◇chapter 1-1
"ワームの襲来"。
甚大な被害が出たあの日の出来事にはそんなシンプルな名が付けられた。
獣か虫か、それとももっと別の生き物なのか。十年前、そんな訳の分からない一体の敵性生物がこの惑星『ラディエ』を襲撃し多くの死体を作り上げた。
我々人類は勿論必死の抵抗を試み、そして奇跡的に退治する事に成功したのだが──
平和が訪れた喜びも束の間、新たなワームが飛来し更なる被害をもたらした。それ以降も襲撃が続き、いつしか"ワームとは定期的に襲撃してくる者"として認識されるようになっていった。
十年が経った今では諸々の研究が進み被害は抑えられるようになったが、それでも簡単に対処できるようになったとは言えないだろう。
『続いてのニュースです。本日午後三時十五分頃、国立図書館付近の上空にワームが──』
「……」
『今現在このワームは"クローディア"によって討伐されており、近隣住民や職員への被害は──』
現代においては対ワーム用戦闘アンドロイド"ワルキューレ"によってこの星の平和は守られている。ニュースで語られた"クローディア"もその一人だ。
そのワルキューレのおかげで、今となってはワームを大々的に取り上げるニュース番組なんて無くなってしまった。逆にワルキューレの活躍を取り上げるワイドショーは増えたが。そんな扱いになる程この星は安全になったという訳だ。
『CMの後は話題の立ち食い串カツ専門店に直撃!』
まるで全人類があの日の事を忘れたかのように日々が過ぎてゆく。
だが、僕はまだこの安寧に腰を下ろすつもりは無い。
いつかきっと"何か"が起こる。そんな予感がしているのだ。
そのために僕は今自分に何ができるのかを模索していた。
「うーん」
電気スタンドに薄暗く照らされた部屋の中、明らかに脳に悪そうな明滅を横目に手元の資料へと再び視線を落とす。
今までに幾度となく読み返した文だが、その時々に必要とする知識が違えば見える物も変わってくるような気がする。
と言っても"結局知ることのできない物"も当然あるのだが。
「困ったな……」
まさに今がそんな状況だ。
加筆されないが故に得られる知識も変わらない。
新たなる技術を求めて研究資料を読んだとしても、既に頭に入っている内容を読み返した所で解決出来る訳が無いのだ。
「もっと資料があればなあ……」
半ば諦めの気持ちで背もたれへと身を倒す。
──『次は君が新しいワルキューレを作り上げてみろ』
気まぐれに課せられた課題はあまりにも重い。だが僕自身の目標の為にも"適当に作って終わり"で通す訳には行かない。それに、ゆくゆくはこの惑星を防衛する戦力にならなければ意味が無いのだ。
「ただいまー。 ……暗っ。おいおい、夜は天井照明くらい点けろって言っただろうが」
「おかえり、姉さん。僕一人だし電気代が勿体ないかなって」
「テレビ付けっぱで何言ってんだ。全く」
この人はリズウェル・J・ワーグナー。ラディエを守る四人の機械人形"ワルキューレ"を作った本人であり、年の離れた僕の従姉だ。
僕は幼少期にこの人に引き取られ、それからは姉弟のような距離感になっている。
仕事の都合で最近まで家を空けており、こうして顔を突き合わせるのは実に一ヵ月ぶりである。
「それ、私が書いた資料だよな。なんか躓いてんの?」
「そんなとこ」
「ふうん、そっか…… あれから進展はあったのか?」
コートを掛け、念入りに手を洗いながらこちらへと質問を続ける。
暫くここを離れていたため色々と気になるのだろう。
「起動までは出来るようになったよ。でも強制終了ばっかり。無謀だったのかなあ……」
「初めての試みってのは何だって無謀だろう。失敗が付きまとうのも仕方ない事さ」
「そうかなあ」
僕がコンセプトとしているのは"人と同じワルキューレ"だ。
従来のワルキューレにも人と同じような性格や感情などは有るが、それらは作り手であるリズウェルによってある程度最初から形作られた物だ。
対する僕が作っているワルキューレは思考能力や感情・性格を一から育んでゆく。言わば"作る"のではなく"育てる"といった側面が強い。そういった意味で"人と同じ"という言葉を使っている。
しかし前例のない試みということもあり、リズウェルが書き残した資料のうち参考に出来そうな物はほんの少ししか無かった。
今悩んでいる強制終了についても特に心当たりのある記述は見つけられなかったのである。
見落としているだけという可能性もあるが。
「……もう一回だけ起動テストをしてみようと思ってたんだけど見る?」
解決策が見つからなかった以上、手探りでやっていくしかない。強制終了が再現性のある現象であれば何とかできない事もないはずだ。
「お、見たい」
提案を聞いたリズウェルは運転用の眼鏡から室内用の眼鏡に付け替え、ワクワクした様子で近くの椅子に腰をかけた。
起動のキーを入力する。これで何回入力したことになるのだろうか、もう数えていない。
「その子、アイリーンとか言ったっけ。このボディは従来の物と少し違うな、君が作ったのか?」
「うん、姉さんの資料を参考にしたんだ。ちゃんと動くよ」
「ほー、大したもんだ」
機械の身体にエネルギーが巡り、その瞳がゆっくりと開かれた。
「……」
「アイリーン、おはよう。ティズだよ」
「ティズ」
挨拶と共に名乗りを上げると、アイリーンは僕の名前を呟いた。
「おお、喋った」
想定外だとでも思っていそうな顔でリズウェルが声を上げる。
「そりゃ喋るでしょ」
言葉を発する機能ならば従来のワルキューレだって持っている。今さら珍しい光景ではないはずだ。
「はじめまして、私はリズウェル。身体の調子はどうだ?」
「から、らだ。ちょう、し」
「……は?」
「生まれたてだから会話はまだ少し難しいんだ」
人間で言うと0才11か月から1才1か月程度の知能。最終的には自身の不具合を認知して自己申告できる程度には育てて行きたい。僕よりも賢く育って欲しいものだ。
「こういうのって身体へ移す前にある程度育てるもんじゃないの?」
「それもそうだけど…… 動いてる所が早く見たくて。それに起動テストのデータも今から集めておいて損は無いでしょ?」
「……そういう所はまだまだ少年なんだな。まあ順調そうで何よりだ。さて、私も仕事しないとなあ。ふう」
伸びをして溜息を吐いたリズウェルがインスタントコーヒーを淹れ始めた。
「あれ、帰って来てまたすぐ仕事?」
「ワルキューレ達の点検。ここ一か月の間は君に任せっきりだったろ、不備が無いか一応確認しないとな」
「……あー。ダメな所があったらメモに纏めておいて欲しい。後で読むから」
「そのつもり。ティズ君も早く一人前になってくれよ」
そう言うとリズウェルは余所行きの服のまま、湯気の立っていないコーヒーを持って自分のラボへと入って行った。
「ティズ」
アイリーンが小さく呟く。
「ん、なに?」
「……」
呟きの先に言葉を重ねる事は無く、ただじっと目を見つめてくる。
やはりまだ会話は出来ない。起動の度に挨拶と自己紹介をしていたためか僕の名前は憶えてくれたようだ。尤も、名前という概念について理解しているかどうかは分からないが。
「……はあ、まずは強制終了の条件を調べないと」
「きょう、せえ…… し、しゅう……」
「お、上手上手」
最近気付いたことだが、機体に入っている間は聞こえた言葉を積極的に真似しようとしている。
意味が通じるかは別として、毎日ちゃんと話しかけてやればすくすくと言語能力が発達するだろう。
「アイリーン、今からちょっとだけ苦しいかもだけど、我慢してね」
早速状況の再現を始めた。
まずは昨日。アイリーンが起きたままの状態でコンピュータとの接続ケーブルを取りつけようとした時に強制終了が起こった。
あの時はアイリーンが暴れて大変だった。おそらくプラグの先端を凶器か何かと勘違いしたのだろう。
「よい……しょっと」
怖がらせないように先端を隠しながら首の後ろにプラグを差し込んでみる。
「よいしょ」
「ああ、やめ、やめてね。ちょっと! 駄目っ!!」
アイリーンが僕の真似をしながらコードにじゃれ始めた。断線なんかしたら買い替えで無駄に経費がかさんでしまう。
「……あれ、アイリーン、なんともないのかい?」
「な、ない?」
何も起こらない。接続の状態も良好で数回抜き差ししても特に問題は無いように見える。昨日は大暴れの末に糸が切れた様にシャットダウンしたのだが。
「……ううん、もう、もっと詳しく記録しておけば良かった!」
こんなようではいつまでも研究者の卵のままだ。
保留にするのはモヤモヤするが、再現ができないのでは仕方がない。
次は一昨日の再現をしてみよう。
──────────
「……どういうことだ」
作業を始めてから四時間、これまでに強制終了を起こした状況を可能な限り何度も再現しているのにアイリーンがエラーを吐かない。どんな操作をしても座ったままこちらを見るばかりだ。
何もしていないのに不具合が直るなんて、そんな事起こる訳がないのに。
「おーい、ティズ君」
「……姉さん」
「んん? どうした?」
僕の顔を見て少し心配そうな表情を浮かべた。
「……いや、何も」
相談すれば確実に解決できるのだろうが、まだ自分の中で十分に考えられていない。もう少し自分で考えて、それでも駄目なら頼る事にしよう。
「あまり詰め込みすぎるなよ。ほら、ごはん食べに来な」
「え、後で良いよ」
「後でっつってもなあ、もう日付変わりそうだけど」
そんなに時間が経ってたか、と時計を見る。23時49分。
思えば朝から飲まず食わずで機械を弄っていた。感覚が麻痺して空腹を感じないが、流石に何か腹に入れないとまずいだろう。
「もうこんな時間かあ、今日は終わりにするかな」
「ああ。ちゃんと休め」
今日起こった事の記録を記憶と照らし合わせて漏れが無いかを確認し、自分の髪の毛で遊ぶアイリーンを定位置に座らせてシャットダウンのコマンドを入力した。
「おやすみ、アイリーン」
「おや、すみ」
アイリーンが小さく微笑んだ。感情の方も順調に育まれているようだ。
「……はあ」
アイリーンの"中身"をコンピュータに転送し、「明日の自分でもどうにも出来ないだろうな」と小さい絶望を抱えながら食卓に着いた。