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めたもるふぉうぜ!!  作者: 覆水
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第2部その3


 学校からほど近い公園へとやって来た一行はそれぞれが口を閉ざしたままでこの災難を改めて口に出そうとはしなかった。


 武志は顔認証で起動できなくなったスマホの設定を変更するとクラスメイトの全員に[異変が起こった者は縄文公園まで来てくれ]とメッセージを送った。


 時間はかかるだろうし、全員が揃うとは考えていなかった。それでもきっと無駄ではないと武志は考えている。


 さて、武志は改めて小山田の様子を見た。彼は疲労困憊している様子で頭はめっきり働いていないのが分かる。ブランコの座席に座る彼は無気力に項垂れていて僅かに揺れていたのは彼が生きている証拠に鼓動している振動からだった。


 話すきっかけが見つからない。武志もこの災難がどうして起こったのか分かっていないのだ。ただ気遣うにも変に思われて声をかけられない。小山田はひとりで悩んで居たに違いないだろう。武志には楓や薫がいたのでなんとか我を保つ事が出来たのだ。



「どうしてこんな事になっちまったんだ?」



 小山田がぽつりぽつりと言葉を繋いで言った。


 答えは見つからない。誰も何も言えなかった。


 そうしているとその公園の外にちらほらと影が見え始めた。それは老若男女という言葉がぴったりのだった。高齢の男女、幼齢の男女、少年少女、全ての年代の男女が揃っているように見えるが一同はそれぞれ表情は暗く、絶望し切った目をしているのが武志たちの気持ちをより沈ませた。


 武志はじっと彼らを見ているし、楓は今にも泣き出しそうになって顔を歪めた。薫は極度の不安に襲われだして傍に居た武志の服の裾を掴んだ。「逃げよう」と彼女は提案するつもりだった。絶望し切った者どもが自暴自棄になって前後不覚に陥ったまま未来を失った暴徒と化すような異様な空気が漂い出していたのだ。


 そんな中で武志のスマホに着信があった。



[今、公園にいる?]



 このような所在を尋ねるメッセージが十数件送られて来た。


 武志はその全てに[いる]と答えた。


 するとどこの誰の集まりであるのかを尋ねる前に、様々な年代がばらばらに集まっているようなその場所で一斉に着信の報せが鳴った。それは武志たちが聞き慣れた音だった。鳥の鳴き声である者やホイッスルの音である者、ベルの音である者、誰かの声である者など様々だったがたったそれだけで互いを認識して半信半疑ながらも安心する事が出来たのである。


 彼らは近づいて来た。武志たちを中心にして集まった一同は総勢20名に及ぼうとしていた。


 それでもクラスメイトの全員ではない。彼の所属するクラスは35名になる。15名が居ない計算になるがどうして過ごしているのだろうか。武志は薫のように放埓に遊びに出た者がいるだろうと思ったし、恐ろしくて外に出られない者もいるだろうと思った。武志はただ無事で居てくれたらと考えるしかなかったので後の事は考えるのを止めてしまった。


 集まった者たちはそれをきっかけに不安や困惑が爆発して狂乱状態に陥っていた。誰も彼もが「これは夢だ!」と一度は口にしたが、依然として覚めない夢に嫌々ながらも現実として受け入れ始めていた。


 楓と親しい鴻巣紅葉という女生徒が楓の名を呼んでいた。それにいち早く気が付いたのは薫で「お姉ちゃん」と言ってそれを報せると楓は鴻巣の元へと駆けていった。



「もみじ!」



 楓が呼びかけているのに鴻巣は聞こえていないのか振り返りもしないで楓を探している。


 そしてようやく鴻巣の手を取った楓は明るく言った。



「もみじ、だいじょうぶだった?」



 手を握られて振り返った鴻巣はとても女子高校生とは思えない容貌だった。それは超高齢の女性の姿で、腰は前方に折れているし脚はひどく変形していた。歩くにも痛みが伴っているに違いない。鴻巣の顔は皺に覆われていて長い年月をかけてそうなるはずだったものが一挙に押し寄せて来た絶望と昨日よりも身近に感じる強い死の感覚を恐れた暗い落ちくぼんだ眼をしていた。


 それを間近で見た楓は小さな悲鳴をあげそうになった。これまでの友人としての鴻巣紅葉の姿形は見る影もない。その事実が何よりも恐ろしかったし、少女と老女の対比は時の流れの残酷さを表していて精神年齢が高校生であるという疑いようもない事実がより痛ましさを強くさせていた。



「どうして、こんな事になっちゃったんだろう」



 鴻巣は泣きながら楓に言った。楓もまた涙を流した。


 すると鴻巣と楓と仲の良かった女生徒たちが集まって行った。中には楓と同じような少女のような者いたし、中年女性の者もいたし、僅かに若くか老いたかした程度の者もいた。ただやはり鴻巣と楓の間ほどに残酷を滲ませる者はいなかった。


 女たちが泣き始めると男たちはこの事件の悲惨さがより一層感じられるように思って気を重くした。どんな事でも女が何人も涙している音や声は男の気持ちを酷いものにするので男たちはかかる事件よりも女たちの涙だけに落胆しているものだった。


 落胆していた小山田はスマホを使って電話をかけていた。どうやらずっと繋がらないらしい。苛立ちを募らせながら何度も何度も同じ相手に電話をしている様子だった。


 似たような者が他にも数名いた。ずっとスマホが鳴っている者もいる。


 武志はその知人たちが誰と連絡を取ろうとしているのか理解していた。


 小山田は同じクラスメイトの中山鈴音と交際している。その彼女がここに来ていない。中山はバレー部員で長身痩躯でスタイルが良かった。SNSで自信のファッションセンスを遺憾なく発揮して披露していてとても人気があった。


 小山田というバスケ部のエースで美形の男とバレー部のスタイル抜群でファッションセンスも良い中山とが交際しているというのは憧れの象徴となっていた。誰もがお似合いのカップルだと思っていた2人だ。



「誰か鈴音を知らないか?」



 小山田が尋ね回っている。



「知らないよ」



 誰かが小山田の問いに答えた。


 武志はここに来ていない事を示す先ほど思いついた不在の理由を小山田には決して言うまいと心に決めた。


 するとまた違うところで言い争う声が聞こえて来た。



「なんだってそんな事を言うんだよ!」


「だって、信じられない。あんたってそういう人だったんだ」



 クラスメイトの梶谷雅也と川上藍が言い争っている。


 2人は交際関係にある男女だが喧嘩しているところは見た事もなかったし、聞いた事もなかった武志は彼らの声に驚いていた。梶谷も川上もどちらも年を取っていたが見た目の年齢は離れていた。梶谷は見たところ40代の男性で川上は20代の女性だった。2人の様子は釣り合っていなかった。梶谷は清潔感があって端正な顔立ちをしているが川上は太っていて喉に水が詰まっているような湿り気のある声で話をしていた。どちらも困惑が顔に浮かんでいてこの事態に辟易しているようだった。



「信じられねえよ。俺は太ってる人は好きになれないんだ。本当に藍なのか?」


「だからそうだって言ってるじゃん!」



 川上は梶谷の胸を叩いて訴えていた。



「藍だって好きで太ったんじゃないもん。起きたらこうなってたんだよ。雅也もそうでしょ。それなのに太ってるだけでそんな態度なんて信じられない。あんたってそんな薄情な奴だったんだ!」



 川上の訴えに梶谷は耳を貸そうとしなかった。彼はこの現実しか見えていなかった。姿が変わってしまった川上藍という女性を見ているのである。姿が変わる前の川上藍という女性も見て来たはずだった。


 そしてほとんどの者たちが残している面影にかつての光を見出す事もあるが返ってそれが梶谷には苦しかったのかもしれない。とにかく梶谷にくっついて離れようとしない川上を振り払って梶谷は公園を出て行った。追い縋る川上を再度振り払って走り去ると川上は重くなって自由が利かなくなった身でまだ追おうとするが梶谷の方が速かった。公園の出入り口の前で転んだ彼女はわんわんと泣き出すのだった。


 そのあまりに哀れな様子に誰も声をかけられなかったが楓は一歩一歩近づいて行った。まるで彼女の全てに同情する心を作りあげていくように地面を踏みしめていた。そしてそっとその丸い背中に手で触れるとゆっくりと撫で始めたのである。


 川上はその優しい手に気が付くと顔を上げてその手を取ると頬に摺り寄せて慰められながらわんわんと泣くのであった。


 他にもこのように決裂していくカップルもあればまた新たに誕生するカップルもあった。


 川上を慰める楓を見た時に彼は自分が惚れ込んだ宮島楓の本来の姿を垣間見た。それは彼女の魂の姿形であっただろう。美しいと思ったし、それが変わっていない事に心の底から安心している。


 それでも彼はある事を感じていた。拭えないこの感覚を恥じていたし、相応しくないと思っていた。要するに彼は孫を見るような、あるいは娘を見るような保護者の立場として泣く人を慰める優しさを見せる楓を眺めていたのである。


 この感覚に武志は大いに苦しんだ。どれだけ拭ってもそれは消えなかった。年老いて姿形が変わってしまった自分の感情が信じられなかった。昨日まではしっかりとあったあの想い。そしてそれは未だに心の中で大きな部分を占めているこの想いが正しく機能していない。


 姿形が変わっても君を愛する、と誓ったはずだったのにそれが嘘になりそうで恐ろしくなった。


 武志は自分が変わってしまった事を改めてひしひしと感じていた。それでいて不変で美しい楓の姿を見ると苦しくて堪らないので目を逸らす。その先で彼が見たのは彼と同じように年を取って空虚に苦悩していた今、ひとりぼっちの薫だった。


 彼女は武志と目が合うと照れたように微笑んで髪を掻き上げた。白いワンピースが美しい。彼女の全てが今の自分に相応しいように思われた。そして導かれるように薫への道は一直線に開かれていて阻む物は彼の道徳心だけだった。


 ただ彼を辛うじてこの場に留まらせたのはあの誓いだけだった。それのみに頼っているがそれ以上に強力なものはなかっただろう。


 姿形が変わっても君を愛する。たとえそれが自分の姿であろうとも、君の姿であろうとも絶対に変わらない。変わり果てた自分の姿の全てを認めて誓いを立て直すと武志は保護者として見ていた視点も同級生として見ていた視線も、なにもかもを内包した大きな愛が生まれるのを感じていた。


 そして武志は振り返って小さな楓をじっと見つめるとまた強く彼は誓い直すのだった。



「姿形が変わっても君を愛する」


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