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第七話 いざバラ園へ

 お皿を空にし、お茶のおかわりを貰う。

 濃いめのお茶が続いたが、最後はさっぱりめのものをセレクトした。

 カップを傾けながらお菓子エリアを眺めれば、そこは王子とその取り巻き軍団に占拠されたまま。よほど肝が座っているか、あの場に混ざる覚悟がなければ取りに行くことも叶わない。そのおかげか、私のお菓子セレクトに注目する者もいない。


 抜け出すなら今だ。

 皿を適当な机の上に放置し、人を縫うように会場の外へと向かう。


 ーーさぁ問題はここからだ。


 前回お手洗いまで出てから会場まで戻ったこともあり、最初はお手洗いを目指していた。

 トイレも済ませておきたいし。


 だが私が辿り着いたのはお手洗いはお手洗いでも、会場付近にある所ではなく、多分使用人専用のもの。入ってから明らかに作りがお客様向けではないことに気づいた。全身を映し出す鏡が多数用意されており、蛇口の近くにはブラシが置かれている。おそらく身だしなみを整える用なのだろう。鎖がついているのには驚いたが、盗難防止と思われる。髪を梳かすにも筋力が必要そうだ。


 普段は自分用を持っていて、これは緊急用とか?

 髪をボサボサにしたメイドを城の中に置いておくのも格が落ちるといったところだろうか。さすがに前世のちょっとお高めのカラオケみたいに使い捨てのクシなんて設置出来ないだろうし、結果として共用ブラシを設置した、と。



 お城勤めはお給料はいいけど、求められるラインが外見の時点でハードル高めなんだろうな~。

 ずぼらな私には出来そうもない、と濡れた手をハンカチで拭う。まぁ生きるか死ぬかの分かれ目に立たされている私がお城で働くことなど未来永劫こないのだろうが。



 お手洗いから出た私はバラ園を目指して歩き出しーーなぜか会場に戻っていた。


 おかしい。

 これでは普通にお手洗いに行って帰ってきただけではないか。


 たまたま正面にいたフレインボルド王子が私のやや長めのおトイレに目を丸くしている。いや、主役がわざわざ誰が会場にいるとかいないとかを把握しているはずがないか。いくらこんなドレスを着ているとはいえ、自意識過剰すぎた。とりあえず連続して会場を抜け出す訳にもいかないので、王子の隣を通過してお菓子の確保に向かう。


 次は何にしようかな~なんて考えていれば、追加の焼き菓子が運ばれてくる。どうやら今回は前回に比べてお菓子の消費スピードが早いようだ。残りが少ないお菓子も多い。追加されたものから適当に見繕い、皿に載せ、途中で使用人からお茶を貰う。カップとお皿で両手を埋めて安息の地を求めて歩き出した。


 ーーすると今度はバラ園に到着していた。

 まだ歩きだして数分といったところだ。つい少し前まで確かに会場内にいたはずなのに……。辺りを見回せば生け垣ばかり。前回よりも人の声が近い。どうやら会場内のどこかにバラ園に繋がる道があったらしい。


 だが別の入り口から入ってしまったことで新たな問題が浮上する。


「この前フレイムさんと会ったのってどの辺だろう?」

 同じ入り口から入れば、前回と同じように直進して右折してを繰り返せばいいだけだ。まぁそれですら迷う可能性が否定出来ないのが痛いところだが、それでも別の入り口から入るよりもずっと到着出来る確率が高くなる。


 だが今の私はどうだろうか。

 そもそも自覚した時点ですでにそこそこ迷路の中を歩いてしまっているので、現在地ですらどこだか分からない。


 そして何より、前回目指したはずのガセボがこの位置からでは見えないのだ。

 ぴょんぴょんと飛べば頭くらいは見えるのかもしれないが、あいにくと私の手にはお茶とお菓子がある。これらを犠牲には出来ないし、だからといってフレイムさんの名前を呼びながら歩くというのも……。もう少し会場から離れていればな~。それも叶わぬ願いだ。


 仕方ない、会えるまで歩くか。

 真っ直ぐ歩いて右折、真っ直ぐ歩いて右折を繰り返しながら進んでいく。行き止まりになったら戻って逆方向に向かう。だが一向に見えてくるのはバラの赤ばかり。フレイムさんのうろこは見当たらないし、羽ばたく音すら聞こえない。


 まだバラ園に到着していないのかな?

 そろそろ休憩をいれたいところだが、到着して待っていてくれていたら申し訳がない。

 来ないからと帰ってしまったら今日ここに来た意味がないし……。そろそろ最後の手段を取るべきだろうか。会場の声も少し小さくなっており、もう少し離れた位置からならフレイムさんの名前を呟きながら歩いても会場まで届くことはないだろう。怪しさMAXだし、他の人に遭遇したらそれこそ父に連絡がいきそうなので、あくまでこれは最終手段としてではある。不審者カードを切る前に、遭遇したいところだ。


「ふぅ、後少し遠ざかるか」

 カップに口をつけて水分補給をする。

 お行儀は悪いけれど、私の左右と背後には生け垣シールドがある。前方から人が来さえしなければ安全だ。


 ーーそんな考えはあっさりと崩れ去る。


「何から遠ざかるんだ?」

「へ?」

 聞き覚えのある声に勢いよく空を見上げる。

 するとそこには生け垣すれすれで飛ぶフレイムさんの姿があった。

 まさか飛んでやってくるとは……。もしかして全然来ないから探してもらっていたとか? だとしたら申し訳ない。前回下手に格好付けずに迷子癖があることを告白しておけば良かったと後悔が押し寄せる。けれど私の事情を知らないフレイムさんはそのまま私の前に着地し、真っ直ぐとこちらを見つめた。


「アドリエンヌは何から遠ざかっているんだ?」

 嘘を付いてもすぐに暴いてしまいそうなほど鋭い瞳だ。

 思わず胸をずきゅんと打ち抜かれ、たじろぎそうになる。お皿とカップさえなければ、勢いよく頭を垂れていたことだろう。今も理性ブレーキが効かなければ食器をガッシャーンと落としてしまうところだった。理性的な私はゆっくりと膝を折り、地面にハンカチを敷いた上にお皿とカップを置いた。


「ははーあ」

 時代劇のラストシーンの悪役さながら深く頭を下げた。

 前回の土下座は手の位置が頭の下であったのに対して、今回はピーンと長く伸ばしている。

 これは前方・後方どちらからフレイムさんの神々しさを称えるウエーブが来ても波の一部になれる。

 まぁこの場には私しかいないので、頑張ったところで一人で波役に徹するか悪役を演じるかしかないのだが。


「何をしているんだ?」

「あまりの神々しさに頭を垂れています」

「いや、そうじゃなくてだな。俺が聞きたいのは何から逃げていたのかということで」

 前回の土下座があったからか、フレイムさんはあまり驚いていない。

 さすがドラゴン。適応が早い。私も顔を上げ、彼の問いに答える。


「逃げてませんよ?」

「だが遠ざかっていた、と。誰かに追われていたのではないのか?」

「違いますよ。会場付近でフレイムさんの名前呼んで誰かに発見・回収されると嫌なので、会場から遠ざかっていたんです」

「なんでそんなことする必要があるんだ? 前回と同じ場所に来れば良かっただろう」

「私、迷子体質なので」

「は?」


 一度口にすると、一気に恥ずかしさが霧散していく。

 取り繕ったところで今後も迷惑をかけるだけだし! と割り切ったのも大きな要因だ。

 そういえばトモちゃんに初めて迷子を打ち明けた時も同じような感じだったな~。


 その時は「そういう大事なことはもっと早く言って! 迷子は努力じゃ治せないんだから」と怒られてしまった。あの時のトモちゃんは怖かった。ちょっと待ってて! と私を残してコンビニに入ったと思ったらモバイルバッテリーとコード、ノートにペンを購入し、私に押しつけたかと思ったら今度は腕を引いてファミレスに連れ込まれた。そして私の前にノートを設置し、これからの二人のルールを取り決めたのである。その取り決めの一つにスマートフォンの電源確認がある。


 ああ、懐かしい。

 この世界にスマートフォンがあれば、すぐに取り出して連絡先を交換するのに……。

 だが、ないものねだりをしても仕方がない。

 信じてもらえるかは分からないが、前回のことも打ち明けることにした。


「前回バラ園に到着したのも、今回別の入り口から入っちゃったのも迷った結果です」

「……もしやバラ園に向かったと思ったら会場に戻ってきたのも」


 まさか初めのトライから見られていたとは、話が早い!


「見てたんですか!? そうです。トイレが長いんじゃなくて、迷いに迷った結果、スタート地点に戻って来ちゃったんです。というか声かけてくれれば良かったのに……」

「俺も出ようと思ったら帰ってきたから」

「帰ってきた? フレイムさん、あの会場にいたんですか」

「あ、ああ」

「じゃあ会場でお話すれば……」

「ドラゴンが人前に出て、パニックにならないはずがないだろう」

「そっか」

「だから隠れて見ていたんだ」

「なるほど」


 フレイムさんの真っ赤なボディは会場のどこにいても目立ちそうなものだが、木の上にでも隠れていたのだろうか? でも木の上だとふと空を見上げた時にうっかり目が合ってしまうなんてこともあり得る。だからってテーブルクロスの下にいても出てくる時に人に見られてしまうかもしれないし……。


 だがあの場は、王子の婚約者選考会場だ。

 フレイムさんでなくとも、どこで誰が見ていてもおかしくはない。

 フレイムさんも詳しくは話せないみたいだし、すぐにでも話を変えたいようだ。視線が泳いでいる。なんともわかりやすいドラゴンさんだ。


 城関係者にしか分からない場所があるのかも? なんて考えれば疑問はしゅわしゅわと溶けていった。


「だが迷い癖があるのなら前回言ってくれれば」

「恥ずかしいじゃないですか」

「そうか?」

「そうです!」

「そんなものか。ところでアドリエンヌは次回以降、この生け垣の中まで来られるか?」

「会場の近くに入り口あるっぽいので、迷って会場から出なければ……」


 迷子体質の私でも、10mごとに何か目標となる物があれば目的地にたどり着ける。学校なんてまさにそうだ。教室配置を全て完璧に覚えていれば一人での教室移動が可能だった。入り口が近くにあるのならば、その入り口までの目標物をいくつか確認し、それを辿るようにすれば問題ないだろう。頑張りますね! と拳をグッと固めれば、フレイムさんは少し困ったように眉を下げた。


「この生け垣の中にさえいれば探せる。だが外で声をかけることは出来ない」

「人に話しかけてたら見つかる確率上がりますもんね」

「ああ。すまない。だがこの中にいれば必ず迎えに行く。入ったと気づいた時点で、入り口から少し離れていればその場所で足を止めてくれ」

「了解です!」


 両手をクの字に曲げて敬礼をする。

 フレイムさんは城関係者だろうに、お茶会中は過ごすにも制限がついているのだろう。

 少しだけ同情するが、このお茶会がなければ私もフレイムさんと会えていない。


 私は行動制限場所の範囲にこのバラ園が入っていたことを心から感謝したのだった。



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