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シオン9

「シオンが表に出る気になってくれたことは非常に嬉しく思います。しかし、今はひとまずノーザスに帰って、ヴァイオレットを姫に仕上げてください」


「アレクシアが野営しているのに、私がのうのうとお姫様ごっこなんてできるわけがないでしょう?」


 私はアレクシアに代わり、シオン公子として帝室の東の森を守りながら、難民の避難支援をする覚悟ができていた。



「イースティア公が南領への出兵を希望しているそうです。兄様も、ルイス殿下も、いつ東領兵によって背後から刺されるとも知れない状況は作りたくないのです。だからシオン公子が表に出るとして、求められるのは()()()()移民の受け入れです。この森の守護ではありません」


「東領が移民の受け入れを決めれば、移民達は南領と接し、森を通らなくて済む東領へ流れるってことか……」


 どう転んでも()()()()()ではアレクシアの状況を変えてあげられないのがもどかしかった。



「今必要なのは、移民たちを支える食料、住居、そしてそれを賄うお金です」


「お金については、カツラをビジネス化しようと思う。それから、ジョセフの子分たちに北領外でも新兵採用を潰してもらうのも有効だろう」


 アレクシアは、ニッコリ微笑みながら頷いた。

 ようやくピリついた雰囲気が和らいだことに安堵した。



「あの地下組織はジョセフの子分たちではなく、シオンの子分たちのように見えますけれどね?」


「あの子分たちは東領と北領以外で活動したことがない。ウェストリア公に預かってもらえればもっと活かせると思うのだが……」


「ジョセフを遣わせてみてはどうでしょうか? 正直に説明してお願いすれば受けてくれるかもしれません。陛下とウェストリア公はいとこ同士ですから、上手く行けば西領だけでなく帝国領まで網羅できるでしょう」


 そうやっていろいろと相談しながら、第一陣の移民として北領までの避難通路を開拓しながらノーザスへ戻り、本物の移民たちはアレクシアの封地へ誘導した。



「アレクシア、ツラくなったらいつでも逃げ帰ってくるんだよ。決して無理はしないで!」


「はい。伯父様がピータソンたちの犬舎に『幽閉』する方向で北領貴族たちを誘導してくれることになっていますから、逃げ帰る準備も万端です!」


 ちゃっかりしている。

 ノーザス城の貴族牢が向精神薬の探知犬の育成施設になっていることは、殆ど知られていない。


 ところどころに鉄格子があって、犬を育てるのに便利だったから、転用したそうなのだが……


 犬好きのアレクシアは、子供の頃、そこに住みたがってご両親を困らせたとジョセフが教えてくれた。

 娘を牢で育てるなんて、出来るわけがない。


 仮にアレクシアが軍紀違反などを理由に『幽閉』されれば、夢にまで見たピーターソン達との共同生活が実現するのだ。


 ノルディック卿とは殆ど接触したことがないが、アレクシアのキュンツボを押さえている彼は敵ではないのだろう。


 この感触ならすぐに帰って来そうだと思って、ひとまず姉を連れ帰り、姫教育をしながら待つことにした。


 しかし、アレクシアは一向に帰ってこなかった。


 残された隠密姉妹たちと連携して始めたカツラビジネスは順調だった。

 だが、これじゃ足りない、もっと何かをしなければと焦燥感に駆られる日々が続いた。


 その頃から私はノーザンブリア家の隠密としてノーザンブリア家に匿われたままの自分に疑問を感じ始めていたのだと思う。



 **



「研究地区にね、マイクロフト殿下がいました。そしてアレクシア姫の印章で決裁を行う権限を持っていました」


 半年くらい経って、アレクシアからヴァイオレットに初めての隠密任務が下った。

 姉は耳を疑うことを口にした。



 決裁権の委託は紛れもない信頼の証だ。


 文通を通じて、マイクロフト殿下が信頼に足る人物だということをイヤと言うほど理解している。


 それでも、心理的抵抗感があった。


 マイクロフト殿下がアレクシアにとって、他とは違う特別な人のような気がして居ても立っても居られなくなった私は、アレクシアの野営地に駆け付けた。


 そして、求婚した。


 アレクシアは緊急事態が起きたのだと勘違いしてキャンプに入れてくれた。



「マイクロフト殿下に君の決裁権を渡したんだよね? 彼をアレクシアの婿に決めたということ? どうか、どうか、考え直して?」


「シオン、勘違いです。確かにマイクロフト殿下にノーザンブリア家に養子に入ってもらうことを念頭にお試し期間として領地を運営してもらっています。でも、婿養子ではありません。兄様との養子縁組です。そして御本人は何も知りません」


「カール様の養子?」


「シオンがテーラ家と距離を置きたがっているのは気付いています。でも、兄様のスペアにはあの方が最適だと思います。シオンでも良いのですよ? でも、シオンは断固拒否しているでしょう?」


「アレクシアの伴侶ではなく?」


「わたくしの伴侶ではありません」


「そ、そう……」


 私はその場にへなへなと座り込んでしばらくアレクシアに背中をさすってもらった後、アレクシアの為にお茶を淹れた。


 私が断固拒否しているのは、イースティア家のシオン公子がノーザンブリア家の養子になったら、北領と東領が戦になるかもしれないからだ。


 ダニエル様のご存命の頃ならともかく、カール様の地盤は盤石ではなく、アレクシアなんて北領の地に足を踏み入れた瞬間に幽閉処分が決まっているようなものだ。


 そんな時にとれる選択肢ではない。


 姉は救出してきた。だが、まだ敵の手の内に母がいる。


 私がシオン公子としてノーザンブリア家に入れば、母を人質に取られた状態でのスタートだ。

 悪手すぎる。



「兄様の魔眼修行が終わりました。グランパが帝都に戻るそうですが、行きますか?」


「行く!」


 迷いはなかった。



「それでは、ついでにヴァイオレットも連れて行って下さい。カツラのお店を出して、帝都人から移民を養うお金をいただきましょう」


「了解!」


 それから魔眼修行をしながらカツラを売りまくった。


 カツラの方はヴァイオレットへの試練だったが、移民を支える功績でマイクロフト殿下に負けたくなかったから、私が主導した。


 カツラは恐ろしいぐらいによく売れた。


 私のビジネスセンスが評価されてしまったが、あれは商品が良いのだ。


 姉妹たちがシフォネの為に開発したもので、これまでなかったようなしっかりとした作りに、ソフトなつけ心地、そしてヘアスタイルの高級感。


 女性用のお洒落なブランドイメージだったが、売上の7割は男性用だった。


 そして......



 **



「アレクシア、ごめん。水の継承者の話は本当だったんだね?」


「大丈夫ですよ。見えなかったのです。おとぎ話だと思うぐらいが丁度よいと兄様が言っていました」


 魔眼修行の後、私にも自分の手の甲の継承紋が見えるようになった。


 それは紛れもなくイースティア家の家紋だった。



「イースティア家から水の継承者が出たのは、3代ぶりだそうだ。イースティア家は既に水の紋章を家紋に掲げるにふさわしくない家に成り下がっていたんだね」


「シオン、そんなふうに考える必要はありません。イースティア家自身が継承者じゃなくとも、イースティア家が『水の継承者』を保護すればよいのですから」


 イースティア家はおそらく紫色に拘りすぎたんだと思う。


 瞳の色にこだわりすぎて、水魔法を疎かにした結果、水の継承者が生まれにくくなった。


 母スミレは、瞳の色を諦めた後も、「男の子」を生む姫に拘っていた。

 水魔法の話など、したことがなかったように思う。

 姉と水魔法で遊んだこともない。


 一方、カール様とアレクシアは子供の頃、雷魔法を浴びせ合って遊んでいたそうだ。雷吸収スキルを持っていてもビリビリするし、それが痛いようなくすぐったいような変な感覚で楽しいらしい。


 東領では北領人のことを「魔法オタク」だと言うが、ノーザンブリア家は魔法オタクだからこそ、カール様まで133世代、雷の継承者を絶やしたことがない。


 こういうのを名門と言うのだ。


 

 南領紛争の終結の後、カール様のご許可を頂いて、母を救出に行った。


 母は私のことも、姉のことも認知できないほどに精神をむしばまれていた。

 それからしばらくは母と姉とアルキオネ離宮で静かに暮らした。


 姉は根気よく介護していて、頭が下がった。


 私は改めて魔術の鍛錬に取り組んだが、私自身は魔法を使うことに喜びを感じないことを再確認しただけだった。



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