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カール2

「アレクサンドリアとルイスの婚約がなければ、君はずっとテーラ宮殿に住み続けていただろうか?」


「いえ、帝都内の離宮に移り住んだでしょう。とはいえ、婚約がなければ西領に引っ越すことはなかったと思います」


「婚約者の姉を抱っこして離さない皇太子とか、ダメすぎるだろ、あいつ」


「ソフィアのマネしてどこかしこチュッチュしていたらしいですから、3才でもアウトですね。婚約者の姉、ダメ、絶対」



 テーラ宮殿を出ると、魔封じの腕輪は効力を失う。西領に連れてこられたダイアモンドは、目も口も開かず、プカプカ浮いているだけに戻った。


 そして、この不思議生物は、フレデリック様とレイチェル様が与えるものしか食べなかった。


 主人の与えるものしか口にしない番犬と同じように躾けられたのだ。


 本人の安全のためとは言え、少々不快だ。


 しかし、例外はあった。

 私だ。


 私とアデレーンは魔紋がほとんど同じで、アデレーンは私のことを自分の「本体」だと思って、私にくっついていたがったし、私が動けばプカプカ後ろをついてきた。


 食事も私がスプーンで掬って口に入れてやれば食べた。



「姉だと思えという方が無理がある」


「仕方がありません。ノーザンブリア家の古いしきたりを受け入れます。に・い・さ・ま」


「くくっ」


「ふふふ」



 しかし、私も、アデレーンも2才。

 私がようやくスプーンで食事ができるようになった頃だ、1回や2回口に入れてやることはできても、ずっとはムリだ。


 ダイアモンドがフレデリック様の子供であることは変わらなかった。



 そしてもう一人、私ほどではないが、ダイアモンドにとって特別な子供がいた。

 私達の1つ年下の妹アレクサンドリアだ。

 

 アレクサンドリアは、成長するにつれ、不思議生物ダイアモンドを「おもちゃ」にするようになった。



『マンデー、目を開けて。目よ。これよ。あ・け・る・の』


 アレクサンドリアはそう言いながらダイアモンドの目に触れて、無理やり開けた。

 それで、ダイアモンドは浮いている状態でも「目を開ける」ようになった。


 アレクサンドリアがダイアモンドを知能のある「お人形」扱いして遊んだことで、ダイアモンドは浮遊状態でも「目を開ける」、「手を伸ばす」、「歩く」、「喋る」などを覚えた。


 アレクサンドリアはすっかりダイアモンドのお姉ちゃんになったつもりで、ダイアモンドが遊びに来たら独占状態でいろいろなことを教えた。



「サンデーが教えたことにするのは構いませんが、正確には、それらは魔封じの腕輪をつけていれば出来ていたことだったのです」


「プカプカ浮いている時には何もしなかったのに?」


「テーラ宮殿にいた頃は、魔封じの腕輪をつけなければ目を覚まさないと思われていたようです。だからパパとママは、ルーイの睡眠サイクルを参考に、ルーイが起きている時間はわたくしにも魔封じの腕輪を付けて、ちゃんといろんなことを教えてくれていたそうです」


「サンデーが乱暴で強引だったのが幸いした?」


「はい。サンデーのお陰で宮殿の外でも人間らしい活動できるようになったのです」


 フレデリック様が言うには、3才の頃のルイスは、2才のダイアモンドを宝物のように大切にそおっと扱っていたらしい。


 3才の頃のアレクサンドリアが4才になったダイアモンドを乱暴に扱っていることを知ったらきっと猛烈に怒っただろうと笑っていた。


 でも、アレクサンドリアが乱暴だったことが、魔封じの腕輪がなくとも普通に近い生活を送るきっかけとなったことは事実として書き記しておく。


「こんな書き方でいいか?」


「はい。良いと思います」



 私とアレクサンドリア、それに従兄弟のジェームズ、ティモシーが、西領っ子として地元の幼稚園に通い始めると、アレクサンドリアはますますお姉さんぶって、プカプカ浮いていて外に出せないダイアモンドに世の中のことをいろいろ教え始めた。


 子供社会のこと、令嬢社会のこと、貴族社会のこと、男の子のこと……


 アレクサンドリアは、おませで、利発で、幼稚園の女帝だった。


 ダイアモンドが遊びに来れば、作法の先生のように延々と語って聞かせた。


 ダイアモンドは読書している私にくっついた状態で黙って聞いていたが、あまり興味があるわけじゃないようで、よく寝落ちして、アレクサンドリアを怒らせていた。


 フレデリック様はアレクサンドリアのおしゃべりはダイアモンドにとって世の中を知る良い機会だと判断し、週一回の訪問は、週一回のお泊りに変わった。



『わたくしは兄様と結婚します』


『血のつながった兄妹は結婚できないよ』


『結婚って何ですか?』


 幼稚舎で結婚の概念を知ったアレクサンドリアは、私と結婚すると宣言した。


 アレクサンドリアは、私のことは嫌いじゃないが、大好きというわけではない。


 私と結婚すればダイアモンドが手に入ると思ったのではないかと推測している。



『結婚すれば父様と母様のように一緒の寝室で眠って、ずーっと一緒に暮らすことができるのですって。でも、女の子同士では結婚できないそうなの』


 アレクサンドリアにとって、ダイアモンドは、ずっと一緒にいたい、ずっと抱っこしていたい、できれば一緒に踊りたい、一緒のお布団で眠りたい「兄様の守護聖霊」だった。


 プカプカ浮かんで、重さがない。


 アレクサンドリアが促さないと目を開けないし、言葉も話さない。


 ダンスを教えまくったら、ようやく空中で二足歩行を始めた。


 幼稚園にも行かなくてよい。


 目をつぶっていても私が部屋に入れば察知して、プカプカ寄っていってくっついている。


 人間だとは思えなかったのだと思う。



 そして、アレクサンドリア目線では、ダイアモンドは「私の眷属」だった。


 不思議な生き物「ダイアモンド」の生態は、「カール」が「本体」で、「カール」が「ホーム」かのように可能な限り私にくっついて来たからだ。


 お泊りの日は、私と同じ子供部屋で私にくっついて眠った。


 ちゃんとダイアモンドの部屋もあったんだが、一人にしておくとずっとプカプカ浮かんで布団を着ないらしく、風邪をひかないように私が「おいで」と呼んでくっついて寝かせていた。


 アレクサンドリアはそれが羨ましくて仕方がなかった。



 実際のところ、アレクサンドリアがもう少し優しく扱えば、アレクサンドリアとも一緒に寝てくれたかもしれないとも思う。


 でも、ムリヤリ目をこじ開けたり、口の中に食べ物を押し込んだり、引っ張って振り回したり(ダンス)するアレクサンドリアよりも、殆ど構ってこない私と眠る方を好んでも不思議ではない。


 どちらがダイアモンドの為になったかといえば、圧倒的にアレクサンドリアだ。


 しかし、アレクサンドリアはダイアモンドに寄って来て貰えることがなかった。



「カールはその頃のことを覚えていますか?」


「私が覚えているのは、その頃の私は君が構われるのが好きじゃないと勘違いしていたってこと。君に構わなかったのは私の作戦だったんだ。構わなければ寄ってくるハズってね」


「んふふ。そうですか。カールもわたくしと一緒にいたかったんですね?」


「君は何か覚えている?」


「わたくしが覚えているのは、カールが『サンデーの方が妹なんだよ』と教えてくれたことです。サンデーは絶対に認めませんでした」


「そうだった? まぁ、確かに、姉だと思うのはムリがあるよな」


「しどい」


 

 あの子が生きていたら……


 私は今でもしばしば存在しなかった世界線を空想してしまう。


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