マーガレット11
「え? 真っ赤だよ? 君も、彼が好きなんだね?」
いえ、全然。
わたくしは現実に引き戻されました。
でも、赤みは急には戻りません。
「会ったのは、つい先ほどだ。でも、そういうのとは別に、カール様や君のような臣下がいる北領に仕えることが南領復興の最短ルートだと思えてきたというのもある」
「政略かつ両想いってこと?」
「片方だけ伝えると、嘘になる。庇護を求めるなら誠実かつ正直であるべきだと考えた。君はどう見ても子供だが、北領で高い身分か、有力者なのだろう?」
マグノリア様もアレクシアの正体に気付いていながら知らないフリをしてくれているのでしょうか?
「え~。う~ん。使者として南領を訪れたアレクシア姫と南領公子が恋に落ちて結ばれるとか、民が好きそうな美談ではあるけど…… う~。どうだろうな~。う~」
ルイス皇子と似たような事を言って、似たような反応をしています。
「君は反対なのか?」
南領公子、意外と押しが強いですわね?
反対してください。
アリスター!
「反対しているわけじゃないよ。でも、アレクシア、お願いだから、カール様に会うまではこちらの方と噂になるような行いは控えてね。カール様が何とかしてくれるハズだから。ね?」
どうしましょう。
誤解されてしまいました。
わたくしは何度も頷いて、約束しました。
「くくくっ。たとえこちらのお二人が路中で如何にイチャイチャしようとも、絶対に噂にならないようにノーザスまでお送りすることを我々が約束しよう。アルバート・ジュニア」
これまでアレクシアの背後で黙って話を聞いていたルイス皇太子が笑顔で口を挟みました。
平民アルバートの身分証をアリスターに返しながら、妙にジュニアの部分に力を込めて呼んだ気がしなくもありません。
アレクシアは、ギギギッとルイス皇太子の方を振り返り、絶望した顔をしました。
「し、白服を着ていない白服。一番だめなやつ……」
「君の為にこの身分証を申請したのは、アルバート・シニアかな?」
「はい」
アリスターが蚊の鳴くような小さな声でおずおずと答えました。
どういうことでしょう?
アルバート・シニアが身分証を申請した?
つまり、皇帝陛下がアレクシアの南領の身分証を手配したということですよね?
格安で売っていると言っていたのは、攪乱だったのですか?
「話は分かったよ。ロイとユリアナだっけ? 3人分の通行許可を出すから、真っすぐ迎えに行って、直ぐに帰るんだよ?」
「はい」
アレクシアは、ホッと安堵したあとに、小さく返事しました。
アレクシアは子供の頃にノーザス城の侍女たちに繰り返し言い聞かせられて、ルイス殿下を忘れてしまっているはすです。
でも、その耳に輝く自分の瞳の色のピアスを見て、自分がこの人物に差し出されることが分かってしまったのでしょう。
縮こまってしまっています。
目の前にいるのは、あんなに泣き叫んで求めた人物なのに、縮こまっているだけとは……
本当にあの頃のことを忘れてしまったのですね。
「それから、今の季節の森は冬眠前の野生動物が食いだめ中で危険なのは知っているようだね? 私はもういらなくなったから、これをあげるよ。夜はこれでシールドを張って寝るんだよ?」
ルイス様は小指に着けていた指輪を外して、アレクシアの手を握り、合う指を探して、中指にはめました。
シールドはアレクシアの十八番です。
そんなものいらないのでは?
そう思ったとき、アレクシアの答えを聞いてハッとしました。
「ありがとうございます。この時期、夜にシールドが必要で眠れないから、昼間がツラいんです。助かります」
アレクシアの十八番だからこそ、シールドはアレクシアの担当になって、本人が休めないのですわね?
旅中の負担を軽減するために素直に指輪を貰うことにしたようです。
「では、お返しにこれを。ウチの研究者達は今、魅了対策の研究にハマっていて、試作で作った魅了の防御に特化した防魔の指輪です」
アレクシアは反対側の中指につけていた指輪を抜くと、差し出されたルイス様の小指につけてあげた後、小さくお辞儀をして退出しました。
その所作はあまりにも自然で、わたくしはその場ではその意味に気付けておりませんでした。
数週間後、ハタと気づいて、淑女らしからぬ雄たけびをあげました。
「あ~~~っ! あのクソ皇子、サラッとウチの姫さまと指輪交換したのだわ!!」
平民ルカと改名なさったマグノリア様が隣で複雑そうな表情をなさっています。
わたくしがアレクシア姫として持ち込んだ積み荷には、カール様が後見人として記された平民ルカの北領戸籍の写しと身分証が入っていました。
ルイス様がわたくしが偽物と知った後もわたくしをナンチャンまで護衛してくれた理由はこれでしょう。
カール様は、わかっていたのです。
偽物のアレクシア姫を見れば、激昂したルイス様が荷物を検め、ピアスを身に着けると。
そしてそのピアスを見た、わたくし、ルカ、アレクシアがそれぞれが理解すべき状況を理解すると。
平和的にして奥深い政治手腕です。
それにしても腹立たしい。
アレクシアは、アリスター少年に扮している時ですら、人に触れられるのも、触れるのも嫌って、誰にも触れられたことがないはずです。
それをあの皇子は「夜間のシールド」で釣って、しれっと違和感なく姫の御手に触れたのです!
アレクシアだって、自分の瞳の色のピアスを見れば、触れられることを許すしかありません。
許しがたい。
ルイス皇子とアレクシア姫の運命の再会と、指輪の交換は美しい恋物語じゃないかって?
いいえ。
アレクシアは、忘れてしまったのですから、その程度だったのです。
アレクシアは、どこにも、お嫁にあげません!




