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シオン2

「シオン、ありがとう。君の情報のお陰で私たちはすぐにカールの胃の洗浄を行えたんだよ」


 目が覚めたら私はノーザンブリア家の離宮の1つにいた。

 北領の東、東領との領界からも遠くないガーネット宮殿だ。


 北領領主のダニエル様が駆けつけてくれ、まず最初にお礼を言われた。


 私は信じられなかった。


 ノーザンブリア家は、イースティア家の内部抗争に巻き込まれたというのに、お礼を言われた。


 これが「友好的」というものなのだろうか?



「カール公子は?」


「まだ気が立ってるけれど、もう少しで薬が抜けるだろうと、魔法医が言っていた」


「魔法医?」


「魔法による怪我を治す医師だよ。ウチにいたのは精神攻撃を治癒する専門じゃないから、今、ツテを使って探して貰っている」


「あの、助けて頂いてありがとうございます」


 私は起き上がろうとして手を着こうとしたが、上手く動かなかった。


「君が大洪水を呼んで、あの一帯は流されたんだが、君は北領側に倒れていた。蘇生が間に合って良かった」


「北領にも被害が? 申し訳ありません」


「いいかい? これは君が悪いのではない。君に薬を飲ませた者が悪いんだ。君が謝ってはいけない。それにカールが東領にもたらした被害の方が遥かに甚大だ」


「東領にも被害が……」


 ダニエル様は険しい表情で頷いた。


「君の洪水は北領と東領の半々ってところで、カールの雷は避暑地に壊滅的な被害をもたらした。今回の被害は東領側に集中しているんだ」


 私が呼んだ水は単発だった。

 水の球が巨大すぎて洪水になったが、流れてしまえば終わりだ。


 私の身体はその巨大な水の塊に持ってかれたが、途中で置いて行かれた。

 私は運が良かった。

 北領側で落とされた。

 被害状況を調査に来た北領兵に発見されて心肺蘇生を受けたそうだ。


 水の塊は低いところを探して最終的には川と合流した。


 川まで持って行かれていたら死んでいたかもしれない。


「北領の他の皆様も無事ですか?」


「そうだね。娘の状態が思わしくない以外は、無事だよ」


「アレクシア姫が......」


 アレクシアは打撲が炎症を起こして高熱を出した。


 ノーザンブリア家は速やかに分散を開始していて、カール様、アレクシア、私はそれぞれ別の離宮に、奥方のカレン様がノーザス城に戻っていた。


 ダニエル様は前日にアレクシアから私が常々毒を盛られている話を聞いていたから、私を発見した後もイースティア家に連絡するのは控えて私の目覚めを待っていてくれた。


 その時点で大水からまだ2日目だったので、北領内で私を発見したとイースティア家に連絡しても不自然ではない時期だったが、私はエドワード様に懇願して北領に隠して貰うことになった。


 母の元に戻っても毒を盛られ続けていつかは殺されてしまう可能性が高かった。



 両家の交流会は挨拶もなく双方即時避難行動に移った後、まだ連絡を取っていない状態だった。


 私の状況を私の口から説明した後、ダニエル様は東領との領交断絶を決めた。


 私を守るためだ。


 下手に交流を再開してイースティア家の使者を北領に入れるリスクを避けた。



「シオン、遠慮する必要はないよ。今のイースティア家とは対話ができないのだから、断交するしかない。シオンがいても、いなくても」


 ダニエル様はこの件について帝室に報告し、向精神薬の規制に関する請願書を出した。


 東領北辺で起きた大規模な雷撃と洪水は「狂化薬」による北領惣領カールと東領惣領シオンの魔力暴走であり、危険な薬物なので規制を作って欲しいと。


 しかし帝室は動いているようには見えなかった。


 帝室がようやく規制について検討を始めたのは、この4年後、皇太子ルイスが「魅了薬」の被害にあった後だ。



 私が雷撃麻痺を患っていることに気付いたダニエル様は、アレクシアがいる離宮に連れて行った。


 カール様のいる離宮には精神魔法を解く「魔法医」を、アレクシアの方には打撲治療の「整形外科医」をつけていたからだろう。



 その流れでノーザンブリア家の分散の際には、この時に私のリハビリの手伝いを覚えたアレクシアと共に動くことになった。


 私の「凶化薬」の解毒が終わっていないと判断されていれば「魔法医」の方で、カール様と共に行動することになっていただろうと思うと、運命とは不思議なものだと思う。



 再会したアレクシアは、青あざが黄色くなって気持ち悪いまだら模様になった頃だった。

 私も水に流されたときに出来たのであろうと思われる打撲痕が同じ様に黄色くなっていた時期だったので、お揃いだった。


 酷い状態なのにケロッとした顔で登場したアレクシアに思わず笑ってしまったら、アレクシアもつられ笑いしていた。


 ぽやぽやしている姫も悪くないなと思った。



 アレクシアと私はそれからすぐに帝都に分散することになった。


「北領の姫アレクシアに3つの隠密ミッションを命ず。シオンもサポートを頼むよ。いいかい?」


「「はい」」


 その時、アレクシアと私は初めての隠密ミッションをダニエル様より授かった。


 一つ目はアレクシアの魔眼修行だった。


 魔眼は魔力を見たり、魔紋の読み書きをする技術で、ノーザンブリア家では姫に魔眼を覚えさせようとしたことはないが、これをマスターすると凶化、混乱、睡眠、魅了などの精神魔法が見えるようになる。

 但し、魔力の介在しない純粋な薬物による精神攻撃は見えないから、完全ではない。


 アレクシアは俄然やる気になっていた。


 私も魔眼修行を希望したが、却下された。



「シオンは頭が良すぎるから、もうちょっと大きくなってからだね。頭のいい子供に教えると心が壊れちゃうんだ。だからカールもまだだよ」


 微妙な答えに、微妙な表情をしていると、アレクシアが私を見てバカウケしていた。

 ダニエル様も愛おしそうにアレクシアの頭を撫でながら笑いを堪えていた。


 アレクシアは自分が頭が悪いと言われていることが分かっていて、反応に困っている私を見て笑っているのだ。


 ダニエル様とアレクシアはちょっと攻めた冗談が好きだった。


 

 二つ目は帝立学園の幼稚舎への潜入調査だった。

 危険すぎる。


 アレクシアは、アリスティア・ポラリスという偽名を貰った。

 平民のお金持ちのお嬢さんという設定で、父親役はジョセフで、母親役はミミ。


 ジョセフは北領侯爵家の四男、ミミは別の北領侯爵家の二女で、二人は本当の夫婦だ。


 継ぐ家もないから、ノーザス城の文官になった後、隠密修行を受けて隠密になった。

 作戦行動を共にするうちに想い合うようになり、結婚に至ったそうだ。


 保護者役が双方高位の魔術師とは言っても、ぽやぽやのアレクシアに隠密活動をさせるのは不安すぎる。

 私はこの時も自分が行きたいと希望した。



「シオンはイケメンすぎて目立つからダメだよ」


 またこのパターンだ。


 アレクシアはダニエル様に抱き着いて、お腹に顔を埋めて肩を震わせて笑っていた。


 ダニエル様はまたもや笑いを堪えながら、アレクシアをこしょこしょとくすぐって自分から剥し、アレクシアが爆笑している顔を私に見せた。


 あんぐりとしている私の顔を見た、アレクシアは笑いが止まらなくなった。


 全く姫っぽくない。

 めちゃめちゃ甘やかされていた。


「でも、それだけじゃないよ。偽者のシオン公子が幼稚舎に現れたんだ。本物が出て行ったら危険だ」


 偽者のシオン公子?

 母上は何を考えているんだ!?

 笑っている場合じゃない。

 


「東領惣領のシオン公子が帝都に出たのはこれが初めてだからね。皆んな偽物が本物だと信じているよ。疑う理由がないからね?」


 

 幼稚舎に潜入調査を入れる理由は分かった。

 それに、私が出ていけない理由も分かった。


 でも、アレクシアじゃない子でもよいのではないか?



「イースティア家には既に別のシオンがいるなら、このシオンはうちの子でいいよね? ようこそノーザンブリア家へ」


 ダニエル様はそう言って、私の唇にチュッとした。


 私がこれ以上はないほどギョッとして、後ずさったら、アレクシアはまた大笑いした。


 そして、引き笑いしながら「ようこそ、シオン」と言うと、必死に笑いを堪えて、私の唇にチュッとした。


 それがノーザンブリア家の「家族のご挨拶」だった。



「最後のは、君が『アレクシア姫』として自分で見極めないといけないミッションだよ?」

 

 3つ目のミッションは、アレクシアの婚約者候補トーマス・テーラとマイクロフト・テーラの人物評価だった。


 アレクシアの婚姻に先約があるというのは、本当だった。


 アレクシアが生まれた時点ではルイス皇太子しか生まれていなかったため、婚約はその二人の間で結ばれたが、ダニエル様はこの婚約は破談になるか弟たちに差し替えられるだろうと予想していた。


 確かに未来の夫はアレクシアが自身の目で見極めないとならないだろう。


 こうして、誰一人かけらも似ていない疑似家族が密かに帝都入りした。

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