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カール5

 そうして、ダイアモンドとシオンは、帝都に送られた。


 アレクサンドリアとルイスの婚約をダイアモンドとシオンに差し替えようとした陛下と父によって、二人は意図的に共に過ごす時間を与えられたのだと理解している。



「そこまでしてこの婚約を維持したのは、ソフィア妃のためだけとは思えない。愛妻に人形を贈りたい以上の何かがあるってことか……」


「それ以上の何かもありましたが、突き詰めて言えば、一周まわって、愛妻の為に人形を贈りたいに戻ります」



 その頃のダイアモンドは、ずっと地に足をつけた状態で暮すことはまだ不可能だったから、フレデリック様達の元でプカプカ浮いて過ごす時間が必要だった。


 そこで、週の半分をシオンと共にフランシーズ家で、残りの半分をフレデリック様達と共に帝都内の離宮で暮らすようになり、そこでテーラ家のお姫様教育を受けた。


 フランシーズ家ではダイアモンドの魔眼修行の補修訓練も行った。


 通常、魔眼を習得する過程で観察眼が磨かれる。

 しかし、魔眼が全開で生まれてきたダイアモンドは、観察眼を磨く必要がなく、ポヤポヤで観察結果を考察する能力も弱かった。


 だから、観察眼の訓練だけを追加で行ってもらった。


 この時、ダイアモンドは皇帝陛下からの最初のミッション「シオン公子と仲良し大作戦」を拝命した。


「陛下の子供じみた作戦名のせいでこれまでの硬い筆調が台無しだ」


「6才の子供に与えた任務です。分かりやすい名前でよいと思います」


「16才の時に拝命したミッションも『テーラ家仲良し大作戦』だろう? 成長がないじゃないか?」


「そうですね。ふふっ」


「やれやれ」




 それは、シオン公子を穏やかにテーラ家へと導く任務だった。


 シオン公子がテーラ家に入るタイミングで、ダイアモンドをノーザンブリア家に入れるつもりだったのではなかろうか?


 しかし、シオン公子はテーラ家が嫌いだった。

 しかも、ゆるぎなかった。


 母スミレ公の影響だろう。


 テーラ家と帝室にかなり悪い印象を持っていた上に、皇妃ソフィアについて大きな誤解を抱いていた。


「カールは、誤解を抱いていないのに、ソフィアへの悪い印象を捨ててくれませんが……」


「ソフィア妃に関する悪い噂の殆どが誤解なのは、気の毒だとは思う。しかし、アレクサンドリアを人形コレクションに加えるために嫁に欲しがったのは事実だし、この不快感は拭い去れないよ」


「ソフィアは世の中で最も『北領の至宝』を大切にする姑を自負していますし、とても快適ですよ?」


「ふっ。そうだね。縁組のやり方が違えば、私も歓迎したかもしれない。君は楽しそうだからね」


「わたくしは、嫁ではなく、姪だからかもしれませんが、とても良くしてくれます」



 アルバート陛下の愛人だったスミレ公が、シオン公子を帝室に取られないようにするために子供達の前で帝室を悪く言っても不思議ではない。


 シオン公子はアルバート陛下とソフィア妃との間の第1子トーマス第2皇子と同じ年齢だ。

 アルバート陛下とソフィア妃の成婚から4年、アルバート陛下の表向きの第1子のルイス皇太子が2才の時に生まれたのだから、間違いなくスミレ公の方が「不倫相手」だろう。


 シオン公子が毛嫌いしているテーラ家に出せば、命の危険がいっぱいのイースティア家に帰ってしまうかもしれない。


 母の心の回復を待って、ノーザンブリア家で引き取ることに決め、1年半の歳月を経てシオン公子はノーザス城に入った。



「母様がシオンを大事にしてくれてよかった。サンデーの想いが通じたのでしょうか?」


「私達は夕食後に毎日、シオンの報告書を一緒に読んだ。彼の報告書には、彼の真面目さ、実直さ、優しさ、そして君を思いやる気持ちが詰まっていた。少し時間がかかったけれど、彼をノーザス城に迎え入れた時の私達が彼を歓迎できたのは、彼自身の努力によるものだよ」


「姫姿には驚いていましたね?」


「聞いてはいたけど、本当に女の子にしか見えない割に、言葉遣いはシオン公子のままなんだ。驚くだろう?」


 母はシオン公子を暖かく迎えることは出来たが、心は壊れたままだった。


 母は二度、娘をなくしている。


 生まれたばかりの時に親元から離されたダイアモンドと、シオンを守って死んだアレクサンドリアだ。


 産声も上げず、プカプカ浮かんでいるだけの最初の娘は、母乳を飲みたがらず衰えて、すぐにテーラ家に連れて行かれた。


 翌年生まれた二人目の娘を奇跡の子だと溺愛したが、この子はすぐにテーラ家の皇太子の婚約者にされた挙句、婚約の呪縛から解放される兆しが生じた途端、死んでしまった。


 母は精神が弱っているところに、混乱薬を盛られ、現実が分からなくなった後、自分に都合の良い新しい現実を再構築した。


 それが「アレクシア姫」だった。


 母にとっては、その子が、唯一の娘になった。

 ダイアモンドでも、アレクサンドリアでもない、母のたった一人の娘だ……



「最初に略称を使ったのが良くなかったのでしょうか?」


「いや、シオンの報告書に書いてあった彼のプリンセスの名前なら何でもよかったんだと思う」


 母が頭の中に再構築した現実では、シオン公子は秘密裏にテーラ家から預かった陛下の隠し子で、アレクシア姫の相思相愛の婚約者だった。

 いつの日か、北領の爵位を与えて、娘と共にアレクサンドリア離宮で睦まじく幸せに暮らす娘婿にする未来を夢に描いていた。



「アレクサンドリア離宮の着工式で、母様が『アレクシアとシオンの離宮』と言い出すまで、誰も母様の病状に気付いていなかったのですよね?」


「混乱薬の後遺症は個人差があるし、明らかになっていない部分も多い。皆が母様がシオンを受け入れられるかどうかに気を取られすぎて、娘について別の現実を作り出していたと把握できていなかった」


「大人たちが『こうなる運命だった』と言って、母様の作り出した虚構を現実のように暮らし始めてしまったことをとても恐ろしく思っていました」


「それが誰にとっても最も都合がよい現実だった。あの頃は、私も何が起きているのか分からなくてとても恐ろしかった」


 それが誰にとっても都合の良い現実だったから、ダイアモンドは、シオン公子の為だけではなく、母の為にも、いや、皆の為に「アレクシア姫」を演じ続けることになった。


 両親や陛下だけでなく、生前のアレクサンドリア付きの近衛だったゴードンとミミまですっかり新しい現実を受け入れ、ダイアモンドを「アレクシア姫」として扱った。

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