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シオン15

【旧東領正規軍、北領へ侵攻】


 夏季休暇を終え、休みボケが完全に取れきれない日のことだった。

 放課後の帝立学園に旧東領正規軍が北領の領境を侵したとの号外が配布された。


 号外には帝室からの声明も記載されており、ルイス殿下、トーマス殿下、そしてアレクシアの出兵と各配置が記載されていた。


 私は青ざめて生徒会室にいるカール様の元に駆けつけた。



「アレクシアの出撃とはどういうことですか? フレデリック殿下が出撃すると伺っていました」


「伯父上が失踪したことで、状況が変わったんだ。だがフレデリック様が補佐に着くことには変わりない。北領の正規軍を出せるから実は最も安全な場所だ」


 カール様にそのように説得され、話を詳しく聞いていると、生徒が真っ青になって駆け込んできた。ライラック姫とミレイユ姫が中央階段から落ちたと。



「メラニー。メラニー、しっかりするんだ。メラニー、戻ってこい。目を覚ませ。メラニー、お願いだから、戻ってきてくれ」


 メラニーは打ち所が悪くて、階段の下で息をしていなかった。

 信じられない。

 こんなところで?

 戦地でも何でもない、ただの階段で死なないでくれ。


 私は必死でメラニーの名を呼んだ。

 すると、強烈な閃光が走り、辺りを包み、しばらく何も見えなくなった。


 メラニーが目を覚ましたことが分かったのは、彼女が号泣しながら私に抱き着いたからだった。


「シオン様ぁ~。ふぇ~ん。シオンしゃまぁ~」


「メラニー。気が付いたか。痛いところは?」


「が、体中、痛ぐないとごろがありまぜん……」


 体中痛いと言っているのに、彼女をギュウギュウ抱きしめる私と、号泣しながら私にしがみつくメラニー。


 どこからどう見ても姉と弟ではなかった。


 でも、その時の私には周りを見る余裕がなかった。


 一緒に掛けつけてくれたカール様が、取り繕ってくれた。


「シオン。ここは収めておく。医師を派遣するように手配したから、君は彼女を連れて私の家に戻りなさい。紛争中にテーラ宮殿で二領の姫が妃の座を争い合っているなんて醜聞でしかない」


 黙って頷いた後、私はメラニーを抱き上げて、その場を立ち去った。


 その後、カール様がどのようにその場を収めたのかは、その場にいた人だけの秘密となった。


 そして、その頃から、東領のミレイユ姫は「皇太子妃の座」争奪戦の首位から転落した。

 シオン第4皇子はイースティア家とテーラ家の血を引いているから、ミレイユ姫が皇太子妃としてテーラ家に入るのは偏りすぎるという理由だった。


 同時に、争奪戦なんてそもそも存在しなかったという帝室の言い分がようやく根付き始めた。


 もともとリリィ姫が一人で騒いでいるだけだったが、ライラック姫がそれを復活させようとしているだけだと。


 メラニーは一度死んだのだ。

 犯罪者のライラック姫に遠慮はいらない。

 メラニーの派閥を使ってライラック姫をこき下ろした。


 (タチ)の悪い派閥だったが、情報操作能力は天下一品だった。


 ルイス殿下は予定通りに出兵し、東領紛争が幕を開けた。


 ルイス殿下とトーマス殿下は、避難希望者を丁寧に逃がしながら、1年かけて東都イーストールを取ったあと、トーマス殿下が東都の守りに付いた。


 ルイス殿下は再びじわじわと敵勢を東領の北に追い立てた。


 アレクシアとフレデリック様は北領線を守りながら、亡命希望者をマイクロフト公子の封地に送り、職業訓練を施して、世界各地に散らした。


 時間をかけて少しずつ進めたのは、避難者や亡命者に扮した敵勢に背後を取られないようにするためだった。


 私は最初の一年間は大人しく学園に通ったが、イーストールを取ったあとはルイス殿下の下で従軍した。


 最初はアレクシアの加勢に行くことを希望したが、カール様に却下された。


「モラル的に君は()()に入るべきだというのもあるが、その前に北領正規軍は強いから、領境を守るだけならフレデリック様もいらないぐらいに余裕があるんだ」


 事実として、カール様はどっしり構えて卒業まで学園に通い続けた。


 

 イーストール城に入ると、こちらも防衛の意味では安定しており、本物のミレイユ姫ことヴァイオレットだけで十分だし、むしろ必要なのは姉のように文官を率いて政務を回せる人材だと言われ、肩を落とした。


 私に対してわだかまりのあるトーマス殿下がイーストール城の指揮を取っており、私はイーストールから離れる方が触りがないような状況だったから、最前線にいるルイス殿下の陣に加えてもらった。


 南領紛争の集結の後、マグノリア様が学園に通いたがらなかった理由がよく理解できた。


 私が学園に通っている2年半の間に同じ年齢のトーマス殿下は、東都を任せられるようになったし、姉上も第一線で活躍できていた。



「シオン、緊急時の対処能力と平安時に領の発展を底上げさせるための執政力が違うものだということをあなたはよく知っていますわよね? 陛下もカール様もあなたに()()()()必要な能力をつけてもらうために学園に通わせているのではないかしら?」


 時間を浪費してしまったと思い込んで、愕然としていた私には姉上の言葉が入ってこなかった。


 母上は外交が出来なかった。

 対人折衝力が皆無だった。


 それでイースティア家は乗っ取られ、東領はこんなことになっている。


 私の役目は、学園に通って各所に顔つなぎをすることだった。


 カール様のように。



 カール様は、卒業して直ぐにマチルダ姫と結婚した。


 仲人はテーラ皇帝アルバートとソフィア妃という豪華な後ろ盾を得たが、東領の苦境に配慮して、北領の公子と西領の姫の結婚式とは思えないほど質素にひっそりと執り行われたそうだ。


 北領東部で領境を守るアレクシアは参加できなかった。

 東領内部で敵勢を追い立てているルイス殿下も参加できなかった。


 晴れ姿を見逃したくないアレクシアにとって最も大事なカール様の晴れ姿が見られなかった……


 アレクシアは与えられた役割を全うするためにカール様の晴れ姿を諦めたのに、私は自分に与えられた帝都での役割に納得できず、戦場に居続けた。



 卒業式と結婚式を終えたカール様は速やかに北都ノーザスに戻ったが、戦線はアレクシアに任せたままにした。


 それほどまでにアレクシアの守りは堅牢だった。母君から引き継いだシールド魔法がある分、雷魔法しか使えないカール様より適任だった。


 冬を控え、ルイス殿下が追い立てるスピードを早めた事で戦いは激しさを増した。


 最後はもう何がなんだか分からない激しい魔法戦闘で、敵勢の水魔法使い達が起こした洪水に全てが飲まれて流された。


 私はこちらに流れてくる水を押し戻した。

 私の水魔法の全力で押し戻した。


 自陣側に押し寄せる水は全て押し戻した。


 ルイス殿下が止めるのも聞かず、押し戻した。


 作為的の水の軌道を変えると被害地区が予想不可能になる。水が低いところを探して流れるままにすることで避難地区を導き出しやすく、勧告も出しやすい。そして、避難民たち自身が自分の知っている高台に逃げやすく、最も被害が少なくなる。


 民の安全な避難を優先するために止めてくれたのに、聞かなかった。


 敵勢はその殆どが自分たちが起こした大水の逆流で自滅した。



 そして数日後、フレデリック様が空路で飛んできて、アレクシアの死が伝えられた。


 

 水に飲み込まれたと言う。


 アレクシアが大水に飲み込まれた姿を見た目撃者は多かった。


 私が押し戻した水は、北領側にも押し寄せ、住民の避難支援をしていたアレクシアは、逃げ遅れたそうだ。


 雷魔法使いは空を飛ぶ手段がない。


 上には逃げられなかった。


 私が殺してしまったようなものだ。




 北領は1年間の喪に服した。


 決戦の後、「卒業してから戻ってこい」と、私はすぐに学園に戻された。


 憔悴しきった私は、何の役にも立たなかったから、大人しく従った。


 その頃のことはあまりよく覚えていない。


 東領の公邸に入ると、メラニーが迎え入れてくれて......

 彼女に縋り付いて泣いた。


 学園に通っていない間はずっと泣いていたように思う。


 卒業をもぎ取ってすぐにイーストールに戻った。

 メラニーもついてきた。


 トーマス殿下とヴァイオレットは、ルイス殿下に引き継ぎをして、南領に移動した。


 ルイス殿下はキッチリ1年間、喪服で東領での復興活動に従事した次の年、テーラ宮殿に戻って、長い休暇を取った。



 私には兄たちがきれいにしてくれた東領とメラニーが残った。


 彼女に不満はない。

 愛していると言える。


 かわいいと思うし、守ってやりたい。


 では、アレクシアは私にとって何だったか?


 全てだった。


 生きていてくれさえすれば、私の妻になってくれずともよい。


 だから、どうか、お願いだから、帰ってきて。

 今でもそう叫びながら目を覚ますことがある。



 **



 東領紛争終結後、サウザンドス家のマグノリア様が身を引いた。トーマス殿下とヴァイオレットが南領へ移住したのは後任を務めるためだった。

 


 マグノリア様は、学園卒業後、ナンチャンに入り、2年間、惣領として南領で活動した。


 ライラック姫は、「サウザンドス家の再興」を大義名分に掲げ、ルイス殿下の妃に収まろうとしていた。

 正直言って、みんなそんなのただの方便だと気付いていた。


 しかし、マグノリア様は妹を信じたかったのだろう。

 自分が再興させると言って、南領に戻った。


 私が学園に戻った時点で、ライラック姫はまだルイス殿下を諦めておらず、テーラ宮殿に居座って、妃教育を受けているかのように匂わせるまでに至っていた。


 私はその時になってようやく、陛下が私を学園に留め置こうとしたのは、ライラック姫の牽制の意味もあったのだと理解した。

 南領紛争時のトーマス殿下の役割だ。

 ルイス殿下が南領に出兵し、マイクロフト殿下が北領で移民を支えている間、トーマス殿下は帝都にとどまり学園に通い続けた。

 それが帝都民の安定と、テーラ家の情報統制の役割を果たしていたことに後になって気付くなんて私は愚昧だ。


 マグノリア様は、ライラック姫の学園卒業後、ライラック姫を連れて姿を消した。


 マーガレットも一緒だ。


 その後のことはわからない。


 カール様が隠したのであれば、見つからないだろう。



 **



「君の姉上と結婚したから」


 トーマス殿下とヴァイオレットは、アレクシアの喪が開けるとすぐに結婚した。


 トーマス・シャムジーとヴァイオレット・メローペの名義で婚姻を結び、姉は北領平民ヴァイオレット・シャムジーになった。


 トーマス殿下は、テーラ皇子トーマス・テーラとしては一生独身を貫き、ヴァイオレットと共に南領執政を担当した。



 **

 


「雷の継承者が生まれたよ。名前はダニエル・アーロンだ」


 カール様から手紙を頂いた。

 その後、間もなく、カール様とマチルダ姫も姿を隠し、北領執政がマイクロフト公に変わった。



 **



「テーラ家の継承者が生まれたよ。名前はフレデリックにした。もう、かわいくて、かわいくて、外に出たくない」


 ルイス殿下は結婚していない。


 おそらく「愛の重いアデル」の子なんだろう。魔力障害で皇妃は無理でも、普通の家庭を持てるほどに安定しているのだとわかって嬉しく思った。



 **



「私、授かり婚になっちゃったんですけど、よかったら結婚式に来て下さい」


 マイクロフト公の手紙には、驚いた。

 相手はシフォネだった。


 そこでようやく私はメラニーを連れてノーザスへ足を運んだ。


 聞きたいことが山ほどあったが、つらすぎてずっと足が向かなかった。



 **



「とうとう西領のエドワード公が身を引かれ、隠居されたね。クリス卿は表に戻らず、執政はアルバート陛下に変わると聞いた」


「はい。ルーイ兄様が帝位を引き継ぎます」


「皇妃不在で?」


「ええ。皇妃不在です」


「テーラ家以外が誰もいなくなったのは、誰の計画?」


「提唱者はエドワード様で、ダニエル様のご遺志で、カール様の采配です。父上、いえ、アルバート陛下は権謀術数でカール様に敗北しました」


「アレクシアも姿を消しただけ?」


「残念ながら、アレクサンドリア様はこの世界を見ることが出来ませんでした」


 マイクロフト公が嘘を言っているようには見えなかった。


「アデルはアレクシアじゃないのか? ノーザンブリア家は皆んな『A』から始まるミドルネームを持っているよね?」


「アデレーン姉様とアレクサンドリア様は別の人物です」


「でも、二人とも魔法属性が雷とシールドだ。ダニエル様とカレン様の子でない限りなかなかない組み合わせだ。探したりしないから、真実を教えて欲しい」


「真実を伝えています。アデレーン姉様とアレクサンドリア様は別の人物です。でも、決して姉様を探さないと約束してくださるなら......」


「約束する。生きていてくれさえすれば、いいんだ」


「シオン。残念ながらアレクサンドリア様は、本当に亡くなっています。生きているのはカール様の双子の姉のアデレーンです。魔力障害で食事も出来ず、生まれてすぐにテーラ宮殿に入り、魔封じの腕輪をつけた状態で育てられました。ノーザンブリア家の籍を取ることなくフレデリック伯父様の養子に入りましたから、アデレーンはノーザンブリアになったことがありません」


「アデルは、アレクシアの姉?」


「シオン。お願いですから、過去ばかり見続けるのはやめて下さい。私達は貴方のことをとても大事に思っています。幸せになって欲しいと願ったからこそ、ダニエル様のご遺志に従い、貴方を巻き込まなかったのです。どうか前を向いて、ご自身の幸せを探して下さい」



 そして、私は初めてアレクシアの墓参りに行った。


 アレクサンドリア・アリシア・ノーザンブリア。


 墓標の周りにはオードリーの花がたくさん植えてあった。


 私はひとしきり泣いて、メラニーの元へ戻った。


 そして、彼女と共に歩むことを決めた。

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