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シオン4

「シオン、それ、もう一回、もう一回やってみてください」


「ん?」


 アレクシアが大きな声を出したので驚いて顔を上げると、雷撃麻痺の私の指が動いたという。


 医師に指を動かすイメージトレーニングを続けなさいと言われていたので、なんとなく無意識に頭の中で右指を動かすようになっていて、まさか本当に動くとは自分でも驚いた。


 自分の指を見ながら、動かしてみたら、本当にちょっと動いた。

 全然イメージ通りじゃないけれども、ちょっと動いた。


「シオン、凄いです!」


 アレクシアは大喜びして、キュッとハグした後、「ナナ~、ナナ~。大変です~」とナナを呼びに行った。


 この後、ナナにも同じことをして見せて、ナナから熱烈なキスを頂戴した。

 

 グランパ、ジョセフ、ミミは、お祝いのデコチューをくれた。


 正直に言ってしまえば、私の中では完全回復への道のりの長さが見えてしまって、そこまで喜ぶ気持ちになれなかったが、皆が嬉しそうなので、私の顔も綻んだ。


 こういうのを家族というのではないだろうか?



 **



「スミレ様が領主の座からお引きになったようです」


 ジョセフの言葉に、とうとう来たのかと暗澹とした。


 母は心神喪失状態になったとのことで、東領の執政は父に移った。


 イースティア家の血を引いているのは母だが、父は正式な配偶者として、東領公印の押印権限を持っていた。そして父の個人印章は母のものと同等の権限を持つから、実質的に東領領主と同じ権力だ。


 つまり、東領はもうイースティア家の血筋が治める土地ではなくなったということだ。



「そうですか」


 私は冷静だった。

 母では力不足だと、私にも分かっていた。

 ただ、父が母よりも優れているかと聞かれれば、絶対にそんなことはないと言いきれた。


 私は父のことは殆ど知らない。


 母は領主の正食堂ではなく、子供達用の小さいテーブルが置いてある副食堂で食事をとったし、できるだけの時間を私達と過ごした。


 もともと母子家庭のような状態の家だったが、子供達は帝都に送られ、執政権を奪われ離宮に追い出されたという。


 父は既に新しい奥方を迎えたそうだ。


 アレクシアは、私の動かない方の手を両手で包み、ポタリポタリと涙を落としていた。


 ちゃんと握りかえせるようになりたいなと思った。


 少しは動かせるようになっていたその手が何をしたいのか察して、私の手でアレクシアの手を握らせてくれた。


 優しい子だ。



「偽のミレイユ姫は、ミレイユ姫の雰囲気がありますが、魔力は多くないようです。それが本物のミレイユ姫が偽のシオン公子を演じさせられている理由かと推測します」


 ミミは、通いの侍女として東領公邸に潜入して、色々な情報を拾ってくるようになった。


 初等科の偽者のミレイユ姫は、ルイス皇太子の妃の座の争いに身を投じている。


 外見の「静」のイメージがルイス殿下の「キラキラ」と上手くマッチして好感されているが、魔力が低いことをライバルたちからつつかれているらしい。


 学業成績も悪くないとのことだ。



「シオン公子は見た目が似ていたとしても、魔力が少ないと疑われます。一方、ミレイユ姫は傍系の養子ですから、魔力が少なくても大きな違和感はありません」


 実際のところ、姉の魔力は私には及ばないながらも、そこそこ多い。


 姉上が男装させられているのは、魔力量が多くて、イースティアっぽい顔をしているからという意見には納得だった。



「アレクシア、頼みがあるんだけど」


「何でしょうか?」


 すごく前のめりだった。


「姉上に今の話、教えてあげてくれないかな? 私のことは秘密のままで」 


「シオンはまだミレイユ姫を警戒しているのですか?」


「私がダニエル様を頼ったと知って、自分もそうしたいと言い出すと、東領にとっても、北領にとっても良くないんだ」


「東領にとっても?」


「東領と北領は現在、断交中でしょう? 『北領は東領の公子と姫を人質に取った』なんて理由で挙兵しかねない危うい父が執政なんだ。帝室が相手だったらそこまでのことにはならない」


 アレクシアは、小さくうんうんと頷いている。


「分かりました。頑張ります!」


 大丈夫かな?



 **



「ムリしないでね?」


「大丈夫です。シオン公子とわたくしは敵対関係にあると思われています。わたくしが近づけばみんないなくなるでしょう」


 ふとダニエル様から送られてきた手紙を思い出し、笑ってしまった。


「ふっ。ありがとう。頑張って」


 できるだけ自然な笑顔にしたつもりだったんだけれど、なんかバレた。


「シオン。何ですか? 今、どうして笑ったのですか?」

 

 グランパとナナにも笑いが飛び火して、みんなで笑うのを我慢していたら、泣いてしまった。


 ダニエル様から送られてきた手紙は、学園に潜入している別の隠密の子供から聞いたアレクシアの様子だった。



「光のルイス殿下と闇のアリスティアちゃん!?」


 他の園児に虫けらを見るような目を向けるアレクシアは園児達から魔王のごとく怖がられていた。


 特に例の雷の日に、シオン公子に扮する男装の姉上と仁王立ちで睨みあっていた姿はトラウマ級の怖さだったらしい。



 闇のアリスティアちゃんを怖がっていないのはトーマス殿下と姉上だけだそうだ。


 ダークヒーロー好きのトーマス殿下が友達になってくれて良かった。


 しかし、園児たち目線では、トーマス殿下はアリスティアちゃんの友達だから退治してくれそうにないとガッカリされていた。


 もう「アリスティアちゃんに対抗できるのはルイス殿下しかいない!」と、ルイス殿下は園児たちの期待を一身に背負っているらしい。


 園児たちの中では、姉上ではアリスティアちゃんは倒せないという判定のようだ。

 

 ポヤポヤしてお人好しなアレクシアがそれほどまでに怖がられているのが可笑しくて、どうしても顔が綻んでしまった。


 その話を聞いたアレクシアは、もっと泣いた。



「アレクシア、闇のアリスティアちゃんなんて、最高にかっこいいじゃない?」


 泣き止まないから、私もダークヒーロー好きになるしかなかった。


 泣いている理由は、魔王みたいに思われていることではなく、自分が家族の中で仲間外れにされていることだと分かっていたけれど、誤魔化すしかない。



「ぶほっ」


 折角、いい感じで宥めていたのに、グランパが笑いを堪えきれず台無しにしてしまった。


 アレクシアはとうとう本格的にへそを曲げてナナと一緒に寝室に引っ込んだ。


 翌朝もまだ怒っていて、お見送り時の「家族のご挨拶」を拒否されてしまった。


 アレクシアはちょっと根に持つタイプなんだ。



 園から家に戻ってもまだ元気がなかった。


 学園で怖がられている事をそんなに気にしているのか?


 笑ってしまって申し訳なかったなと思いながら、おかえりなさいのご挨拶をした。


 グランパもナナも元気のない様子のアレクシアを見て同じことを思ったようだった。


 いつもの様に私の右手をマッサージしながら、姉上との会話について報告した。


 どうやら姉上と友好関係を築けていないことに落ち込んでいるようだった。



「アレクシア、それは多分ね、ヤキモチだから、どんなに上手に会話してもダメだったと思うよ」


「ヤキモチ?」


「姉上は、トーマス殿下がアレクシアの事を好きだと思ってるとか、いつも一緒にお話をしていて羨ましいと思ってるとか、そういう感じじゃないかな?」


「それなら一緒にお話をしに来たらいいのに?」


「姉上は男の子の格好をしているから、お姫様みたいなアリスティアちゃんの横に行きたくないとか?」


「ミレイユ姫は本当はお姫様ですものね。わたくし、思いやりが足りませんでした」


「私はダニエル様に女の子の格好がしたいですとお手紙を書いたんだ。『姉上に本物のシオン公子を譲ります。私はミレイユ姫になって、偽者からミレイユ姫の身分を取り返します』って」


「わたくしも男の子の格好をしてみたいです」


 それはダメだと思うから、焦った。


「まず私がやってみて、感想を言うから、それからでもいいんじゃない?」


 アレクシアはこくりと頷いた後、俯いて謝った。

 私も胸につかえていた言葉を返した。


「シオン、怒ってごめんなさい」


「アレクシア、笑ってごめん」


 それから仲直りのハグをくれた。


 私も仲直りのハグを返して、他愛のないおしゃべりをした。


 マッサージの時に座るフカフカチェアは、二人の子供が座っても余裕があった。そこでポツポツとおしゃべりをしていたら、いつの間にか眠ってしまった。


 いってらっしゃいのご挨拶を拒否されてから、一日中ヤキモキしていたから、自分でも気づかぬうちに疲れていたんだろう。


 仲直りは早いに越したことはない。

 肝に銘じた。



 **



 ダニエル様は私の女装を許可してくれた。


 私が女装が嫌じゃなければ、女の子の格好でアレクシアと一緒に動く方が安全だという理由もあった。


 ノーザンブリア史上7人目の「北領の至宝」のセキュリティーは、段違いに高いからだ。


 私は女装が気に入った訳ではないが、アレクシアと一緒にいたかったから女装を続けた。

 思えば、この頃には既に、アレクシアと離れがたいと感じていたんだ。



 **



 私たちの帝都生活は帝室の隠密に調べられたことで終わった。


 グランパは、魔眼持ちで、その界隈では有名な魔眼指導者だ。本物の悪の組織に狙われたこともある隠遁生活のプロだったから、検知は簡単だった。

 怪しいと思っていながら普通の家の様に足を踏み入れた帝室の隠密は迂闊だ。


 目つきの悪いアレクシアは、裏社会の元締めの娘だとも噂されるようになっていたから、いつかは調べられると覚悟していた。


 もし、私がいなければ、正直に「ノーザンブリア家です。アレクシア姫が魔眼の訓練中なだけなのでお気になさらず」とでも言えば良かった。


 でも、私を隠す必要があったから、速やかに退避した。



 アレクシアは姉上だけに挨拶し、ジョセフに回収されたが、姉上からミレイユ姫の個人印章を預かってきてしまった。


 私は姉上がその個人印章をもってトーマス殿下の胸に飛び込むことを期待していた。



 ダークヒーローなトーマス殿下は、か弱いお姫様を守りたい。


 姉上はトーマス殿下のヒロインに最適な状況に置かれているのに、トーマス殿下に頼らなかった。

 母上と血が繋がっているわけではないのに、人に頼るのが苦手のようだ。


 姉上が頼ることが出来ていれば、トーマス殿下の「守ってあげたい欲」がムクムクと沸いて、あの二人は良い方向に進んだのではないかと思う。


 東領には帝室の調査が入り、母上を取り巻く環境も改善したかもしれない。


 テーラ家はイースティア家に恩を売ることができる上、男装していても姉上は美しいから、トーマス殿下にとっては悪くない話のように思えていたから、ガッカリした。


 民の好きそうな恋物語になりそうな状況が全て揃っていたのに……



 人に頼ることが出来ない姉上は、高貴で近寄り難い完全無欠のルイス殿下と互いを高め合っていくタイプなのだろう。


 アレクシアはミレイユ姫の個人印章を私の首に掛けながら、姉上は「不器用だ」と言っていたが、勇気を出してダニエル様に保護を懇願した私から見れば、危機的状況におかれながらも意地を張り通した姉上は、死んでも仕方ないと諦めた。



 **

 

 

 帝都を出た私はジョセフとミミと共に東都イーストールへ向かった。


 グランパとナナは帝都の別の家に移り住んだので、そこでお別れとなった。


 アレクシアはゴードンとカーナと共に一足早く北領に入った。


 非常時なのにみんな笑顔でのお別れだった。


 それがノーザンブリア流なのかと思っていたけど、ダニエル様はあんまりガハハとは笑わないので、カレン様の実家が明るい家族なんだと後で知った。


 ダニエル様は、その頃のアレクシアと私にはあのガハハな雰囲気が必要だと思って、帝都に送ってくれたんじゃないだろうか?



 ジョセフとミミに連れられて、観光客家族を装ってアチコチ寄り道しながら、東都イーストールについた私達は、私の実家イーストール城に侵入して、東領公印一式を盗み出した。


 初めての黒装束でドキドキしたけど、やったことは避難訓練の逆だから、特に難しい侵入ではなかった。

 アレクシアは、この時、一緒に連れて行ってもらえなかったことをずっと根に持っていて、この5年後、姉上の救出の為にイーストール城に潜入する際、私を連れて行かなかった。

 根に持つタイプは、厄介だ。

 


 それから私達は帝都に戻って、盗んだ印章類をテーラ宮殿の庭に放り投げた。


 帝室が怪しんで東領を調査してくれると期待していた。


 自分からはトーマス殿下の胸に飛び込めない姉上も、トーマス殿下から手を差し伸べられれば、恐る恐るでも手を取るだろうと期待していた。


 しかし、何一つ期待通りにならなかったばかりか、帝室はほぼ無条件に何の調査もせずに新しい東領印を承認したように見えた。


 この時、私は帝室に期待することを止め、東領を捨てた。



 私達は、再び観光客家族を装って、アチコチ寄り道しながら西領に入り、のんびりと北領西端のサファイア宮殿に入った。


 北領の至宝の一人、サファイア姫のための離宮だ。



 ダニエル様とカレン様が待っていてくれて、アレクシアは6才になるというのに、まだダニエル様に抱っこしてもらっていた。


 子ザルみたいに手足を広げてしがみつく抱っこスタイルで、はしたないことこの上ない。


 でも、ちゃんとしないといけない時には、姫らしく振舞うことができるし、魔王の娘と思われるぐらいの威厳があるのだから、普段はアレクシアっぽく過ごしていてもいいと思うようになっていた。


 私もかなり甘やかすタイプなんだと思う。



 それから、北都ノーザス近郊のだだっ広い土地へ移動して、アレクサンドリア宮殿の起工式を行った。


 ノーザンブリア家の宮殿の起工式は、宮殿の中央玄関となる場所の下に姫の名前が書かれた石碑を埋める。



「最も人に踏まれる場所に自分の名前を埋めて、踏んづけられ競争をしているそうです」


 アレクシアは、そう言いながら笑いのツボに入っていた。



「訪れた人たちにいちいちご挨拶のキスをするのは面倒ね。踏んづけられてあげるからそれで勘弁してって意味なんだよ」


 ダニエル様の説明は訳が分からなかったけれど、この一族のご先祖さまだ。

 そういう発想の姫がいてもおかしくない。


 玄関から入るだけで、姫にご挨拶したことになる仕組みらしい。


 呆れ気味に「理解できない」と首を振る私を見て、ダニエル様、カレン様、アレクシアが爆笑していた。


 よく笑う家族だ。


 

 姫の名前の石碑の上に玄関を作るから姫の名前は見えなくなる。

 姫の名前を見ながら踏んづけるわけじゃない。


 それでも、私は北領の城や離宮に入るときは端っこを歩くようになった。

 心の中でそれぞれの姫にご挨拶するのも忘れないようにしている。


 アレクシアは端っこを歩く私を見ると笑顔になるから、まぁいいかと思っているし、自分だって端っこを歩くクセにと思うと、私も笑顔になる。


 この意味が分からない伝統のお陰で、アレクシアと私は常に笑顔で離宮に足を踏み入れることができるし、姫達から笑顔で迎えられているような気持ちになるから悪くない。


 そして、今になってようやく気付いた。


 ダニエル様とカレン様が亡くなった後、私達が笑わなくなっていたことに。


 私達の笑顔はダニエル様の配慮と努力の上に成り立っていたことを痛感した。


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