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To my dear father  作者: タブ﨑
chapter 1 ◇強制終了とリミッター
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◇chapter 1-4

 強制終了の原因を突き止めてから五日。

 学校から帰った後の僅かな時間と二日間の休日をも研究に捧げて、ようやくアイリーンのリミッターを直すことが出来た。


「さあ、どうだ、どうなる……?」


 傾き始めた陽を尻目に、アイリーンを起動させる為のキーを入力する。

 今回はリミッター改良後初となる動作確認だ。正式なボディの制作に備えた起動テストも兼ねている。

 冷却装置の音が緊張を煽る。静かに待つこと数秒、アイリーンの瞳がゆっくりと開かれた。


「……アイリーン、おは──」


「お」


 いつものように挨拶をしようとした所、僕の顔を見たアイリーンが小さく声を漏らした。

 その後も小さく唇を開けて何か声を出そうとしている様に見えた。


「……え?」


「ティズ」


「えっ?」


 見守っていると、アイリーンが僕の目を見つめながら名前を呼んだ。

 起動後すぐに自分から声を出すという事自体が珍しいのだが、聞き間違いではない。アイリーンは確かに僕の名を呼んだ。


「な、なに?」


 今までに無かった出来事に戸惑いながらも一応返事をするとアイリーンは続きの言葉を発した。


「おはよう」


「……! おはよう、アイリーン!」


「おはよう」


 日々の挨拶の成果だろうか。アイリーンは"自分からの挨拶"が出来るようになったようだ。

 『いつかは出来るようになるだろう』とは思っていたが、実際に出来るようになった瞬間を目の当たりにすると何だか心の底が温かくなった。


「ふふ。 ……ああ、違う。動作確認をしなきゃ」


 喜ばしい事ではあるが、今日は別にやるべき事がある。いつまでも喜びに浸っている訳には行かない。


「よいしょっと。アイリーン、見て。 ……ほっ」


 アイリーンを広い場所に移動させて、見せつけるように右腕を回した。

 前回と同じ動きだが果たして興味を持ってくれるだろうか。強制終了の再現をしていた時は"二回見た物"に対してそれほど興味を持っているような素振りは見せなかったが。


「……アイリーン、ほら…… ほら……!」


「……」


 しばらく様子を見ていたアイリーンが真似を始めた。いつも通り全力だ。


「ふう」


 以前のアイリーンであれば二、三周させた辺りで強制終了していただろうが、様子を見る限りでは普通に動けているようだ。


「……はい、もういいよ。ありがとうね」


 七周ほど回った腕を優しく受け止め、ゆっくり下ろすとアイリーンの動きが止まった。

 強制終了しそうな様子は無い。


「目は……動いてる。首もちゃんと動いてるな」


 座ったまま身体を左右に傾ける僕をアイリーンが目で追う。小さな動作にも問題は無い。


「異音、無し。エラーも……無い。アイリーン、大丈夫?」


「だいじょうぶ」


「よし、よし……!! できた!!」


 問いかけに答えるように言葉を発していたが、実際にはこちらの言葉を真似ただけだろう。それでも異常が無い事は十分に分かった。

 どことなく発音のぎこちなさも無くなっているように感じる。会話が出来るようになる日も近いだろう。


「なんだ、騒がしいな。どうした」


 突然の声に驚き背後を見るとリズウェルが立っていた。ラボまで声が届いていたようだ。


「ごめん、アイリーンの起動が上手くいってつい。運動による強制終了が起こらなくなったんだ」


「ほー! そうか。良かったじゃないか」


 リズウェルが手に持っていた書類をテーブルに置いてアイリーンの前までやって来た。

 そのままアイリーンに顔を近付けてみたり、目の前で手を動かしたりしている。先程僕がやったように目の動きや動作音を確認しているようだ。

 自分自身で問題が無い事を確認したのだが、急に緊張感が身体を駆け抜けた。


「ふむ、確かに問題無いな。早速研究所の方に連絡をしておこう」


 リズウェルがこちらを見て微笑む。この様子だと本当に問題は無いのだろう。


「ちなみに、デザインの方は決まったか?」


「うん。研究の合間に描き進めておいたよ」


 コンピューターを操作し、スライド形式のファイルを開く。


「見た目は今とあんまり変わらないけど、とりあえず考えを大まかに纏めたんだ」


「どれどれ……」


 モニターの前の座席を立ち、マウスと共にリズウェルへと譲る。


「……淡い藍色の髪にエメラルドグリーンの瞳か、落ち着いた配色だな」


 一言漏らしたリズウェルは眼鏡を掛け替え、改めて全体を眺め始めた。


「この髪型。なかなか可愛いじゃないか」


 リズウェルがデザイン画の頭髪の部分をマウスでなぞった。

 伸ばした両サイドの横髪を編んで後ろへ流して留めるという、いわゆる"三つ編みハーフアップ"と呼ばれる髪型だ。

 前からも後ろからも特徴が分かる、かつ他のワルキューレと被っていない独自の個性を出せるヘアスタイルだ。


「拘りが見えるんだが、こういうのが好みなのか?」


「特にそういう訳じゃないけど。既存のワルキューレと特徴が被らないようにしたんだ。そしてあの四人と並んでも埋もれない個性を…… って考えた」


「……どうも理屈っぽいな。もっと素直になればいいのに」


「本当にそう考えて描いたんだけどなあ……」


 一通り外見を眺め、次のスライドへと進んだ。

 今度はギミックや武装等のアイデアを描いたスライドだ。


「両腕が外れて武器に変形、ねえ…… "遠隔操作も"、か」


「あー、それは…… まあ出来ればって話で」


「いや、良いんじゃないか? 私は好きだぞ。技術的にも実現は難しくないだろうし」


「え、本当?」


「ああ。普通の武装と比べて開発期間は長くなるだろうが、却下されたりはしないだろうな。この機に改めてノウハウを培うのも未来の為になるだろう」


 胸ポケットからメモ帳を取り出したリズウェルが武装に関する僕の希望を書き込み始めた。


「……さて、じゃあ大まかに制作の流れを説明しよう」


「あ、はい」


 準備も何もしていないのに説明が始まってしまった。

 慌てて手帳を手に取ると、リズウェルが話し始めた。


「まず日時。ちょうど七日後に私は別件で研究所に行く予定があるんだ。その時に同伴してもらおうと考えている、問題は無いか?」


「うん。大丈夫」


「ん、予定表も見ずに断言するんだな」


「まあ……」


 曖昧に返事をするとリズウェルは何かを察したように続きを話し始めた。


「提出するのはアイリーンのデータのコピーと、今アイリーンが入っているボディだ。当日はコピーをボディに入れてそのまま連れて行こう」


「このボディも渡すんだ?」


「ああ。開発する上で"アイリーンを動かせる身体"は必須だ。これの有無で作業のペースは何倍にも変わるだろう」


「そっか」


 僕がメモを取り終わったのを見て、続きを話し始めた。


「次に打ち合わせ。デザイン画とデータを渡す時に一回。そして研究の開始から完成までの間に数回行われるだろう。後者は途中経過の報告みたいな簡単な物だな」


「……大変そうだね」


「一人でやる作業じゃないからな」


 眼鏡を外したリズウェルが目薬を差した。近場のドラッグストアでは見た事の無い容器だ。


「ふう、つまりこれからの君は研究チームに計画を伝えて過程を見守り、より良い物にするために口を挟むというお仕事をすることになる」


「そういう言い方をされると…… ううん」


「遠慮する必要は無い。長年に渡って私の我儘を聞いてきた連中だからな。君も読んだだろう?」


 机に積んでいた研究資料を指差す。


「……うん」


「無理も無茶も全部無理矢理押し通してきたんだ。大丈夫」


 今では当たり前に動いているワルキューレ達も、当初は"無茶なアイデア"だったのだろう。


「そして今回は私の時と違ってちゃんと土台がある。これまでに四人もワルキューレを作っているんだ、相当頑丈な土台だろう。全部受け止めてくれるさ」


 そう言うとリズウェルは携帯機を取り出して座席を立った。


「程々にやってみるよ」


「ああ、それでいい。じゃあ七日後に訪ねる旨を伝えておくからな。 ……それと、この前言っていた資料を渡しておこう。君が(おこな)ったメンテナンス作業の改善点を纏めておいた」


 リビングのテーブルに置かれていた書類を手渡された。思ったよりも薄い。


「思ったよりは出来ていたが、ちょっと惜しかったな。間違ったまま覚えて定着しているような部分が数か所あった。そこを直せば問題は無い」


「あ、ありがとう」


「これから少しずつ時間に余裕が出来てくるだろう。その時はまたメンテナンスの手伝いをしてくれ」


 そう言葉を残してラボの扉が閉まった。

 アイリーンを見つめる。やはり特に何の問題も無いように見える。

 一応長時間の起動に関しても調べておきたいので暫く好きにさせてみる事にした。


「……」


 これで問題が無ければ、リズウェルが言った通り七日後にボディの制作が始まるのだ。

 改めてそう考えるとなんだか不思議な気分になってきた。

 毎日アイリーンの研究をするのが当たり前だった。そしてそれがずっと続くような気がしていた。なのにそれの終わりがちょっとずつ見えてきている。

 ボディの開発が終わると今度はバグ取りとAIの育成。それも終わればこの子はもう立派なワルキューレなのだ。


「ティズ」


 アイリーンが僕の名を呼び、手に持った資料に視線を向けた。


「……そうだ! 会話ばっかりで読み書きを教えてないじゃないか!」


 知能のレベルを人間に当てはめて言えば"一般的に読み書きを覚える年齢"には達していない。それでも早いうちから教え始めるのも悪い事ではない。


「アイリーン、こっちに来て!」


 壁際の床に座り、アイリーンの名前を呼ぶ。

 すると彼女は僕の隣に座った。


「……『ボディの調整・点検および破損部位の修理について』」


 読み聞かせにしてはちょっと難しい内容だが、今はこれしか無い。

 夕日が照らす部屋の中、僕はアイリーンの隣で朗読を始めた。

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