シオン14
「君は何故、出てこなかったんだ? ルイス殿下はライラック姫をエスコートしていたぞ?」
婚約者のマチルダ姫が「愛の重いアデル」とマーマレードを作るのについてくると言う口実で、カール様が私に会いに来てくれることになった。
事前に連絡をくれていたので、メラニーにも夕食時に共有しておいたのに、姿を表さなかったので呆れて少し口調が強かったかもしれない。
最初の頃は、迎賓館のテラスに呼びつけていたが、次第に面倒になって共に夕食をとりながらすり合わせを行うようになっていた。
「ノーザンブリア卿はシオン様に会いにお見えになったのですから、わたくしがいては話題が制限されてしまうかと遠慮させていただきました」
私に叱られていると思ったのか、泣きそうな顔をしている。
メラニーは最近、表情を表に出しすぎだが、今窘めればもっと落ち込むだろうから、ぐっとこらえた。
アレクシアは、こういうことでは落ち込んだりしない。
全ての議論の対立を建設的に前に進むための相互理解の過程として受け止める。
フレデリック様の教えだ。
アレクシアは、感情的になったり、意地になって折れなかったりして、上手く仲直りできなかった場合に、とても凹む。
だから、議論を戦わせた後に、きっちり仲直りするようにしていたが、メラニーは議論の途中で凹んでしまうので、言い控えることが多くなった。
「いや、まぁ、そうではあるが……」
「ノーザンブリア卿とはゆっくりお話ができましたか?」
「いや、ライラック姫がずっといたから、内輪の話はできなかった。しかし『愛の重いアデル』は、フレデリック様の養女で、アデル・テーラという名前だということが分かったぞ」
「フレデリック皇弟殿下の? 養女?」
「ああ。重い魔力障害を患っているらしく、医療施設で暮らしていたんじゃないかな? カール様に窘められたよ。回復したのであれば奇跡だし、逆にもう先が短いことが分かって宮殿に戻っているのかもしれない。プライバシーは守ってやれって」
アレクシアも、重い魔力障害で日常生活も困難な人を知っていると言っていた。
恐らく同一人物だろう。
「そうですか。ルイス様はその方を?」
「それはわからない。ライラック姫はいとこを守っているだけだと判断したようだったよ。それに仮にその方がルイス殿下の『秘密の恋人』だったとしても、きっと皇妃になれるほどには回復しないだろう」
「だから陛下はライラック姫を『正妃』にと?」
メラニーの派閥がそれを知ったということは、陛下が敢えて外に漏らしているのだろう。
ルイス殿下がライラック姫を厭って寮に入ったという部分までセットで流布させて、ライラック姫の皇妃への道を潰したいのだろう。
陛下の計略は、わかりにくいが必ず効果がでる。
「恐らく陛下が市井に伝えたいのは『ルイス殿下が家出するほどにライラック姫を拒否している』という部分だ。私が宮殿に入ることになって戻ってくれているが、ソフィア妃の家出したことも外に漏らされている」
これもソフィア妃はライラック姫を嫌がって家出したが、シオン第4皇子を守る為に宮殿に戻ったという、アレクシアの言葉を借りれば「テーラ家仲良し大作戦」の一環だろう。
「ソフィア様は『そんなにリリィ姫をテーラ家に入れたいのならば、陛下の妻になさったらよろしい』と言い放って宮殿を出られたと噂されています……」
「ソフィア様とルイス殿下はアレクシア姫を望んでいるとも噂されているが、あれは『愛の重いアデル』を守るために表に出る気のないアレクシアに了解を取った上での陽動だろう」
アレクシアにアデル・テーラについて聞いても、決して口を割らないだろう。
しかし、アレクシアが魔力障害者に強い同情心を寄せているのは間違いない。
そこにつけこまれて協力させられてしまったのではないか?
権謀術数のテーラ。
どこまでお互いに示し合わせて行動しているのか見えない。
連携が良すぎて気味が悪い。
「来春、偽者のシオン公子を成敗したら、私は東領公邸へ居を移そうと思っている」
魔力障害を抱えたアデル・テーラは皇妃になれない。
それでもアルバート陛下はライラック姫を排除したい。
じゃあ、誰が皇妃に?
ルイス殿下は最終的には自分を選ぶというメラニーの盲目的な確信はあながち間違えてはいないように思えてきた。
「シオン様、わ、わたくしも、東領公邸へお連れ下さいませんか?」
「身の危険でも感じるのか? テーラ宮殿に居座っているのが君たちの戦略の屋台骨なのではないのか?」
姉上がメラニーを評価しているのはここが大きい。
ルイス殿下にミリも関心を持たれていないのに、我慢強く、宮殿に居座っている。
鋼の精神で、自分には無理だと。
「身の危険は感じません。そうではなく……」
「君が偽者のシオン公子の登場を阻止できそうにないことは分かっている。君は自分の派閥から捨て駒扱いされていることも理解できたね? 偽物のシオン公子を成敗した後に身に危険が降りかかりそうなら強制的に私の庇護下に置くから、それまでは存分に争奪戦に力を注いで大丈夫だ」
「はい」
メラニーはホッと胸をなでおろしていた。
身の危険は感じなくとも、不安はあったのだろう。
私は毎日メラニーの学園での話を聞きながら、フレデリック様直伝の「考える訓練」を施した。
**
私の入学式は、始まる前が大騒動だった。
大捕り物だったとも言う。
偽物のシオン公子が帝室の近衛に捕縛され、連行された。
30分遅れで始まった入学式。
「シオン・イースティア・テーラ」
学年主席として新入生の挨拶で名前を呼ばれたとき、どよめきが起き、驚いて立ち上がってしまった人が出て、間違った注目を浴びていて、笑った。
その時になって、陛下と妃殿下がその場にいるのが大捕り物のためではなかったことが分かり、騒然とする会場の中で、清々粛々と挨拶文を読むことになった。
そんな中、制服姿のカール様、黒ローブのアレクシアとマイクロフト公子は、3人並んで隣の建物から入学式の様子を覗き見て、のんきに手を振ってきた。
マイペースすぎるだろ!?
ノーザンブリア家というのは子供の晴れ姿は絶対に見逃したくないタイプなんだろう。
カール様が授業をサボって見に来てくれたことに胸が熱くなった。
同日、帝室から第4皇子に関する発表があり、私が半年前から宮殿に住んでいることも公示された。
戸籍上の父である東公は、メラニーの警告もむなしく、偽者シオン公子の保護者として入学式場に足を踏み入れた。
陛下が宮殿にご招待して穏便に収める道を模索してくれた。
その裏で、ルイス殿下、トーマス殿下、フレデリック皇弟殿下は、出兵する準備は整っていた。
トーマス殿下は高等部には入学せず、最も脆弱な南領に入り待機していてくれた。
それでも、東領の民とイースティア家の安定の為に飽くまで穏便に話し合いを試みてくれた。
不戦のテーラとは、そう言うことだった。
私の任務は、シオン・イースティア・テーラとして、何事もないように学園生活を続けることだった。その日から偽者のミレイユ姫であるメラニーと共に学園に通った。
メラニーは、ルイス殿下たちと昼食をとるのを止め、私の女払いをしてくれた。
北領にいた頃は女装姿で、アレクシアの隠密姉妹たちに囲まれて過ごしていたからあまり良く分かっていなかったが、帝都の令嬢達はライラック姫と同じぐらい獰猛だった。
男装のアレクシアが触れる者すべてを電撃で昏倒させていたと聞いたとき、「何考えてんの?」と呆れたが、今は分かり味しかない。
この時ばかりは私がメラニーの庇護下に入った。
メラニーが英雄に見えた。
**
「ルイス殿下も花の世話をなさるのですか?」
「やあ、シオン。それにミレイユ姫。ごきげんよう。これはアデルの為に切っているだけだよ。育てているのは母上ね」
季節が変わろうとしている頃、宮殿の庭でバラを切るルイス殿下に出くわした。
彼はバラが似合うが、庭師なタイプではないから意外だった。
「アデル様はバラがお好きなのですか?」
「うん。バラが好きな割に、赤しかいらないとわがまま言うんだよね。この色が一番トゲトゲがきつくて、棘を摘むのが面倒なのに……」
「ルイス様。恐れながら、赤がルイス殿下で、白がトーマス殿下で、ピンクがマイクロフト殿下なのです。他の色はいらないというのは、そういう意味かと……」
メラニーが敵に塩を送るようなことを言ったのに驚いた。
命の灯がつきかけているかもしれないライバルに同情したのだろうか?
「ええっ!? そうなの?? えええぇ~。そういうこと? ミレイユ姫、よく知っているね?」
ルイス殿下は真っ赤になって、ちょっとくねくねしていた。
秘密の恋人が真実か虚飾かはわからないが、ルイス殿下がアデル様のことがお好きなのは間違いないようだ。
「はい。宮殿でお世話になって長くなりますが、ソフィア様のお庭の話題は平和的で無難ですから皆さんよくお話になるのです」
「なるほど。母上は、バラには特に力を入れていたけど、そういうことだったんだね」
あまり子育てに参画させてもらえなかったソフィア様が、バラを子供達に見立てて大事に育てている姿が目に浮かんで切なくなった。
「郊外にそれぞれのバラ農園があって、それぞれの皇子ごとに精油やローズウォーターを作って、香水から洗剤まで専用の香りに整えられているとのことです」
ああ。
この凝りかた。アレクシアに通ずるものがある。
北領にはカール様の香料用のラベンダー畑とローズマリー園があちらこちらにある。
金持ちは考えることが違うと呆れていたが、なるほど、気が合うわけだ。
「ひやぁ~。そうなの? じゃぁ、きっと、あれだ。君のバラは温室の紫色のバラじゃないかな?」
ルイス殿下は何かを思い出したように再び真っ赤になりながら、意外なことを言った。
「えっ? 私のもあるのですか?」
「温室の紫色は育てるのが難しくて、土の酸性度とか、水の硬度とか、凄く工夫しているみたいだったよ」
私達は温室の場所を教えてもらって、紫色のバラを見に行った。
そこは、他のバラ同様、皇族のプライベートエリアで、メラニーは私がいないと入れない場所だったので、存在を知らなかったようだった。
それは小ぶりのバラで、花はとても愛らしかったが、小さな棘がめちゃめちゃ多くて、なるほど私のようだと心の中で笑った。
ようやく本人に渡すことができると庭師が大喜びで二人分のバラを切ってくれた。
本当に私に見立てて苦労して育てたバラだったようだ。
ソフィア妃のことを嫌いでいるのは、もうムリだった。
「ルイス様から『ルーイでいいよ』と言われていましたね? あれは家族だけなのですよ」
「メラニーは『ごめんね。君はルイス様のままでお願いね。アデルがヤキモチ焼くから』と言われてしまったね」
メラニーは嬉しそうに笑っていた。
精神状態がちょっと心配になった。




