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To my dear father  作者: タブ﨑
chapter 1 ◇強制終了とリミッター
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◇chapter 1-2

「ティズ君! こら!! 起きろ!!」


 寝不足で痛む頭に怒号が響く。


「ん、んん…… 何い?」


「何じゃないだろ、学校遅れるぞ!!」


 学校など知った事ではない。僕は十分に睡眠を取って改めてアイリーンのバグ修正に着手しなければならないのだ。


「学校は…… 辞めるからいいよ……」


「何言ってんだ、大学…… いやせめて高校くらいは卒業しとけ。ほら!」


 脇の下から体を持ち上げられて無理やり起立させられた。寝たままの姿勢であればそのまま二度寝できたはずなのに、こうなっては身体が完全に目を覚ましてしまう


「もおおお、この星の未来がああ」


「お前が担うのは十年先だよ、おら食え!」


 カツサンドを口にねじ込まれる。朝からこんな重い物を食べさせるなんてどうかしている。


「うおえぇ、んぐ」


 寝起きも相まって食欲減退に拍車がかかる。


「飲み込んだか? はい、もう一切れ」


「う、もういいよ……」


「さっさと顔洗って来な。制服はもう出してあるから」


「はい……」


 僕の為を思って言ってくれている事だというのが分かるから強く拒否することも出来ない。仕方なく身だしなみを整えた。


「ほら弁当、持ってけ」


「ありがとう。 ……はあ、行ってきます」


「はい、いってらっしゃい!」


 元気を注入するかのように背中を叩かれた。鞄で隠れていない所をわざわざ狙ってくるのでそれなりに痛い。


「そうだ! 姉さん、今日の仕事は?」


「今日はウチで機械いじりと、報告書の作成だな。特に外出の予定は無いぞ。残念だったな!」


「……そっか」


 行くと決めたからには遅刻はしたくない。時刻は7時47分、ホームルームの開始は8時半だ。立ち止まらなければ走らなくても間に合うだろう。




──────────


 『気分転換に学校に行くのも良いだろう』と思うようにしていたが、気が付けば歩いている時ですらもアイリーンの強制終了について考えてしまっている。いくら考えた所でアイリーンが居ないとどうにもできないというのに。これでは焦燥ばかりが募ってまるで気分転換にならない。


「よ、ティズ! 久しぶりだな!」


 他の事を考えようと思いを馳せていると背後から聞き慣れた声が聞こえた。そして振り返るとやはり見慣れた顔があった。


「ジャンか。おはよう」


「お、正解!」


 挨拶に対して変な返答を返した彼は嫌味の無い笑顔でこちらを見つめている。


「何、正解って」


「へへ、久しぶりだし名前忘れてんじゃないかなって思ったんだよ」


「ははは…… いや流石にそれは無いよ」


 振り切った冗談を交えたジャンは当たり前のように僕の隣を歩き始めた。


「最近学校来てなかったけど、リズさんの手伝いか?」


「ううん、別の事でちょっとね」


 来ると思ってた質問に対して適当に茶を濁す。

 当たらずとも遠からずな予想ではあるが、結局のところ登校せず研究をする事を選んだのは僕の惰性だ。言い訳にアイリーンやリズウェルの事を使うのは間違っている。


「ん、そっか。にしても良いよなあ、あんな美人さんのお手伝いが出来るなんて」


「ちょっと、姉さんは関係ないって」


「分かってるよ」


 その顔には冷やかすような表情は無く、本心から羨んでいる様に見えた。


「アルバイトは募集してないのかよ?」


「え、そこまでして会いたいの?」


「引くなって。本当に行ってやろうなんて考えてないよ。迷惑になるだろうし」


 押しが強いようでいてきちんと弁える所は分かっている。

 社交性や性格は僕と真逆だが、それでも話していて不快感を感じない人だ。


「ただまあ、空きがあるんならどういう仕事になるかってのは純粋に興味があるんだよな。お前ん所が何造ってんのか知らないし」


「……うーん」


 リズウェルがワルキューレに関する人物であるという事は部外者に知られてはいけない。

 もしその情報が外部に漏れると"何らかの思想を持った人物"とトラブルが起きかねないだとか、お偉いさんからそんな長い説明を受けた記憶がある。


「掃除みたいな雑用系とかなら俺でも出来そうなんだけどなあ。そんなのは無いのか?」


「ないない」


 掃除は気分転換に必要だ。それを取られてはどうしようも無くなってしまう。


「そっかあ、じゃあ俺には無理そうだなあ……」


「え、諦めるの早くない?」


「だってプログラミングとか全然分かんないし。あ、でも機械の組み立てみたいなのは頑張れば出来るかも……?」


 顎に手を当てて上を見る。何かの授業で簡単な機械の組み立てをやった事があるのだろう。

 一通り想像を膨らませた彼は改めて僕の方を向いた。


「なあ、お前ん所ってさ──


 何かを尋ねようとしたジャンの声をかき消すように、突如耳を裂くような警報が鳴り響いた。


『ワームの飛来を確認 建物の中、または戦闘予定区域の外へ避難してください』


 続いて流れ出した合成音声が緊張感を煽る。

 反射的に二人揃って建物の陰へと飛び込み、タブレットで情報を確認した。


「びっくりしたあ…… ワームか、戦闘予定区域は?」


「飛来してきたのは三体。戦闘予定区域は…… この通学路をもう少し行った先と、ここも含まれてる」


「え、じゃあ(なま)でワルキューレ見れるかも!!」


 ミーハーなジャンが興奮気味に話す。生体兵器が飛来しているというのに暢気なものだ。


「何言ってんのさ。ほら、早く避難するよ」


 適当なビルの扉を開けて避難を促す。

 扉の先には広めのエントランスが広がっており、別の入り口から避難してきた人達で賑わっている。

 聞こえてくる話題はどれもワルキューレ関連の物ばかり。誰が好きかとか、今日は誰が来るのかとか。窓の外へとカメラを構える者まで居る。


「……」


 ワームの襲来を怖がったり不安がるような人は誰一人として居ない。それだけワルキューレを信頼して貰えている。と言えば聞こえは良いのだが。


「ティズ? どうした?」


「なんか…… うーん……」


「遅刻の心配か? 緊急時だから大丈夫だとは思うけど」


「うん……」


 一番最初の"ワームの襲来"から十年、そして"ワルキューレの誕生"からは六年が経った現在、ワルキューレの存在によって異常とも言えるほどの早さで人々の平和ボケが加速していき、星を守る為の防衛戦はいつの間にか大衆向けのエンターテインメントとなってしまっていた。


「おい!! ジャニス様とエルネスタちゃんだ!!」


 唐突に誰かが叫んだ。

 その瞬間、フロアが悲鳴のような歓声に包まれた。


「え!! え!? ジャニス様!?」


「エルちゃんだああああ!!」


 サブカルチャー的な人気がある事は以前から知っていた、このような光景も何度も見て来た。

 まさか危機感を抱く僕がおかしいのだろうか。


「本当にここから見えんのかよ! 俺も見てくる!!」


 それまで傍観に徹していたジャンが人ごみの中に消えて行った。


「……」


 二人のワルキューレが上空を通過してから数分後、爆発音と共に弱い衝撃が走った。ワームとの決着がついたのだろう。

 タブレットを確認すると討伐完了の速報が入っていた。


「ジャン、討伐確認できたってさ。行こ!」


 人々の興奮が冷めやらぬ中、窓際の人ごみへと大声を出す。


「おー、ちょっとだけ待っ…… 出にくくて……」


 思いのほか素直に窓際を離れたジャンは何処か残念そうな顔をしていた。


「どうしたのさ? 人ごみで見れなかった?」


「いや見れたけど…… うーん、クローディアに会いたかったなあ」


「え? あ、ああそっか」


 ワルキューレが居なかった頃のワームの襲来は毎回死傷者が出ていたような大事件だったのだが、安全が保障されているというだけでこんな感想が出る事に少し呆れてしまった。


「でもまあ満足できたよ。行こうか」


「……うん」


 大きく伸びをしたジャンは鞄を背負い直し、首を撫でながらビルを出て行った。人ごみに揉まれて痛めたのだろう。

 他の人達も余韻が覚めたのかそれぞれの日常へと戻ってゆく。

 今では慣れてしまった光景だが、"慣れた"という事そのものが異常であることを忘れてはならない。

 ワルキューレが造られてからもう六年と言っても安心するには早すぎる。

 ワームの襲来が止む様子は未だ無い。裏に潜む勢力の存在も、今は国家機密ではあるが既に掴めているとの噂をリズウェルから聞いている。


「早くアイリーンを完成させないと……」


 この星ラディエの隣に位置する外惑星『ルルトナ』。それが僕達の敵だ。

 ワームはもう"謎の敵性生物"ではない。"敵軍から送り込まれた生体兵器"なのだ。

 今まさに戦争が起こっている。どちらかが勝つまでワームの襲来は止まらない。

 もし今存在するワルキューレでも太刀打ちできないようなワームが現れたら、平和ボケしきったこの星は間違い無く滅んでしまうだろう。

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