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【閑話】兄の顔のカール

「テーラ宮殿の庭園を巡りたいんだが、いいか?」


 週末、カールとマチルダ姫がテーラ宮殿に遊びに来た。


 正確に言えば、宮殿の厨房でマーマレード作りをするマチルダ姫をカールがエスコートしてきた。

 マメな男だ。


 婚約するまで全く女性の気配がなかったのに、いざ婚約者が出来てみると、どこへ行くにも必ず送り迎えをする理想の婚約者らしい。


 私の記憶にないほど幼い頃、私がアデルロスの反動で弟たちをバカかわいがったとマイクロフトが言っていたが、カールこそアデルロスの反動でマチルダ姫を構い倒しているんじゃないかと推測している。



「シオンは元気にしているか?」


 イースティア家のシオン公子は、5才の時からノーザンブリア家で匿い育てられてきた。


 男装させられている姉ミレイユ姫にシオン公子の座を譲るため、自身はずっと女の子の格好をしていたそうだ。


 ちょっと意味がわからないが、「南領の乙女」という二つ名を貰った有名な美少女だったとアデルが自慢げだった。



「実はあまり良く知らない。私は寮に入っているから。母上がいろいろ頑張っているみたいだけど……」


「ああ。ソフィア妃は、シオンの為にテーラ宮殿に戻ってくれたと聞いた。感謝している」


 マイクロフトの話では、カールは母上のことを嫌っていると聞いたが、表に出さないだけなのか、氷が解けかけているのか、口調から嫌悪感は感じない。



「伝えておくよ。シオン公子とは親しかったの?」


「そこまででは、ないかな。私は弟が出来たようで嬉しかったんだが、彼は『アレクシア姫』に懐いている。愛していると言った方が近いかもしれない」


「!!!」


 マイクロフトは、彼がライバルだと言って気が立っていたが、どうも本当らしい。



「でも、彼はアデルが作った『アレクシア姫』像しか知らない。アデルにとっては一番親しい『よその人』なんだ。両親が生きていたら彼は本当の意味で『うちの子』になっていたかもしれないことを考えると、可哀想に思うことがある」


「ちょっと意味が分からない。『アレクシア姫』像って、どういう意味?」


 よその人とか、うちの子とか、抽象的すぎるし。



「簡単に言えば、私の妹『アデル』はプカプカ浮いている大魔法使いだ。『アレクシア姫』はアデルが理想とする北領の姫だ。あの子を『アデル』だと知っているのが家族で、あの子を『アレクシア姫』だと思っているのがよその人だよ」


「それ、分ける必要があるの?」


 ややこしくない?



「アデルが本来の姿に戻ってよい時間を作っているんだ。アデルが『アレクシア姫』を演じるにあたって最も苦労していることは何だと思う?」


「9才の時点で既に何でもそつなくこなしている印象だったよ?」


「二足歩行だよ。アデルは歩くことがとても苦手だ。ダンスは猛特訓した。アデルがクリス卿にダンスの相手を頼んだのであれば、それは大きな信頼の証だ。リフトすれば重さがないことがすぐにわかってしまうからね」


「やっぱりあいつがライバルだったんじゃないか!」


 シオン公子よりもクリスの方が強いじゃないか!

 しかも、クリスはあの子のことをアデルと呼んでいる!!

 住んでる場所も、知っていた……


 クリスは家族同等なのか!?


 はっ。そうだった。

 私と出会う前から「本当の兄様」なのだった。


 家族だ。

 家族。

 ううっ。


 怒ったり、凹んだりしている私を見たカールは、楽しそうな表情だ。

 憎たらしい。



「ふっ。君は軸がブレないね。でも本当に助かったんだ。ルカの話では何曲か踊るとへたり込んでいたそうだ。あれは浮いてしまいそうな時に地面に手で触れて場所を確認しているんだ」


「ああ、それで、クリスはアデルがへたりこんだら椅子までエスコートしてやっていたのか? つまり知ってた?」


「アデルはわからないと言っていた。言葉にしないでさりげなくフォローしてくれるところが信頼の源泉なんじゃないのか?」


「もし知っていて、あんなに躍らせていたんだったら、あいつ鬼だな」


「ははっ。アデルは鬼教官だと喜んでいたよ。私はあの子に甘いからね。ダンスには付き合ったが、連続で踊るなんて考えたこともなかった。あの子が無事に学園生活を体験できたのは彼のお陰だ。本当に世話になった」


 そう言った時のカールが実に兄っぽい表情で、ちょっと笑った。



「シオン公子は、ノーザンブリア兄妹と共に育ったけれど、アデルのことを教えてもらえるほど近しくならなかった?」


「私もアデルも彼のことをとても大事に思っているよ。だからこそ適切な距離を意識したんだ。それに分散して暮していることが多かったから、一緒に過ごした時間はさほど長くない」


「分散? ああ、週に一度のチェスって言うのは、そう言うことだったのか……」


 11才の頃の私は、別な風に想像していた。



「アデルの分散先は、フレデリック様とレイチェル様の家だよ。養子の話は聞いているか?」


「えっと、『兄様もわたくしも家族付きの戸籍をいくつか持っています』とか、『黄緑色の髪の紳士の娘の戸籍を持っています』とか、言っていたよ。『ノーザンブリア家は生き延びるのが第一命題』だっけ?」


 マイクロフトから聞いた話は内緒だ。

 カールは眉間をグリグリして、悩まし気だ。



「あの子には困ったもんだな。おふざけはほどほどにするように叱っておくよ」


 アデルはどうやら叱られキャラらしい。


「ん? そう? ありがと。私をからかうのが生き甲斐になっているみたいだから、いいんだけどね」


 あれ?

 なんか、気の抜けたポカーン顔をされちゃったんだけど、なんで?



「君はのんきだな。マイクロフトはシオンから手紙が来て、『愛の重いアデル』について知っていることを教えて欲しいと頼まれたそうだ」


「ああ。君が嬉しいキャラ付けしてくれたんだよね? ありがと!」


 カールは今度はこめかみをグリグリしている。

 なんか頭の痛いこと、言った?



「それでだな。今日はシオンに『アデルはそっとしておいてやってくれ』と頼みに来た」


「シオン公子は、アデルが『アレクシア姫』だと気付きつつあるんだね?」


「マイクロフトは、シオン公子の誤解を使って自分が『アレクシア姫の婚約者候補』の囮になって陽動するなんて言い出してな。それは止めたい。だが、私は権謀術数は得意ではないので、君に補助してもらおうと思ってな。ほら、来たぞ。よろしく」


 反対側からリリィ姫とシオン公子が歩いてくるのが見えた。



「カールよ。打合せなしでやるのか?」


「なるほど。普段は打合せをするのか? すまん。嘘をつかない範囲で攪乱するから、そのつもりでいてくれ」


 いやいや。

 ぶっつけ本番なのが、素人っぽい。


 がんばるよ。

 うん。


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