chapter 0 ◇遥かなる父へ
晴れ渡る空に照らされた緑豊かな山々。その向こうからは入道雲が顔を覗かせていた。
予報通り夕方頃には雨が降りそうだが、それはそれで良いかもなと思った。
思いっきり雨に打たれても構わない。そういう気分だった。
眼前には墓、隣には愛する二人の家族。
父親となった僕の姿を見て、この墓に眠る僕の父は何を思うのだろう。
「……」
遥かなる父へ。
僕は今、貴方のようになれているだろうか。
これから先、貴方のようになれるだろうか。
もしなれなかったとしても、善き父であろうという決意だけは絶対に揺らがない。
『──だから…… 見守っていてね。父さん』
蝉の声が耳鳴りに変わる寸前で目を開いた僕は隣に視線を向けた。
すると側に立っていた妻と目が合った。『なんでまじまじと見ているんだよ』と恥ずかしく思いながらも彼女に笑みを向けると、彼女もまた可愛らしい笑顔を浮かべた。
「もしかしてずっと見てた?」
「うん」
「……なんで?」
「どんな事を伝えたのかなって思って」
悪びれもせずにワンピースの裾を翻した彼女は僕に背を向け、天を仰ぐ我が子の頭を撫でた。
「"どんな事"か……」
繊麗な髪の毛が風に揺れて波を打っている。キラキラと夏の日差しを反射するその波を見ながら、僕は『何と説明したものか』と数秒頭を悩ませた。
「ちょっと父さんに──」
「別に言わなくても良いよ」
「え?」
眩しそうに手で顔に影を落とし、深く息を吸った彼女は再び僕の顔を見つめた。
「私達に向けられた言葉ではない。だから知る必要は無いかなって」
「そういうもんかな」
大して引っかかるような言葉ではなかったが、なんとなく眉をひそめてしまった。どのような価値観を以ての言葉なのか、少しだけ気になる。
「貴方達二人だけの会話だからこそ、じゃない? 墓前で捧げる言葉ってそういう物だと私は思う」
「……そっか」
よく分かっていない表情を浮かべた我が子へと笑みを向けて荷物を纏めると、彼女は意外そうな表情を浮かべた。
「もういいの?」
「うん。伝えたい事は伝えたから」
頷いて見せると、彼女は我が子と手を繋いで僕の隣を歩き始めた。
そのまま歩く事数分、墓地の出口に差し掛かった所で彼女は再び空を見上げて口を開いた。
「それにしても日差しが強いね、今日は」
「そうだねぇ、こんなに暑いと参っちゃうよ。 ……そうだ、帰る前にラムネを飲もう」
「あら、さっきのお店の?」
「そう。毎年の恒例だろ? お墓参りの後のラムネ!」
目を輝かせた我が子の手を取り、僕達は三人で手を繋いで帰りの道を歩き始めた。