◇chapter 1-3
日陰を縫い、タブレットに視線を落としながら自宅への道を歩く。
今朝討伐されたワームの解析は既に終わっていたようで、リズウェルを通して僕にもその情報が回って来ていた。
形態に大きな変化は無い。だが外骨格の強度やエネルギー効率、基礎的な性能など外見からでは測れない変化が多いようだ。
「……」
外骨格の強度は今現在ワルキューレ達に搭載されている兵器でも貫ける程度。基礎性能もまだワルキューレの方が上。普通の戦闘であればまずワルキューレが敗れることは無いだろう。
だが問題はエネルギー効率だ。
身一つで飛来してきたワームと違い、こちらのワルキューレ達は戦いの最中でもエネルギーの補給が可能ではある。だが、その間は当然隙が生まれてしまう。他のワルキューレへの負担も増えてしまうだろう。
今戦えるワルキューレは四人。数で押された場合、"全員で戦ってもキリが無い"なんて状況になり得る。そうして戦闘が長引けば必然的にエネルギーの補給が必要になる場面も出てくるはずだ。
そんな調子で隙を晒す機会が増えれば、それだけ敗北のリスクも高まってしまうのだ。
ワームの同時飛来数は過去最多でも四体と少ないが、今後は長期戦も視野に入れておいた方が良いだろう。
「歩きながらは危ないぞ」
「っ!」
丁度タブレットの電源を落とそうとした瞬間、背後から声を掛けられた。
頭では誰の声か瞬時に理解できたが、それでも体は反射的に大きく震えた。
「……姉さんか。なんかの帰り?」
振り返るとコンビニの袋を手に提げたリズウェルが立っていた。
「ああ。なんかおやつでも買おうかと思ってな。ティズ君の分もあるぞ」
「おお、ありがとう」
袋を反対側の手に持ち換えたリズウェルがそのまま僕の隣を歩き始める。
僕と同じく下校中の小学生とすれ違った所で、リズウェルは周囲を確認しながら一つ声を発した。
「ワームの資料、見てたんだろ」
「うん」
「どう思った?」
続いてごく普通の表情で、僕を試すように質問を投げかけた。
時たま起こる抜き打ちテストのような問答は日々の生活の中で習慣のようになっている。
「速度みたいな基礎性能とか兵器の出力なんかは様子見でも問題ない。でもエネルギー効率については対策をした方が良いかもしれない」
「ほう。なぜ」
小さな緊張を抱えながら語り始めると、リズウェルは興味深そうに続きを催促した。
僕の考えが合っているかどうかを確認するというよりも、他人の視点から物を見てみる事を目的としているのだろう。
「今回のワームの残存エネルギー量と最大エネルギー量、どちらも前回倒した奴に比べて飛躍的に増加しているよね」
「ああ」
木漏れ日を踏みながら、自分自身の考えを見直しつつ続きを話す。
「一体一体を短期で仕留める事は可能だけど、仮に持久戦を強いられた場合…… 例えば数で攻められた時とか。ワルキューレが四人しかいない事を考えると、やっぱりラディエ側が不利になると思うんだ。あのデータを見る限りでは、現段階での"全力を出した際の継戦能力"はルルトナが一つ上を行っているように思った」
「……」
「こちらもワルキューレのエネルギー効率を見直してみるべきだよ。単純に戦闘能力が高くても、動けなくなれば簡単に壊されてしまう。そんな事態は絶対に避けなきゃいけない」
一通り話し終わり恐る恐る隣に目を向けると、リズウェルが沈黙したままこちらの顔を見つめていた。
暫く沈黙が続き、どうすればいいか分からなくなって目を逸らすとリズウェルが口を開いた。
「ティズ君さあ、学校でもワルキューレの事考えてたんじゃない? 特にアイリーンの事とか」
「え? ……うん」
特に恥じる事ではないと思っていたのだが、こうも面と向かってストレートに指摘されると何だか恥ずかしく思えてきた。
「授業中も?」
「少しだけ……」
「一応言っておくが、アイリーンの研究に関しては提出期限なんて設けてないからな? もう少し余裕を持っても良いと思うんだが」
「……でも、明日も今日と同じように安全だって保障は無いと思うんだ。急ぐに越したことは無いよ」
自分で言っていて少し気持ちが悪くなった。一人前でもないのに生意気な事を言ってしまったような気がする。
リズウェルの方を見ると案の定微妙な表情を浮かべていた。
「はあ…… 具体的にどんなことを考えてたんだ?」
自宅兼研究所の建物に到着した。
時代錯誤なアナログタイプの鍵を取り出しながらリズウェルがため息をついた。
「強制終了について」
「ああ、昨日ちょっとだけ話していたな」
小奇麗かつ殺風景な玄関に靴を揃え、リビングの扉を開けた。
自分のラボを持っていない僕はこの広いリビングの一角にスペースを貰ってアイリーンの研究をしている。
「……」
直射日光を避けるように置かれた機材、その隣で目を瞑っているアイリーンの機体。
学校に居る間はあれだけこの子の事を考えていたのに、いざ姿を見ると何だか憂鬱な気分になりかけている。一度離れたせいで気持ちにストップがかかってしまったみたいだ。
「ふぅむ、強制終了なぁ…… どんな時に起こったんだ?」
結構な間を経てリズウェルが詳細を尋ねた。アレコレと脳内で考えていたのだろう。
「アイリーンに接続ケーブルを取り付けようとした時とか、近くで僕が転んだ時とか。あとはエルネスタが近くに居た時とか色々」
「……最初のは分かるが、後の二つはどうしてそんな状況になったんだよ」
「家の中でだって転ぶでしょ。エルネスタの件はメンテナンスのついでにアイリーンに会ってもらったんだ。僕以外の人に会わせたらどんな反応をするのかちょっと気になって」
洗った手をペーパータオルで拭き、いつものようにコンピューターの前に座る。
「なるほどな。少し気になった事があるんだが、話して良いか?」
「ヒントってこと?」
「そんな核心に切り込むような話じゃないさ。単純に第三者として気になった事の話だよ」
近くの椅子を適当に持ってきたリズウェルが隣に座った。
「さっき私がワームの解析結果について感想を尋ねたのと一緒。ただの意見の交換会だよ」
「そっか、じゃあお願いします」
本当はもう少しだけ自力で検証して駄目だった場合に相談しようと思っていたのだが、せっかくの機会をわざわざ逃すのは良くないだろう。
改まって了承すると、リズウェルは姿勢を正してこちらを向いた。
「話を聞いた限りでは、君はアイリーンに対する外部からの刺激ばかりを見ているように捉えられる。『誰が何をしたか』『自分がどう干渉したか』といった風に」
「……」
アイリーンの行動も記録はしていた。だが強制終了は外部からの干渉に起因しているという先入観があった事に気が付いた。
「確かに、再現の時は『何をしたら強制終了が起こったか』って事ばかり考えてたかも」
「普通の機械を相手にするんなら、それは間違いではない。だが君は人工知能を相手にしてんだ。ただ機械的に"これを試す"ってのを考えるだけじゃなくて、その先まで見てみた方が色々と分かる物もあるんじゃないかと私は考える。どうだ?」
たった数分の対話だけで、思考に引っかかっていた何かが明確に見え始めた。
「その先……。 プラグを挿した時、アイリーンは暴れていた。転んだ時は真似をしようとした。エルネスタを見た時も、彼女の機敏な仕草を真似しようとしていた」
全てに共通しているのは──
「まさか、急な激しい運動……? なんだそれ。そんな事ある?」
「お、いいぞ。試してみよう」
楽しそうに笑うリズウェルに頷き、アイリーンを起動した。
「アイリーン、おはよう」
「お、はよう」
たどたどしい発音で言葉を返したアイリーンの目の前に立ち、腕を大きく回し始めた。
「……なんだそれ」
「上手く興味を惹けばっ…… 真似をしてくれるはずだからっ……」
「……?」
アイリーンは無言でこちらの様子を観察している。
「ほらっ。早くっ…… ラーニングしてっ……!」
激しい運動でないと意味が無い。故にお手本である僕自身が全力を出さなければならない。
アイリーンを見つめたまま動きを続けると、パターンを学習したアイリーンがおもむろに立ち上がった。
「はあっ、やっとか……」
「……」
リズウェルが見守る中、アイリーンのまねっこが始まった。
が、右手を振り上げた瞬間に体が硬直してしまった。一回転すらしていない。
コンピューターを確認するとエラーメッセージが出ていた。今までの強制終了と同じ現象である。
「強制終了が…… 本当に、こんな理由で……」
「……ふむ」
座り込んで肩を撫でる僕に対してリズウェルが落ち着いた表情で椅子に座る。
続いて僕も呼吸を整え、アイリーンの身体を安全な姿勢に戻してから椅子に座り直した。
「じゃあ話の続きといこう。"急な激しい運動"が原因で"強制終了"が起こると仮定した場合、この二つの関係を結びつける物に心当たりは有るか?」
「うーん……」
「些細な事でも良い」
「まずはボディかな……? 姉さんの資料にあった試験用プロトタイプの設計図から流用した部分が多いんだ。それとアイリーンのプログラムとの不整合が起こって……」
キーワードは"運動"。
その単語から真っ先に連想するのは"ストッパー"だ。一定の出力以上の力を検知すれば勝手に動作を中断する機能、今アイリーンが入っているボディにも組み込まれている機能である。今改めて様子を見ると強制終了の間際にはこの機能が働いているように見えた。
普通であればプログラムの方で定められた"リミッター"による制御が働いて滅多に作動しない機能だと書いてあったが、アイリーンの場合はそのリミッターが従来のワルキューレと少し異なっている。最低限の安全性を保ちつつ、更に学習によって力加減を覚えてゆくという仕組みだ。
つまるところ今の彼女はリミッターが未発達であるが故に、ストッパーが働いてしまう程の出力を頻繫に出してしまっていたという事になる。
そして、本来ストッパーには強制終了をさせるまでの機能は無い。エラーが出ていた事から、この機体のストッパーが"アイリーン"との不整合を起こしている可能性がある。
だとすると、更に深い部分にある原因は何か。
リミッターの仕組みの違いが"欠陥"と見なされてエラーが起きた可能性が今のところは大きい。
「……とりあえずリミッターの初期設定値を──」
「おいおい、急に話が飛躍したな。一人で先へ行くなよ、詳しく聞かせてくれ」
思わず一人で考え込んでしまった。リズウェルが苦笑いをしながらこちらを見ている。
「続きは茶でも飲みながらにしよう。さっきコンビニで新発売のスイーツを買ったんだ」
「……うん」
──────────
ささやかなブレイクタイム兼議論の第三ラウンドという奇妙な舞台で、僕は先ほど考えた事を全てリズウェルに説明していた。
「なるほどなあ。リミッターの仕組みそのものが少し違うのか」
リズウェルはそう思慮するように呟くと、ミルクレープの最後の一口を頬張った。
「ちなみに何故そんな事を? こんな重要な仕組み、改変したら危ないって事は理解していただろう?」
「『より人間的に』、と思って…… こういった所も学習に任せてみようと思ったんだ」
「確かに学習でそこまでできれば素晴らしいと思うが…… それはある程度アイリーンの知能が育ってから考える事だろう? それからであれば無理はないんだろうけど……」
「返す言葉もありません……」
リズウェルは少し残った紅茶をゆっくり飲み込むと、アイリーンの方を見ながら大きく息を吸い込んだ。
「しかしまあ、リミッターの見直しとボディの新調で何とかなりそうではあるな。運動以外での強制終了は確認できていないんだろ?」
「うん。ただ見つけてないだけでまだバグは残ってそうだけど……」
「そうだとしても、これを機にボディは新調してしまおう。というか正式にワルキューレとしてのボディを作ろう」
思い切ったような様子も無く、まるでペンを買い替えるかのような軽さで決断を下した。
「え、いいの?」
「今からプログラムに合わせてボディを作るとなれば、もう正式にワルキューレの身体を与えた方が効率的だろ。見た感じリミッター以外には特に大きな問題は無いようだし、後は正式な体に入れてAIの育成と細かいバグ取りの作業に入ってもいいだろう」
「……そっか」
苦節、という程苦しい時間では無かったが、それでも随分と長い間続けていた研究に区切りがついたと思うと、少しだけ感慨深い気持ちになった。
「やる事はまだまだあるんだから、あんま長い事脱力してると事故るぞ。先ずはリミッターの見直しをしておくこと!」
「う、はい」
「正式な機体は防衛省お抱えの研究機関との共同制作になる。プログラム全体を見直すのも忘れないようにな。あとはデザインも決めておいた方が円滑に話が進むはずだ。時間があればやっておくと良い」
食器を重ねて持ち上げたリズウェルがキッチンへと向かう。それを追うように僕も隣に立ち、食器用のふきんを取り出した。
「デザインかあ…… 大体はあのプロトタイプっぽい見た目で良いかなあ」
「まあゆっくり考えると良い」
濯ぎ終わった皿を受け取り、水滴を拭う。
そんな単純作業によって余裕が出来た脳内にある疑問が浮かんだ。
「デザインと言えば、ワルキューレってなんで皆少女の姿をしてるの?」
「んー、エルセの趣味だ」
一瞬だけ手を止めたリズウェルが上を見ながら答えた。
エルセとはリズウェルと共同でワルキューレを作り上げた科学者だ。
「趣味……?」
「他にも色々と狙いはあったんだけどな。効果があったのかどうか微妙だからここでは省く」
「なにそれ。聞きたい」
「失敗した計画を説明するのは嫌なんだよ。勘弁してくれ」
最後のフォークを洗い終わったリズウェルが伸びをして自分のラボへと向かって行った。
「……とりあえず君が次にすべき事はリミッターの改良だ。その後の事は後日また話そう」
「うん、わかった」
リズウェルを見送り、フォークを食器棚へ収めて研究スペースの椅子に腰をかけた。
今日はどうにも身体が疲れている。いつもとは違う肉体的な疲れで、瞳を閉じればすぐにでも眠ってしまいそうだ。
だがここで仮眠をとると夜に眠れなくなってしまう。二日続けて今朝のような醜態を晒す訳にはいかない。
眠くなりかけている眼を優しく擦り、コンピューターのスリープを解除した。