアデレーン・テーラでも、君は私の双子の妹だ」
「ありがとう。パパとママの『おうち』に帰れなくなるのは悲しすぎて出来なかったのです」
「君が『フレデリックとレイチェルの娘でいたい』と言ったと聞いたレイチェル様は泣き崩れていたよ。君を手離したくなかったんだ。あの淑女の鏡のようなレイチェル様が、フレデリック様に支えられてよしよししてもらっていたよ」
「そうなのですか…… ぐずっ」
「おいで。今日は私が君をよしよししてやらねばならないようだね。ん、よしよし。離宮と言えば、オルト村はシオンにあげても良かったのか?」
「はい。あの政情では、風光明媚な村にしておく余裕はありません。水源であるだけではなく、軍略的にも要地でしたから、あの地を守るために築城する必要がありました。ノーザンブリア家への帰属意識がわたくしよりも高いシオンに相応しい地です。それにパラメタ村も悪くありませんよ」
「そうだな。あそこも素晴らしい景観だ」
しかし、ダイアモンド自身がフレデリック様とレイチェル様の娘のままでいたいと望み、従来通り、週に1度、ノーザス城にお泊まりに来る生活が続く事になった。
父はせめてダイアモンド離宮を受け取ってほしいと望んだが、フレデリック様はきっぱりと辞退し、ダイアモンド離宮の用地だったオルト村を潰してシオン公子のためのシオン離宮に変更することを提案した。
そして、一家はノーザスから陸路で訪れるのには非常に不便な秘境パラメタ村に引っ越した。
「今日はこのくらいにしようか? そろそろルイスが迎えにくるだろう? 君に泣き痕が残っていると面倒なことになる。気分転換に散歩に出ようか?」
「ふふふ。ルーイは過保護ですからね」




