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シオン6

「こんな形で伝えることになって、とても残念だが、父は君にフレデリック様の養子に入ることを勧めるつもりで彼らに預けたんだ」


 カール様に呼ばれ、そう言われた時、頭の中が真っ白になった。


「......」


「もし、君が望むならノーザンブリア家の養子でもいいとも言っていた。ただ、その場合は君が男児として表に出なければならなくなるから、どちらかといえばフレデリック様の養子のほうがいいと考えているようにようにみえた」


 ノーザンブリア家の養子はダメだ。


 帝都人たちが知っているシオン公子は姉のミレイユだ。


 東領は組織ぐるみでシオン公子を別人にすげ替えた。


 偽物のミレイユ姫なんてイースティア家の血が全く入っていない真っ赤な偽物だ。


 そして、その偽物がルイス皇太子の最有力妃候補と言われている。


 そんな状況で本物のシオン公子がノーザンブリア家の養子として表に出ることは、東領に対し宣戦布告に等しいレベルの脅威を与え、民は北領の東領侵攻に怯える暮らしになるだろう。


 偽物のミレイユ姫がルイス殿下の寵を受けているとすれば、帝室まで敵にまわす。


 ルイス殿下の弟君のどちらかに嫁いだアレクシアが皇太子妃が偽者であることを知っているとバレたらすぐに殺されてしまうかもしれない。



「このままノーザンブリア家の隠密の道を進むことをお許し頂けませんでしょうか?」


 迷いはなかった。

 しかし......


「その件は、一旦、保留でいいかな? まずはフレデリック様と話をしてみて欲しい。君を表に出すことは父の『遺志』になってしまったからね。でも、私にはまだ力がなく、ノーザンブリア家の養子にしてあげられるまでには時間がかかりそうなんだ。それに……」


 ダニエル様が存命だったら、隠密の道を歩ませてくれただろうか?


 おそらくだめだろう。


 私を表に出すために東領と戦争になるリスクを負ってノーザンブリア家の養子にしてもいいと考えるぐらいだから。


 ご両親を亡くしたカール様は、北領内での立場が不安定になってしまったのに、それでも私をノーザンブリア家の養子にする道を捨てていない。

 それ一つをとっても、既にこの次代からも過分な待遇を受けそうだと恐れ多く感じた。



 **



「ダニエルが私達の養子縁組を勧めたのは、君がアルバート・テーラ、私の兄さんの子だからだよ」


 アルバート・テーラ?

 皇帝陛下の名前だ。

 イースティア家の姫時代の母は、アルバート陛下と道ならぬ恋をした?

 捨てられたのか?


「フレデリックは、フレデリック皇弟殿下なのですか? 何故、北領に?」


 フレッド爺さんは、私達が5才の頃には既に北領にいたはずだ。


「私達には娘がいるんだ。重篤な魔力障害がある子でね、その子の治療や魔術訓練の施設が整っているからだよ」


 魔力障害がある大人はいない。

 つまり成人になる前に死んでしまうということだ。


 ガーネット離宮にいる間、その子を見かけなかったのは、その子が医療施設から出られないからではないかと思った。



「カール様にも申し上げましたが、私はこのまま表に出ず、ノーザンブリア家の隠密として生涯を終えたく存じます」


「シオン、畏まらないで? この半年、君と暮らしてきて、君がとても勉強家で、努力家で、そしてノーザンブリア家に尽くしたいと思っていることは知っているよ。だから伝えておく。君がノーザンブリア兄妹に最も貢献できる方法は、兄さんの子供として表に出ることだよ」


「い、意味が、わかりません」


 アルバート陛下の子供として表に出る?

 イースティア家としてではなく?


「これは政治思想の問題でね。テーラ家とノーザンブリア家、というか、アルバート兄さんとダニエルは政治思想が対立しているんだ。私は兄さん側は崩さないつもりだから、これ以上のヒントは出さないよ」


「政治思想? ダニエル様は政治についてはノーポジです」


 私は家族の一員として沢山の交流を重ねてきたが、ダニエル様は政治に関しては立場を持たないと思っていた。



「本気だからさ。本気だからこそ、水面下で周到に準備を進めていたんだ。でも、ダニエルは君を巻き込むつもりはなかったから、君が十分に保護されるように私達との養子縁組を勧めていた」


「フレデリック殿下の養子になれば政争に巻き込まれないと?」


「すっかり距離が出来てしまって、悲しいよ。私は政治から身を引いているけど、テーラ家のままだから保護力は高いよ。ノーザンブリア兄妹は、ダニエルの遺志を継ぐと決めたようだから、君を巻き込まないこともダニエルの遺志の一部として執行しているのだよ」


 9才の子供だから当然だが、ダニエル様から庇護対象としか見られていなかったことがとても悲しかった。


 アルバート陛下とダニエル様が政治思想で対立……

 全く意味が分からなかった。


 私は完全に進むべき道を見失ってしまった。

 まずは、共に歩むためにも、アレクシアの進む道を確認しなければと、焦るような気持ちでアレクシアと面会した。



 **



「シオン。元気そうで何よりです。ジョセフから火魔法の訓練を頑張っていると聞きました」


「アレクシア。心からのお悔やみを。ダニエル様とカレン様のことは途轍もなく悲しい」


 久しぶりに会えたアレクシアには、帝室の近衛が二人貼りついていた。

 どういう経緯で近衛が貼りつくようになったのかわからないが、アレクシアとテーラ皇子の婚約を()()()()ためのパフォーマンスのように見えた。


 帝室の近衛をノーザス城の裏側には入れられない。

 だから、アレクシアは迎賓館で暮らすようになっていた。


 これではまるで「帝室の近衛」が賓客で、アレクシア姫がアテンドしているようだ。

 迷惑としか言いようがない采配に反感を覚えた。


 それに、これでは、話したいことが話せない。


 絶望が頭をもたげた。



「シオンにこれを。マイクロフト殿下から頂いた棋譜です」


 アレクシアから差し出されたのは、三枚のチェスの棋譜だった。

 カール様とルイス殿下の対局だった。


 ダニエル様の亡き今、カール様がダニエル様の遺志を引き継いで、テーラ家と政治上で対立するのであれば、次代はカール様とルイス殿下の対立になることの象徴のようだった。



「2戦目は、兄様がシオン風に打とうとして失敗したものです。やっぱり本物のシオンじゃないと上手く行かない戦法でした」


 初戦は北領の外交進行。

 勝ちを譲っているし、ルイス殿下も本気じゃない。


 2戦目は、私の定跡で開幕し、ルイス殿下が本気になったので、巻き返せずぼろ負けしている。

 アレクシアは「本物のシオンじゃなかったから」と慰めてくれたが、きっと私が指してもぼろ負けしただろう。


 最終戦、カール様が勝っていた。

 引き分けにならなかったのは、ルイス殿下が勝ちを譲ってくれたのだろうか?


 いずれにせよ、ルイス殿下は相当な腕前だった。


 棋譜を書いたのは、マイクロフト殿下だそうだ。



「かわいいの塊は、美しい字を書くんだね?」


 私がそう言うと、アレクシアも嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ええ。ルイス殿下のことが大好きで、兄様至上主義仲間として意気投合しました。文通をすることになったので、手伝ってください。シオン」


 はいはい。分かりましたよ。


 アレクシアは筆不精だ。


 西領のクリストファー公子とも定期的に連絡を取っているが、全てゴードンによる口述筆記で、文章も緊急通信のごとく短い。


 幼稚舎の時も、アレクシアの幼稚舎での出来事を私が筆記して送っていた。


 だから、私が書くことになるのは、想定内だった。




 カール様付きの隠密として城の裏側に潜伏している私がアレクシアに会えるのは、マイクロフト殿下への手紙を書く時だけになってしまった。


 だから、私にとってマイクロフト殿下に返信を書く時間がとても大事な時間となった。



 予想外だったのは、フレデリック殿下とレイチェル妃が、返信の監修をするようになったことだ。


 フレデリック殿下は、「帝室側」だと明言している。子供の文通とはいえ、アレクシアがマイクロフト殿下を取り込んでしまわないように監視する意味もあったんじゃないかと思う。


 とはいえ、フレデリック殿下の監修は、非常に勉強になった。


 まず、マイクロフト殿下の手紙の「解釈」の訓練が秀逸だった。行間を読みまくって、手紙の背景を探るのだ。


 マイクロフト殿下の手紙はルイス殿下を褒め称えるばかりだったが、ルイス殿下の活躍の背景となる課題、周囲の思惑、打開の選択肢、意思決定の意図するところ、結果と、それぞれを読み解いていくのには、政治的背景に関する知識が要求された。


 マイクロフト殿下の筆力で、ルイス殿下は、その時々の状況の最善策で物事を捌き続けているかのように記されていたが、果たして本当にそうだったかを検証した。


 そして、こちら側も、カール様の礼賛に終始しているが、貴族的な婉曲かつ優美な表現でありながら、しっかり自分の考えが伝わるように訓練された。


 最高の教育を受けたと言っていい。


 そして私は自分がテーラ家を侮っていたことに気付いた。


 東領はバカだと思いつつも、テーラ家の方が優れているとは思っていなかった。

 マイクロフト殿下だって、幼稚舎にいた泣き虫で優しい幼児ではなくなっていた。


 穏やかではあるが、しっかりとした聡明な皇子であることが伝わってきた。


 そして、友人に返信を書くという楽しい作業を通して、私達に政治趨勢の読み方を教えることのできるフレデリック様は、東領のどんな家庭教師よりも優れた指導者であるように思えた。


 こういう教育やテーラ家の人々との交流が私とテーラ家を結ぶためのアレクシアの工夫だったと知ったのは随分後になってからのことだった。


 もしも、私がすんなりフレデリック殿下の養子に入っていたら、アレクシアまでテーラ家にガッツリ囲い込まれるような事態は避けられたのではないかと思えてならない。


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