第十九話 魔性の美女八人の甘い罠
織畑正義は、茜咲京子が早乙女紗央莉にしていた耳打ちが気になった。
魔性の美女が三人になったのかと勘繰る正義だったが、のちに大外れになる。
この大きなホテルのスタッフには、男性スタッフが見当たらない。
着物姿の女たち二十人が玄関の両側に整列していた光景に、不自然さを覚える正義の予感が正しいと、後で知ることになる。
何かがおかしいと、正義の直感が伝えていた。
紗央莉、沙月、正義の三人は露天風呂がある客室に案内される。
臀部の大きな仲居が先導して、正義は仲居の真後ろを歩いていた。
不慣れな正義は、仲居の臙脂色の着物の後ろ姿を、無意識にチラ見していた。
「正義、お前な、何処見て歩いてんだ」
「紗央莉さんより綺麗な大きなお尻の女性が物珍しくて・・・・・・」
と、正義の言い訳に、前にいた仲居が振り返った。
アラサーくらいに見える小顔美人の仲居が、正義に見えるように、着物の裾前を膝の高さまで両手で持ち上げた。
正義の視線が釘付けになるのを確認した仲居は、面白半分に着物の裾を股間の付け根近くまで更に引き上げ、笑っていた。
真っ白な素足から覗く太腿を見て、正義は生唾の音を立てた。
しまったと思ったと思った時は遅かった。
「私で良かったら、
ーー 今夜、お相手しますわよ。
ーー ここでね、お兄さん」
仲居は正義の手を持ち、自分の股間の付け根に当てた。
正義は驚いて手を引っ込めるのが精一杯だった。
正義がたじろぎ、何も返せないでいる姿を見た紗央莉が言った。
「正義、いくら童貞君でも言い返さないとダメよ」
紗央莉が言葉に沙月も反応する。
「そうよ、正義さん、姉さんの言う通りよ。
ーー 正義さんの貞操は、私たち姉妹が守るわ」
「沙月さんまで、応酬ですか」
「正義が屁っ放り腰だからだ」
「俺、そんなに及び腰に見えますか」
「正義、ここで野球拳するか」
「紗央莉さん、めちゃくちゃですよ。
ーー 出来る訳ないじゃないですか」
仲居が紗央莉たちに声を掛けた。
「童貞君と野球拳ですか。
ーー 是非、私も参加させてくださいませ」
仲居が慣れた口調で応酬しながら、正義に素足を見せた。
正義は、夜を待たずにホテルの長い廊下で淫乱女の餌食にされそうだと悟る。
正義の心を見透かすように、仲居が正義を観察している。
「本来、チェックインの時間じゃないですが・・・・・・。
ーー お嬢様の指示がございましたので中へどうぞ。
ーー こちらが、天狗の間の上がり口になります。
ーー 内風呂と外風呂がお部屋と繋がっています。
ーー お風呂は、いつでもご利用頂けます」
「ありがとうございます」
紗央莉が仲居に丁寧な挨拶を返した。
紗央莉、沙月、正義は、仲居に案内されて座敷に上がる。
大きな座卓の前にある赤い座布団の上に座った。
正義は訝しげな表情になって、紗央莉の企みを詮索していた。
沙月は、正義の表情を見て、含み笑いを隠すのに苦労している。
仲居が急須にお茶を入れている。
三人が座っている座卓の上に湯呑み茶碗を置いた。
仲居は正座姿で両手を身体の前に付き、深々とお辞儀をした。
仲居の仕草を見た正義は、再び仲居の臀部に釘付けになっている。
誘惑慣れした仲居が天狗の間を出て行き、正義はほっとして肩を撫で下ろした。
天狗の間の呼び鈴が押されて、紗央莉と沙月が上がり口に行く。
正義の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
京子を先頭に紺色の和服姿の女性三人が入って来た。
「あら、正義さんじゃないですか」
春子が言うと陽子も続いた。
「あっ・・・・・・」
正義の声が裏返っている。
「正義、屠殺場の鳥のような声は、ご婦人方に失礼だぞ」
紗央莉の応酬に、沙月が大声を出して笑い出す。
春子、陽子、京子もくすくすと笑い出した。
正義は、坊主頭を掻いて照れを隠すのが、精一杯だった。
正義は、京子の耳打ちを思い出し納得する。
けれども、まだまだ何かあるぞと考える正義だった。
京子が説明を始めた。
「今更なんですが、
ーー 私たち三人は姉妹なんです」
「ええ、京子さん、気付きませんでした」
「私が、長女の茜咲京子で、
ーー 陽子が次女、春子が三女なんです。
ーー 今は、そういう言い方しないそうですね」
三女の春子が正義を見て言った。
「京子姉さんがね。
ーー 今夜の正義さんのお相手をして上げなさいと言うのよ」
「春子、私も姉さんから言われているわよ」
と陽子が言う。
正義は壮大な陰謀の渦中に、落とされたことに気付き始めた。
春子と陽子が先程の仲居を呼ぶ。
仲居が他の仲居二人を連れて来ていた。
ホテルの浴衣を三着持っている。
仲居に衣服を剥ぎ取られ、下着一枚の半裸にされた正義に、別の仲居が紺色の浴衣を正義の身体に当てた。
もう一人の痩せた仲居が正義の腰に手を当て角帯を締めた。
このホテルの決まりで男性客の着替えは仲居がすることになっていると、京子があとで正義に説明した。
紗央莉と沙月は、その様子を見て、また笑い転げた。
流石に特急電車の中のワンカップ酒の酔いでは無い。
正義は、女たちの前で半裸の見せ物にされた気分になった。
紗央莉と沙月、三人姉妹、三人の仲居の八人の美女に見られたのだ。
しかし、正義の理性が暴走することは無かった。
正義の性格は、紗央莉の口から三人姉妹に鶴巻温泉の女湯で京子に伝えられていた。
京子が口を開いた。
「うちのホテルの仲居は、全員コンパニオンも兼務しているのよ。
ーー 私たち三人姉妹もよ。
ーー でもね、エッチは禁止なのよ。
ーー ただ、ケースバイケースよ」
陽子も続く。
「姉さんの言う通りよ。
ーー ピンクコンパニオンはしないのよ」
春子も応酬する。
どうみてもターゲットは正義だった。
「姉さんたちの言うようによ。
ーー 操を安売りはしないわ。
ーー ただ、食べたい時は別腹ね」
仲居三人が続いた。
「天狗の間の今夜の担当は、私たち三人と三人姉妹のお嬢様よ」
正義には、なんとなく、嫌な予感の的中を感じている。
まだまだ、夜には遠い時間、正義は三人姉妹の案内で、石和田温泉街を案内される。
三人の仲居も一緒だった。
紗央莉が正義に言った。
「正義、今夜は逃げ場ないな。
ーー 可哀想とか同情とか言わんぞ」
「姉さん、正義さんが童貞君と決別できるのだから、
ーー 赤飯が必要になるわよ」
夕焼け空に遠い時間、正義は、終始顔を赤くしている。
浴衣姿の正義は、八人の美女を引き連れて歩いていた。
すれ違う男たちが振り返る。
正義は、夜が来ないことを祈った。
「美女の生贄だな、正義」
紗央莉の声がいつもと違っていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです。
投稿後、追記と脱字を修正をする場合があります。
三日月未来