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To my dear father  作者: タブ﨑
chapter 2 ◇自己矛盾
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◇chapter 2-1

 アイリーンが初めて外に出た時の反応というのは今までに幾度か思い浮かべた事がある。

 ただひたすらに空を眺めるか、それとも風の音に首をかしげるか。

 もしかしたら無反応という事もあるかもしれない。

 そういった風に、いつかアイリーンと共に青空の下に出て反応を見る事が僕にとっての"楽しみな事"の一つになっていた。

 しかし実際の反応はどうなのかというと──


「しろ、あお」


「……正解。今日も良い天気だね」


 ベランダから空を見た彼女は物を見て色を言い当てるという遊びを始めたのだ。つまる所、普段と何も変わらない反応だ。

 リミッターの改良から今日までの七日間、長期の起動が容易になったため僕はひたすら彼女に声をかけてみたり、絵本を買っては読み聞かせたりしていた。その結果アイリーンの言語能力や思考能力はちょっとだけ成長した。覚えた物の数が増え、そしてそれらの記憶と見た物を照らし合わせて判断するという事が出来るようになったのだ。

 嬉しいと言えば嬉しいのだが、観る事を楽しんだり景色に感動するような情緒はまだ発展途上のようで少しだけ残念に思った。


「ティズさん、こちら準備出来ました」


 今回打ち合わせをする研究者の女性が室内から声をかける。

 

「あ、はい。 ……行こう、アイリーン」


「いこう」


 遠くを見つめるアイリーンの手を引き、室内へと戻った。

 リミッターの改良から七日が経った今日。僕はリズウェルに連れられて研究施設に訪れていた。といっても到着して早々彼女とは別行動になってしまったのだが。

 彼女は彼女で他の用事があったのだ。そんなわけで到着してからはこの研究者の女性"エルセ・J・レーリー"に案内をして貰っていた。


「そこにお掛けになって下さい」


 柔らかい笑顔で椅子を指す。

 お言葉に甘えてそこに座ると、アイリーンが確認をするように椅子を指差した。


「いす?」


「そう、椅子。お座りしようね」


 隣に置かれたもう一つの椅子を示すと彼女は促されるままに腰を掛けた。


「……あの、他の方は?」


 綺麗で広い研究室には僕とエルセ以外に人の姿は無い。

 この研究室について深くは知らないが、机の数からして彼女一人で研究をしているなんて事は無いはずだ。


「会議に行っているんですよ」


「会議?」


「ええ。リーゼ…… リズウェルさんとここの研究者とで、今後どのような研究をしていくべきかって議題です」


 ふと、この前のリズウェルとの会話を思い出した。

 もしかしたらこの会議を控えていたからあんな質問をしたのかもしれない。

 あの時僕は『エネルギー効率を向上させるべき』という意見を言ったが、研究者たちはどのような意見を出すのか少しだけ気になった。僕の意見が的外れでないと良いのだが。


「さて、ではそろそろ私達も始めましょうか」


 二人分のコーヒーを淹れたエルセが正面に座る。

 その表情を見て反射的に背筋が伸びた。周りが静かすぎて緊張してしまう。隣に座るアイリーンは机の上の物を見つめたまま黙り込んでいる。初めて見た物が多くて何と形容すれば良いのか分からないのだろう。


「そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。面接じゃありませんから」


「は、はい……」


 感情を見抜いたエルセが笑顔を見せた。

 良くも悪くも僕は態度に出すぎてしまうようだ。


「じゃあ先にアイリーンさんのデザイン画を見せて貰いましょうか。リズウェルさんから大まかには聞いていますが、細部などは今一度改めて確認をさせて頂きます」


「はい」


 鞄から記憶媒体を取り出しエルセに手渡す。

 コンピューターのスリープを解除して媒体を差し込むとすぐに内容が読み込まれた。僕が使っているコンピューターよりもかなり動作が早い。

 出てきたファイルを展開すると、画面に僕の書いたアイリーンの姿が表示された。


「……かわいい」


 数秒見つめたエルセが小さく呟く。

 そして拡大縮小を駆使して全体から細部までのデザインを注意深く眺め始めた。


「この髪型、良いですね…… デザインが良いと研究者たちの士気も上がるんですよ」


 画面を注視したままエルセが話し始めた。恐らくは彼女自身もそうなのだろう。


「髪型はティズさんやアイリーンさん自身が結って頂く形になりますが、それでもよろしいでしょうか」


「あ、あー……」


 肝心な所を失念していた。

 実際の髪の毛のようにしなやかである分、動き回れば当然髪の毛は乱れる。メンテナンスの度に結び直さなければならないだろう。


「はい」


 思考の途中だというのに気持ちが焦って反射的にイエスが出てしまった。

 だが三つ編みの結い方はアイリーンのボディが完成するまでの間に十分な練習ができるだろうから大丈夫だろう。


「ではデザインの確認はこの辺にして…… 次のスライドは武装ですね」


 マウスを操りスライドを進める。

 次に映ったのは僕が格好いいと思う要素を詰め込んだ武器の数々だ。

 リズウェルは『不可能ではない』といった風な事を言っていたが、実際はどうなのだろうか。


「これが…… ふむ」


 事前にリズウェルが伝えた話の殆どはこのスライドの内容に関する事だろう。

 実際にアイデアを目の当たりにしたエルセは前のスライドの時とは違い、画面を見つめたまま考え込むように椅子の背へと身を倒した。

 思考を邪魔しないように黙って待つこと数分、満足そうに頷いた彼女がこちらを向いた。


「このギミック、良いですね!」


「え?」


 『腕が外れて変形、そのまま遠隔操作で操る』というイメージ図を指差す。


「実現は簡単ではないでしょうが、不可能ではありません。変形に関しては過去にも研究が行われていました。その資料も残っています」


「本当ですか!」


 エルセからも同様の言葉を聞けて少し安心した。


「ええ。遠隔操作の研究には少々お時間を頂くことになりますが…… ここの研究者たちであれば張り切って取り組んでくれるでしょうね。この少年心をくすぐる感じ、魅力を感じます」


 思ったよりも好感触だ。

 楽しそうな表情を浮かべたエルセは更に言葉を続けた。


「そうだ、それぞれの武器はアイリーンさんの元から離れても独立して動作できる機械にするのはどうでしょう。"アイリーンさんの付属品"にするのではなく、"アイリーンさんに接続できる武器"という形式にするんです。他の者にも使えるようにすれば色々と前略の幅が広がりそうですし」


「……制作コストとかは大丈夫なんですか?」


「国防に関わる事でケチケチしてはいられません。未来への投資ですよ」


 言葉遣いは普通だが、鼻息は興奮を隠しきれていない。


「あと単純に格好良いですからね。まさに次世代のワルキューレ! って感じで」


「そう、ですか」


 興奮気味にアイデアを書き留めてゆく。

 まさかここまで乗り気になって貰えるとは思っていなかった。


「では武装のアイデアはデザイン画の通り腕の変化・遠隔操作という形で進めて参りますが、よろしいでしょうか。変更したい点などはありませんか?」


「大丈夫です」


「うん、じゃあ当面の間は今回お話した事を基に研究を進めて参ります。途中途中で進捗の報告や打ち合わせとしてご連絡をさせていただきます。これからよろしくお願いしますね」


「はい。よろしくお願いします」


 笑顔で頷いたエルセがメモ書きをクリップボードに挟んだ。


「最後に、研究を始めるにあたってそちらに居るアイリーンさんは今日からここで暮らす事になりますが──」


 僕の隣に座るアイリーンを示す。

 この子は正式にはアイリーンのデータを複製して生まれた子だ。言わばボディの研究のために生まれたもう一人のアイリーンである。


「よろしいですね?」


「……」


 思わずアイリーンの方を見た。対するアイリーンは何も分かっていないような表情でこちらを見つめ返した。

 何故だか心に靄がかかったような気分になった。

 コピーであっても、今までの記憶を持っている事に変わりは無い。彼女には自分がコピーである自覚なんて無いのだ。


「……その」


 急激に脳を冷やされたような感覚に陥る。

 今のアイリーンは自らの意思を伝える事が出来ない。僕は今そんな状態の子を『研究の為に』と第三者へ引き渡そうとしている。

 "人と同じ"を目標としてアイリーンを生み出したというのに、これではまるでただのデータを扱っているみたいではないか。


「……エルセさん、研究が終わった後この子はどうなるんですか?」


「未定です。我々研究員で育ててみたいというのが本音ですが…… そこは要相談ですね」


 エルセが笑顔で答えた。


「……」


 全てを軽視していた事に気が付いた。この子もちゃんとした一つの人格を持っている。物なんかじゃない。

 今改めて考えて、そこまでしてやっと気付く事が出来た自分を殴りつけたい気持ちが溢れ出す。


「もしかしたら育てるまでもなく色々と学習してくれるかもしれませんね。研究が終わる頃にはもう普通に喋ったり、普通の人間と大差無い情緒を身に着けているかも」


「そう、ですね」


「……どうしました?」


 それまで思いを馳せるように天井を眺めていたエルセが僕の顔を見た。

 今この場で答えを出さなければならない。ここは反省や後悔を独白する場ではない。僕は見学者や代理なんかではなく、アイリーンを生み出し育ててゆく一員としてここに座っているのだ。

 泣き言を言っては多方に迷惑がかかる。


「いえ、今日からこの子をよろしくお願いします。 ……研究が終わったら、この子自身にどうしたいか訊いてみようと思います」


「分かりました」


 嘔吐しそうになる程の自己矛盾に苦しみながらも決断を下すと、エルセは深く頷いた。


「研究者一同、愛を持ってこの子に接すると約束します。ご安心を」


「……ありがとうございます」


 開いていたスライドを閉じたエルセが記憶媒体をこちらへと手渡す。データのコピーが終わったのだろう。


「これで一通り話すことは話せましたね」


 そう言いながらコーヒーを啜る。


「今日はありがとうございました」


「いえいえ、私達としても久々の大仕事でワクワクしているんですよ!」


 まるで子供のように目を輝かせたエルセがアイリーンを見つめる。

 その眼差しを見ていると、何故か咎められているような気分になった。


「……この子の分のボディも勢いで作ってしまいそうなくらいですよ、本当に」


「……え?」


「ねえ、ティズさん」 


 笑みを浮かべたエルセが文字通り前のめりの姿勢で接近してきた。


「貴方とこの子さえ良ければ、この子もワルキューレにしてあげたいと思っているんですけど、どうですかね!?」


「え、え……」


 こちらが戸惑っているとエルセは更に言葉を続けた。


「我々研究者一同がワルキューレとしてこの子を育て上げるんです!」


 力強いその眼差しには確かな決意を感じた。遊び感覚で言っている訳ではないのが分かる。

 だが、どうするべきなのだろう。この子の未来をエルセに任せるという事は、僕自身が責任から逃げる事になるのではないか。

 コピーを作ってしまったという責任から。


「……」


「今からそんなに重く考える必要はありませんよ。先程ティズさんが仰ったように、全ては研究が終わってからの事。この子が自分の意思を伝えられるくらい成長して、そしてワルキューレになる事を望んだ場合の話です」


 どちらにしても一旦この子にはここで過ごしてもらうという事に決まったのだから、今この段階で僕にできる事は何も無い。

 思い付く事と言っても意思を尊重するという事くらいだ。この子が望む未来を歩ませるのが生み出した者としての責任だろう。


「……分かりました。ではこの子が望んだとしたら、その時はエルセさんにお任せします。よろしくお願いします」


 心に残った大きなモヤモヤを払うようにエルセを見つめると、彼女は少しだけ考えるように僕の瞳を見つめた。


「……はい。その時は素敵なワルキューレに育て上げて見せます」


 エルセが席を立ち、アイリーンの方へと歩み寄る。


「その表情。貴方が何を悩んでいるのか、何を考えているのか少しだけ察しが付きました」


「え?」


「ごめんなさい、私も配慮に欠けていましたね。でもきっと、胸を張って"幸せだ"と言えるような子に育て上げて見せますから。ご安心を」


 屈み込んで目の高さを合わせたエルセがアイリーンに語り掛ける。


「初めまして。私はエルセ・J・レーリーと申します」


「エルセ?」


「うふふ。そう、エルセです。貴女の名前は?」


「アイリーン」


「……うん、可愛らしくて良い名前ですね」


 何かの始まりを象徴するようなやり取りを終えたエルセがこちらに視線を向けた。


「あの、もう一人のアイリーンさんと区別する為にもこの子の姓を決めても良いでしょうか。あくまでも仮の物ですけど」


「あー、そうか…… はい」


「ありがとうございます」


 確かに、ここに居る子と自宅に残した子の両方がアイリーンでは分かりにくい。

 区別するための違いを作るのは重要だろう。

 頷いて了承すると、エルセは再びアイリーンの顔を覗き込み、両手を取って握手をした。


「では、今日から貴女は…… ううん、どうしましょ。『アイリーン・レーリー』、というのはどうですか? 少し安直ですが」


 この確認は僕に掛けられた言葉じゃない。アイリーンの意思を訊いているのだろう。


「……レーリー」


 繋がった手へと視線を落としたアイリーンが言葉を繰り返す。


「そう、『レーリー』。私とお揃いです」


 言葉に反応したアイリーンは顔を上げてエルセの顔をじっと見つめた。

 エルセが微笑みかけると、アイリーンも微笑んだ。


「レーリー」


「決まり、ですかね。これからよろしくお願いします」


 優しい声で語り掛けたエルセがアイリーンの頭を撫でた。

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