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楽土女子学園VR部  作者: 吉所敷
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ギャラクシー・スカイウォー

気が向いたら書いていきます。


「右翼の第二、第三艦隊を前へ! 第四艦隊を三十度上方へ向けて、距離三百で援護体勢!」


 幾重ものモニタとオペレーターに囲まれた、薄暗い部屋の中心で赤い髪の女、《クラウ》が号令を飛ばす。

 背の高さ、筋肉、肺活量に裏打ちされた力強い声で、NPCの耳朶を打った。

 前方に見える最も巨大なモニタに映っているのは、「この旗艦の正面映像」である。

 モニタに映る星空では、そして巨大な長方形の筆箱を思わせる「クイーン級宇宙戦艦」は近未来的ディティールや、陣営を示す赤い光を灯しながら、アンドロメダ星雲第七百十一星系を駆動してた。


 その、巨大な戦艦たちの中心で指揮を執り、陣営最大規模を誇るのがこの部屋、ブリッジのある「キング級宇宙戦艦ハーキュリー号」なのである。


 ではこのキング級を中心とした、クイーン級七隻、随伴艦七十三隻を操り相対するは、何者か。


『ハロー♪ それじゃあ今日はよろしくね♥ クラウ』


「ああ、正々堂々とした勝負にしようか。廿楽」


 廿楽と呼ばれたのはプレイヤー《リリム》である。

 明らかに宇宙船の乗組員として、安全性に欠けるビキニの上から古い海軍のコートを羽織っていた。

 セクシーさを押し出した女性ではあるが、その表情は愉悦に満ちている。


『ふふ』


「ははは」


『ふふふふふ』


「ははははは」


『……では勝者の報酬を忘れないように』


「ぬかせッ。お前が勝者になることはないこの万年発情期軍団」


『いつでも強い貴女も素敵だけど、今日は私の靴を舐めさせてあげるわァ!!!

 あと万年発情期じゃなくてミレニアム・ハーツ・ライダーズだから!』


「カードゲームならいざ知らず、この【GMW】で勝てると思うなよ! ……言い方変えただけじゃねえか!?」


『あ、勝利条件は旗艦撃破よー。自分のナイト級は武装解除しておくのよー』


「おう、了解ー。んじゃよろしく死ねオルァ!」


『ばーかばーかお前のかーちゃんでーべそー!』


 プレイヤー間ホットラインを怒りのままに切断し、子供のような言い争いの末に、真っ赤な髪に負けないほどの怒気を飛ばす。

 女は今、修羅となった(なおルールはお互いにちゃんと守る。煽りとルール破りは違うのだ)。

 ……がしかし、一息の深呼吸を挟む。冷静さは失わない。

 憤怒と冷徹の融合。それこそが赤い髪の女艦長、クラウを形作る原初の感情と言ってもよいのだから。


「さて」


 そして彼女は、自らの手ごまの中で最も強い、即ちNPCではないプレイヤー操縦による機体へと呼びかける。

 ナイト級戦術実行人機、コードネーム【ナイトホーク】へと。


「叩きのめすぞ」


『了解』



 人類よ、たった一つの惑星(そら)で満足か?

 そんなキャッチコピーと共に世に送り出されたゲーム、それが「ギャラクシー・スカイウォー」。通称【GSW】である。

 プレイヤーは打ち捨てられた古い宇宙船を修理して遠く銀河の旅に出る。やがて君たちは星の主になるもよし、巨大船団の艦長になるもよし、宇宙に武勇を轟かせるもよし、他のプレイヤーと戦争してもよい。

 遥かなる銀河の片隅。五感全てへと働きかけ世界を体感するVR-PMMO全盛期においてなお、その尺度はあまりに広く、大きく、そして混沌としている宇宙謳歌生活体験型(スペースオペラ)RPGである。

 赤髪の女クラウ、その対戦相手リリム。そして互いに保有する「エース」は、現役女子高生。つまり高校の同級生だ。

 世間一般的に見れば「お嬢様学園」と呼ばれる格式高く、同時に世間から切り離されているという建前の学校だが、彼女ら寮生もゲームを持ち込んで、このように対戦に興じる程度には自由である。

 気品を称えるお嬢様学園に通う彼女らは、今まさにしがらみのない宇宙でその生命を燃やしているのだ。


 ただし……宇宙にいる生命は、何も『彼女たち』だけではない。


「散れ散れ散れ! 第十艦隊から第十三艦隊まで二重包囲! 敵艦隊と座標をずらして『アイツ』を包囲しろ!

 あっ、第七艦隊はステルス前進! 座標宙域アンドロメダ星雲第七百十一星系G91:C118:F62で待機!」


 銀河の夜闇を貫く白銀の弾頭。最大速度が亜光速にまで加速可能な超兵器が、その『怪物』へと突き刺さる。

 だが黄衣を吹き飛ばすことは出来ず、僅かに焦げたような跡が残るばかり。

 超大規模の宇宙艦隊すらコバエのごとく見下ろすそれは、矢じりのような頭角に、太く扁平な肉塊が伸びた長い体をしならせ、全身にまとう粘液が肉体にかかるあらゆる熱を軽減する。

 進行方向を突き刺すような頭角、その正反対には五対の触手状の生体兵器、ついでに推進力を確保するためのイオンジェットが噴き出るが生えたそれは、もはや神と呼んで差し支えないほどの力量差を見せつけていた。


 触手のひと薙ぎで、クイーン級艦船がひとつ宇宙の藻屑になるほどに。


『第六艦隊被害甚大! 離脱(リタイア)します!』


『第十二艦隊、前衛艦軒並み沈黙。被害甚大、被害甚大!』


 NPCの報告一つ一つが、この戦場における流れの変化を示す。


「黄衣恐惶……ッ、アプデ追加のレイドボスが戦争宙域に……!?」


『リリム艦隊も対応に追われてるね。後退してるよ』


「む。取り逃したか」


『随分と判断が早い。支援砲撃はしてくれるみたいだよ』


「そうか」


 長大なメインモニタに映る敵艦隊の残骸は、上下(宇宙に上下があるのかは置いておくとして)からの挟み撃ちで撃墜したクイーン級艦隊が五つ、味方艦隊の攻撃によって塵となったデブリである。

 こうなってしまうとつらいのは、ただ前進するだけでもあの破片にぶつかりかねないことだ。

 元がクイーン級である以上、そのデブリは破片だけでも小型艦船ほどの大きさがある場合もある。

 運動をともなく小型の金属片とは、それだけで立派な障害物になりかねないのだ。


 しかし、そのデブリの山を飛行する「鷹」が、一羽。


 人型であり各関節は太く補強され追加ブースターの取り付けられた、銀色の騎士。その背に生えているのは、姿勢制御及び加速用の追加ブースター翼。

 薄汚れた黄土色の衣を切り裂くように飛び、鞭のようにしなる生体ジェット触手をかいくぐりながら、縦横無尽にアサルトライフルで撃ち込む。

 彼女の名前は《ナイトホーク》。プレイヤーネームとナイト級の名前を同一にした、生粋のライダー。


『それじゃまずは、この闖入者をなんとかしようか』


 ナイト級戦術実行人機、コードネーム【ナイトホーク】は、恐ろしいほどの巨体を持つ黄衣恐惶へと弾丸を集中させる。

 撃ち切った後、即座に実体弾を装填したマガジンを交換、最速で乱射を再開。しかし目立った傷を絶えられているとはいいがたい。

 それなら艦砲射撃の方がまだ効率的だろう。


『……これじゃ撃つだけ無駄っぽいね』


 だが、クイーン級の主武装。電磁艦砲がうなりをあげて黄衣恐惶へと突き刺さる。

 やはり桁違いの威力だ。

 ナイトホークはレイドボスの巨体から離れ、ミレニアム(万年)ハーツ()ライダー(乗騎)の艦隊へとメインカメラを向ける。

 それが、功を奏したのか。


 閃光


『まずいことになったよ、剣条。いや、クラウ艦長』


 上半身のブースターを噴射。ブリッジするようにくの字に折れたナイトホークの頭部が存在していた座標を、細長い弾丸が通過した。

 両足を開いて反動をつけ、体の回転を止めてみれば、第二、第三射が飛来する。

 正確だが、動いている相手を狙い撃つのは慣れていないのか、やや粗い。

 しかし射撃が本命ではないのだろう。

 弾丸を追うようにして、ナイトホークを捉えたのは紫紺の騎士。長い耳のようなセンサーを頭部に搭載した「兎」であった。

 紫紺に彩られた兎耳の騎士が今、ナイト級を一刀両断せしめる刃渡りを持つ長大な刀をひらめかせる。


 相手の艦隊から発進してきたのであろう。奇襲を失敗したにも関わらず、その斬撃はなお狂気じみた正確性でナイト級の関節部を狙っていた。


『お客さんだ』


 それは明らかにリーチによる不利が目立つ刀でなお、大胆不敵に狙撃銃を捨て、他の武装を持ち合わせていない数寄者。


「バカな。対応が早すぎる、いやというよりも知っていたような反応(ガンギマリ)。相手の発進地点……そうか、『トレイン』か! バカかコイツは!?」


 赤髪の艦長クラウは仕様外の闖入者と、襲撃者の飛来してくる角度。

 そして「エース」の人格を結び付けたことで、最悪の結論に至った。

 これはエネミーのヘイトを稼いで、それを別のパーティに押し付ける最悪の愚行。いや、この場合は最悪の「戦術」であり、それを当たり前のように実行するのだと、この女ならやりかねないと目を見開く。


「ルール上はそりゃ問題ないが……あっ! てことは向こうは知っててやってやがるな! 総員ヘイト稼ぐな、っていうか主砲の発射やめ!! 生かさず殺さず……っ」


『ナイト級戦術実行人機、コードネーム【ナイトハーツ】』


「ッ」


『さっぷらああああああああああああああああああああいず!!! あ~~~~~っはっはっはっは!!!』


 歓喜の叫びと共に、夜色の怪人が襲い来る。

 プレイヤーネームは《OICW》。

 自己と他者を同時に巻き込むトレイン行為を、「やりかねない」という理由だけで確信される人物でもある。

 トレインしてきたレイドボスにかかりっきりの相手を、高速長射程の射撃で襲撃。それがダメなら更なる機動力で斬り捨てるつもりの女は、まさにその懸念の体現者であった。

  

 ブースターによる加速ですれ違いざまにナイトホークを狙う、それは異常さに加え自らの役割を理解している証左でもある。

 狂人であれど怪人であれど、獣ではない。


 デメリットを受け入れ後退のネジを捨てたような戦術は、確かに意表を突いたものである。

 だが何もかも、それが最善手ならば赤髪の艦長もまた、その方法を選ぶだろう。選択されることのない選択肢には、捨てられるだけの理由があるのだ。

  

『名付けて他人の不幸は蜜の味作戦!』


「ほぼ自爆技だろそれは!? 夜鷹! 及川を抑えておけ! こっちは黄衣恐惶を誘導する!」


『了解』


 そうだ。トレインしてきたモンスターをぶつける戦術の欠点。それは決して、レイドモンスターが召喚獣やペットではないという点にこそある。 

 攻撃対象は常にヘイトの高い者を優先的に狙い、小さな艦船の所属など関係なしに、暴力は振るわれるのだ。


『敵艦隊三隻沈黙! ジェット触手から逃れることが出来なかったようです!』


「よーしよし! どう頑張っても推進力に差があるからなァ! まだ射程圏内にいると思ってたぜ!」

 

『ちょっとクラウちゃん離れなさいよ!?』


「まとわりつけ!」


『このっ』


 ホットラインを切断する。

 メインモニタには飛び回る陰が二つ、横切って行った。

 女子高生たちの銀河は、急速に収縮していく。


 

 銀翼がより強く、その力を吐き出す。

 兎耳の騎士ナイトハーツへと一直線に飛行し、くるりと右回転。刀を持つ腕の反対側へと回り込んだ。  

 そのまま即座に反転すると、手にした二丁拳銃から轟音をがなり立て、発砲。着弾はしない。

 まるで未来が見えているかのような先読みで、ナイトホークの弾丸を避けていく。


『夜鷹ちゃァん! 今日もかわいいねー!』


「それはどうもっ」


 ブースターが火を噴き、加速。兎耳の騎士はそれを予見し、先回りしている。

 機体を追いかけるような切り上げは正確に足関節を狙っており、反射的に頭頂方向へとブースターを起動しなければ、左足が切断されていた。

 

『ところで来週の中間対策した?』


「数学最高」


『一緒に世界史勉強しようぜ!』


 両手で抱えるようにしてハンドガンを撃つ、ゲーム環境であるが故に発生する轟音。直後に金属音。

 

「弾丸、斬らないでほしいんだけど」


『いやそれ食らったらミンチになるし……』


 刀で斬り、弾いた。人間離れした動作にエフェクトがようやく追いつき、火花が周囲へ散る。

 ナイトホークとしてはシャレにならない、という気分だった。

 そもそもナイトホークという機体は加速力、旋回性能、動作精密性を追い求めて火力を銃火器に依存している。

 と、同時に防御性能を大幅に削っているので、リーチが短い代わりに質量ダメージの大きな刀など、近接攻撃などを胴体に貰ってしまえば、一撃で大破しかねない。


 ギャラクシー・スカイウォーの世界観において、ナイト級とは即ち即応性があり小回りが利き、多種多様な破壊力を行使出来るものの、防御性能の低い小型ユニットである。

 そのメリットを呑んでもいいと思うほどに、機動力というメリットは捨てがたい。

 艦隊戦が基本となった環境でも変わることなく、その「小型」「高速」であるという利点は常に羨望の的だ。

 何故ならこのゲームに限らず、巨大なものは常に「大雑把」であり、小さな戦士を見過ごす可能性が非常に高い。

 もし正確かつ、高速のエースパイロットがいるのなら、艦隊の弱点であるブリッジや動力系を貫き、一つや二つ堕とすのも、たやすいのだ。

 だからこその「エース」。この艦隊戦においてエースとは撃墜王であると同時に、守護者としても一級品。

 相手の最精鋭に好き勝手されないように、それを押しとどめる役がある。


『イグニッション!』


「!」


 だが、だからこそ「最速」を極めるビルドというものが存在する。

 推進器を背面へ「ごてごて」に装備し、武装を極限まで減らした「打ち首上等突撃(カミカゼ)ビルド」。

 それは奔れば死と同義の戦場で、誰よりも速く戦線を突破し防御力の弱さで自爆して華々しく散っていく極端な構成だ。

 ナイトホークは、しかし「全く同じ性能のパーツ」を発動し、距離を離そうとするが、先に発動したナイトハーツに分がある。


「……イグニッション」


『軽量化! 推進! 安全性とか投げ捨てて! 全て混ぜちゃって! 全く女子高生ってのはこれだから最高! 私女子高生でよかったー!』


「(だから)」


『そうだろ! 君も!!!』


『「ミラーマッチッ」』


 まったく同じビルドを組み、なお安定翼とセンサー。銃器と刀で色の分かれた二機が、最速で激突する。

 切り結ぼうとした刀を銃弾で防ぎ、反動を利用したボディの旋回。方向転換を経て急速鋭角ターンを決めたナイトホークの背に、追尾するかの如く正確な突きを叩きこまれてなお、彼女は銀翼を噴射し目くらましをかけながら距離を稼いだ。

 離れた直後、頭部、胸部へに連射。近付かれないように牽制したつもりが、仰向けに倒れこむようにして上半身をそらした兎耳の騎士ナイトハーツに弾が当たることはない。


「(こうなるともはや、どっちが先に攻撃を当てるかの勝負になる。隙が欲しい)」


 速度で拮抗する二人だからこそ、先読みの正確な騎士に軍配が上がる。

 だが射程において刀と銃では比べるべくもない。

 小惑星を足場に兎が跳ね、重力の渦を鷹が飛ぶ。

 居合のように薙ぎ払う斬撃を銃床が受け止め、慣性による強制的な側転の最中でもナイトホークの銃口は、正確にナイトハーツの頭部を穿とうとしていた。

 時折薙ぎ払われる触手を避け、最速の二人は切り結ぶ。

 だが、それが相手に食い込むことはない。

 いわゆる千日手、しかしその終わりは数分。唐突に。


 がちりと嫌な音。


 ナイトホークは目を見開き、息を呑む。

 彼我の距離はわずか数十メートル。

 ならば、最速の騎士は一秒とかからず、詰めることが出来た。


『「弾切れ!?」』


 ほんの一度だけ、リロードを忘れた。

 速度勝負の為に意識を集中しすぎた結果、訪れたのは凡ミスという結果。後悔は電撃のようにナイトホークの頭をしびれさせる。

 当然ここからリロード。新たな弾丸の補充を行う、まさにその瞬間が見逃されるということはない。

 だから。

 それ故にナイトホークはリロード「しない」という選択をする。僅かでも硬直する時間を嫌い、その手は突き出される刀を迎撃する為、銃床での殴打に切り替える。

 

『見えてるさ!』


 瞬間、閃く刃。距離のアドバンテージを持たないナイトホークでは、紫紺に輝く刃に勝つ方法はない。

 刀は銃を弾き飛ばし、返す刀で胴を逆袈裟に狙う。


「ッ!」


 だが、それでもナイトホークは「エース」なのだ。

 只で落ちるつもりもない。そして。


「負けるつもりも、ないッ!」


 刃を圧しとどめるように、手のひらで受け止める。だがそんなものが何の足しになるというのか、相手は刀でこちらは鋼鉄の腕とはいえ、たかが素手なのだ。

 精密機械であるマニュピレーターに刃が食い込み、止まることなく自由な可動を可能にする二重関節の手首を。そして腕を、肘を、順番に切り裂く。

 両断された腕の破片が散り、兎耳の騎士が勝利を確信した瞬間。


 ナイトホークは、全てのスラスターを「120%」の出力で噴射した。

 

『!?』


「残念だけど……『僕』は銃弾より重いよ」


『どこにそんな燃料が!』


 四肢駆動、及び反動制御による姿勢制御技術。それは本職の宇宙飛行士が訓練でも行う、実に初歩の初歩的な技術である。

 だが、使うべきタイミングで、しかるべき重心操作を行うことで、燃料を節約しながら長時間の戦闘を可能にしていた。

 そして何より、動くべきタイミングでの発砲。反動での姿勢制御を完了させる。

 単純な節約術であり、それ自体は何も特別な技術ではない。

 だがそれも塵が積もれば、ということがある。


 例えば、背後に迫る自艦隊へと敵を押し付けたいときには特に。


『女の子のハグはいつでも歓迎だけど今はちょえっ!? はっ!? うっそでしょなにこのダメ判定!?』


『うははは! ラムアタックだおらああああああああ!』


 意識を向けることのできなかった背面から、超質量の突撃が兎と、そして当然、鷹を襲う。

 

『みえなっ、あっ! ステルスか!? クラウぅうううううう!』


『断末魔を聞かせろ色ボケェ!!!!』


『透け透けめいどきっ』


 そして、爆発。

 だが当然、クイーン級戦艦の突撃と至近距離からの自爆に耐えられるはずもなく、ナイトホークにも限界が訪れる。

 ステルス待機していた第七艦隊へハンドサインを送りながらも、未だに途切れぬ通信で最後の言葉を残した。


「クラウ」


『おう』


「座標宙域アンドロメダ星雲第七百十一星系G91:C10:G10、目視距離に二つ……守ってよ、僕たちの……お化け屋敷(ぶなんなやつ)……」


 宇宙に今、鷹が散った。



 戦闘も大詰め。もはや艦隊戦か、レイドボスを先に始末するかの瀬戸際に、第一艦隊が「旗艦ではない」と気付いたのはいつだったか。

 リリムは自らのエースが爆散したとき、高速戦闘するナイト級を誘い出し、子細な座標も併せて打撃を成功させるにはNPCの操る艦隊では不可能だという答えに、瞬時に辿り着く。

 即ちステルス潜行していた第七艦隊、それこそが「旗艦」なのだ。

 当たり前のように座標を特定したリリムは、ナイトハーツがトレインした黄衣恐惶への対応もほどほどに、自らもステルス行動を開始し、『ラムアタック』をかける。

 自分がやった攻撃で死ぬがいいわ! スケスケメイド喫茶最高! そう、叫んだ直後だ。


「視線」があう。


 そこにいたのは真っ赤なカラーリングで塗装を施され、天にも逆らう(センサー)を生やしたナイト級。

 手には銃。弾丸は二発、装填済み。

 ルールでは、艦長が持つ自らのナイト級の武装解除が義務付けられているが、しかしそれは武装を持ってはいけないということではない。

 ナイトホークが遺した最後の座標は、今彼女の手元にあった。


「文化祭だっつってんだろ色ボケ」


『んなあああああああ!!!!!!』


 最後の一撃は静かに、ブリッジを貫いた。

 ウィンドウに表示される勝利の文字と、怒気を孕んだ狂気を振りまきながら進行してくるレイドボスが、目に入る。


「……死んだなこれ」


 攻勢に回る為に相手艦隊と、レイドボスを相手していた残りの艦隊が敵ごと全滅したことを察したクラウは、諦めて笑う。

 もうどうにも出来ないのならば、笑って受け入れるしかない。

 だが、実はここにはもう一つ、武器がある。 

 ナイトハーツ、兎耳の騎士が残した刀が一本だけ、ステルス潜行していた筈の第七艦隊旗艦へと突き刺さっていた。

 どこかオカルトめいた執念なのか、それとも偶然かはわからなかったが、しかし赤いナイト級はそれを引き抜き、ブースターを起動させる。

 目標はレイドボス。常識的に見れば人間とアリの戦いであるが、しかし彼女は悩まなかった。


「どうせ死ぬならテメェも道連れにしてやるぁあああああああああ!!」


 なお後日。彼女たちが通う文化祭において、サボりがちな「血みどろの魔女」と女性客を口説きまくる「ゾンビ」。そしてゾンビを叩きのめす「拳銃使いの殺人鬼」。そしてやけに高身長で威圧感のある「赤い髪のヴィクトリアン鬼メイド」が目撃されたという。

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