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To my dear father  作者: タブ﨑
chapter 1 ◇強制終了とリミッター
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chapter 1.5 ◇お喋り

「アイリーン、これは?」


「うさぎ」


「この色は?」


「しろ」


 数日間の読み聞かせが功を成したか、アイリーンは色々な単語や概念を覚えて簡単な会話ができるようになっていた。

 メキメキと成長していく姿を見ていると、達成感とは違う何か温かい感情が湧き上がってくる。


「……」


 その一方で、僕から話しかけすぎたせいか"質問に対して答える"という事が染み付いたようで自発的に言葉を発する事が少なくなってしまった。

 感情の方は問題無く育まれている様には見えるのだが。


「うーん……」


 もっと好きにお喋りをしてほしい。と言ってもどうすれば良いのだろう。

 なんて事を悩んでいると不意に微かな声が聞こえた。


「ティズ君、ちょっと良いかー!? 手を貸してほしいんだ!!」


 廊下の方から必死な声が聞こえる。急を要する事態なのだろうか。


「ん、ちょっと待ってて! すぐ行く! ……アイリーン、一旦おやすみ!」


「おやすみ」


 微笑みと共に挨拶を残したアイリーンをスリープさせ、急ぎ足でラボへと向かう。廊下が無駄に長いせいで疲れる。

 たどり着いたラボのドアを開くと、そこにはワルキューレの三号機であるエルネスタとリズウェルの姿があった。


「いきなり呼び出してごめんな。ちょっとメンテナンスの間エルの相手をしていてほしいんだ」


「相手…… ああ、アレか」


 定期的に行われる、"ワルキューレを起動させたまま行うメンテナンス"だ。

 スリープモードで行うメンテナンスはボディの点検に重きを置いた物だが、今回行うメンテナンスはワルキューレの会話能力や外的刺激に対する反応など、彼女たち本人の"意思や思考能力(プログラム的な部分)"の確認という側面が強い。

 といっても滅多に不具合など起こらないのだが。


「私はボディの点検をするから適当に話していてくれ」


 道具を手に取ったリズウェルがエルネスタの背中を開く。それに対してエルネスタはぞわっとした表情で椅子から立ち上がった。


「ひょっ!! うげーっ! 気持ち悪ーい!!」


「我慢しろ、ほら」


「むー、もう少し優しくやってよ」


 肩に手を置かれて再び椅子へと座らされたエルネスタが文句を漏らす。彼女は他三人のワルキューレに比べて特にこのメンテナンスが嫌いなようだ。


「エル、お話しして気を紛らわそうか」


 エルネスタが一旦落ち着いたのを見計らい、僕も自分の役割を全うすべく彼女の正面に椅子を置いて腰を下ろした。


「ねえティズきゅん、お話しよりもリーゼの横暴を止めてほしいな」


「って言われてるけど、姉さん」


「無理だ。大人しくしていてくれ」


 溜息をついたリズウェルが適当な返しをしながら何かのネジを締め直す。


「痛っ!? もう、下手くそ!!」


「痛覚無いだろお前」


 騒ぐエルネスタ、そして冷静な態度ながらも必死な手つきのリズウェル。

 自分が呼ばれた理由が何となく分かる気がする。


「この間の戦闘、どんな感じだった?」


 彼女が好みそうな話題を振る。今はとにかく別の事に集中させた方が良いだろう。

 質問を受けたエルネスタは一瞬固まり、そして考えるように顎に手を当てた。


「……うーん、いつも通り── いや、いつもよりちょっと上手くいったかな」


 案の定会話に乗ってきた。このまま上手く話題を膨らませて行けばメンテナンスが終わるまでの間彼女を退屈させる事は無いだろう。


「ジャニスと一緒だったんだよね。どう上手くいったの?」


「ふふん、私がジャニスよりも一体多く倒したんだ! あの日の主役は間違いなく私だったね」


 その言葉を皮切りに、彼女は自慢げに戦闘の詳細を時系列順に事細かく説明し始めた。その間もリズウェルはメンテナンスを続け、話し終わる頃には作業を終えて背中を閉じていた。


「──って感じで、声援を背に受けながら空中でフィニッシュ! ティズきゅんにも見せたかったなあ」


「へーっ」


「まあ、また大活躍するから。その時に見てくれればいいよ」


 伸びをしたエルネスタがリズウェルの方を振り返る。


「リーゼ、メンテナンス終わった?」


「ああ。バッチリだ」


「ありがと! じゃあ私はもう寝るから。おやすみー!」


 そそくさとポッドへ納まったエルネスタが瞳を閉じる。それに続いてリズウェルがポッドに接続されているコンピューターの前に立った。そしてコマンドを入力するとエルネスタは電脳の世界へと帰って行った。


「……」


 毎度思うが、彼女のお喋りは"嵐"そのものだ。とにかくワルキューレ達の中でも特にコミュニケーションが好きなようで常に何か言葉を発している。

 今このタイミングで改めて彼女を見てみると、ここまで話すことが出来るというのは凄い事なのではないかと思ってしまう。


「ありがとうな。お疲れ」


「うん。姉さんもお疲れ様」


 椅子に戻り背もたれに身を倒したリズウェルがこちらに労いの言葉をかけた。

 そのまま数秒僕の顔を見つめ、少しだけ眉をひそめながら首を傾げた。


「なんだ、考え事か?」


「……なんで分かるの?」


「思いっきり表情に出てる。私で良ければ聞くぞ」


 頬杖をついてこちらを見つめる。

 僕が今悩んでいるのはアイリーンのお喋りについてだ。

 プログラムだとかボディの開発であれば『もう少し自分で考えよう』となるのだが、このような育児的な分野ではいくら考えても良いアイデアが浮かばない。相談した方が良いだろう。


「アイリーンとのコミュニケーションについてなんだけど」


「コミュニケーション。ほお」


 意外そうな声を出したリズウェルが頷いた。


「何と言えば良いのか…… あれから色々な言葉を覚えて、簡単な質問に対して答えるって事ができるようになったんだ」


 これ自体は良い事である。僕が問題だと思っているのは次だ。


「でも、どうしてか"自発的に言葉を発する"っていう事を全然してくれなくて。僕が質問をし過ぎたせいで何か変な習性が身に付いちゃったのかな」


 話しているとどんどん不安になって来た。

 最初は軌道修正できそうだと思っていたが、もしかしたらもう取り返しのつかない所まで来ているのかもしれない。


「さっきのエルみたいに…… とは言わないけど、もう少し自由にお喋りをしてほしいんだ。どうすれば良いと思う?」


 切羽詰まっている事を感じ取ったのか、リズウェルは考え込むように浅く頷いた。


「……"質問に答える"という事ができるようになったのは、ここ数日での事だろう?」


「うん」


「質問の内容は?」


「絵本の絵を見せて、描いてある物の名前や色を言ってもらうって感じだけど……」


「……」


 沈黙して天井を見上げる。

 こんな反応をされるとますます不安になってしまう。


「結論から言うと、自発的なお喋りを期待するのはちょっと気が早いんじゃないかと思うな」


「え、そうなの?」


「ああ。今のアイリーンは物を見て名前を言うとか色を言うとか、"提示された条件に対して言葉を発する"という事をやっと覚えた段階だ。それも簡単な単語だけのな」


「あー…… うん」


「人間よりも成長が早いという事を加味した上でも、現状では問題視するような事じゃないと私は思う。アイリーンは健やかに育ってるよ。これからも積極的に話しかけて色々教えてやれば、いずれあの子もお喋りが好きな子に育つかもな」


 笑顔で締めたリズウェルが今度は別の質問をしてきた。


「で、アイリーンが言った答えに対して君はどんな事を言っているんだ?」


「答えに対して……? え?」


「……まさか『答えだけ聞いてそのまま次の質問に移ってる』とかじゃないだろうな」


「……」


「図星かよ、分かりやすいな」


 呆れたような苦笑いを浮かべたリズウェルに対して何も言葉を返せなかった。

 思い返してみればそうだ。僕がやっていた事は質問に答えさせるという事だけだ。もう少し何か言うべきだったのだろう。


「例えば…… そうだな、キリンの絵を見せたとする。それに対してアイリーンは『キリン』と答える。そこから更に君が『可愛いね』とか『首が長いね』とか、感想を言ってやるんだよ。そういった言葉を聞いて表現の方法を学んでいくんだ」


「なるほど……」


 目からうろこが落ちたような気分だ。教えられた事はごく当たり前の事なのかもしれないが。


「こういった事を繰り返すことでアイリーンは見た物に対する感想を私達に訴える事ができるようになる。そしてその次は色んな物に興味を持つようになる。そしたらなるべく彼女の感性に寄り添うようにしてやってくれ。感性豊かな子に育てる秘訣は"肯定と共感"だ」


「ほおお、凄いな…… もしかして姉さんって子育て経験あるの?」


「何言ってんだ。君が居るじゃないか」


「僕のはどっちかと言うと心理的なケアじゃない?」


「そうか? たくさん愛情注いで育て上げたつもりなんだけどなあ」


「……まあ、確かにそうか。いつもありがとう」


 子供の頃の僕とリズウェルからも何かしらのヒントが得られるだろう。

 とりあえず暫くの間は今教わった事を意識してアイリーンに接してみよう。


「話聞いてくれてありがとう。とりあえず今教わった通りにやってみるよ」


「ああ。頑張れよ、新米パパさん! ははっ!」


「パパって……」


「君はあの子を生み出して育てている。そう考えれば父親だと言えるだろ?」


「……それもそう、かな?」


 からかう様な笑顔を背に受け、僕はラボを後にした。

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