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第六話 真夜中の恐怖体験の末に獲得したのはリボンでした

 母のゼンマイ人形化にビクビクと怯えていた私だが、何度も現場に居合わせれば慣れるものである。

 真面目に家庭教師から勉強を習えば窓の外からこちらをガン見する母と目が合い、暇つぶしに部屋でブラックホールを布の上に作っていればドアの隙間から覗き込む母と目が合う。


 誰かひえっと声をあげなかった私を褒めて欲しい。

 せめてドアをノックするなり、声をかけてくれと思うものの、母はこちらを見つめるだけ。たまに父が混ざるが、やはり声をかけられることはない。


 なんなんだ、この夫婦。

 無関心期を突破したのだろうか?

 会話のない日々が長すぎて、何を話して良いのか分からないとか?


 意味が分からない。謎は深まるばかりだ。

 今日も今日とて無言の夕食で『野菜最高!』と感動しながらニンジンのバターソテーを頬張った。


 その夜のことだった。

 夜中に妙に喉が乾いた私はベッドサイドに手を伸ばす。けれどそこに水差しは置かれていなかった。


「ぶつけて水を零した時に置くなって怒ったんだった……」

 ちなみにぶつかったのはアドリエンヌの不注意なので完全な八つ当たりである。

 ふわあと大きなあくびをしながらキッチンを目指すことにした。


 どうせ起きたならトイレも済ませとくか……。

 眠い目を擦りながら、先にお手洗いに向かうことにした私はとある部屋から光がこぼれているのを見つけた。

「誰の部屋だろう?」

 こんな遅くまで起きているとは……。


 使用人の誰かの部屋だったっけ?

 ちょうどいい。トイレに行く前に水を用意してくれと頼むことにしよう。

 顔を出そうとした私は隙間から見てしまったのだーー両親がお互いの両手を掴みながらくるくると回っている姿を。


 足なんかちょっとスキップ気味ではしゃいでいるのがよく分かるのだが、この二人、無表情なのだ。

 口角が全く上がることはない。


 能面でも顔に張り付けているのでは? と思うほどつるっつる。

 感情一つ見えない。


 ゼンマイ人形事件など序の口だったようだ。

 あまりの恐怖に、私は喉の乾きを忘れて顔を引っ込める。けれどその場から立ち去ることはせず、耳をそばだてる。


「アドリエンヌが真面目に勉強するなんて。その上、大嫌いだった野菜も摂り始めて……うちの子はどれだけ努力家なんだ。ただでさえあんなに可愛いのに、さらに高みに昇ろうとは、神より遣わされた子なのではないだろうか?」

「変わったのは王家のお茶会に参加してからです。お友達が出来たのかも知れませんわ。それにしてもドラゴンに興味があるご令嬢とは一体どこの家の方なんでしょう?」

「探しているのだが、なかなか見つからない。是非挨拶をしたいのだが……」

「ドラゴンは国によっても扱いがまるで違いますし、変なことに巻き込まれることを恐れて隠しているのかもしれませんわね」

「だがなんにせよ、お茶会に参加させたのは成功だったな。うちの子にもやっとお友達が出来た。可愛すぎて近寄りがたいと感じるのは仕方のないことだろうが、アドリエンヌもいつまでもお友達が出来ないのは寂しいだろう」

「もしかしたら王子様に恋をしたのかもしれませんわよ?」

「フレインボルド王子に??」

「ええ。年頃の女の子が自らを変えようと努力をしているのです。恋をしていても不思議ではありませんわ」

「まだ後数年は婚約者などいらないと思っていたが、アドリエンヌが望むのなら……」

「きっと王子様も天使のように可愛いアドリエンヌのことを気に入ってくれますわ」

「そうだな。なにせお茶会に参加するアドリエンヌはあの子の可愛さを十二分に発揮するドレスを着ているのだから」

「後何度開催されるかは分かりませんが、途中で足りなくなったなんてことのないようにしなくては」

「そうだな。ならば今から早速」

「ええ」


 この恐ろしい会話の全てが無表情でお送りされている。

 なにが恐ろしいって、娘に全く愛情が伝わっていないことはもちろん、あのドレスを可愛いと思っていることだ。


 まさかの悪意ゼロ。

 私の両親は壊滅的に表情筋が死んでいるだけではなく、センスまでも死滅していたらしい。どこからか取り出した紙にスケッチを行う二人の表情からはやはり感情を読み取ることは出来ない。だが至極真面目に取り組んでくれているのだと思う。


 物凄い勘違いを加速させると共に、王子様に引かれるドレスを製作しているが。

 まぁ……うん。別に何が何でも王子様の婚約者にさせたいとか、政治の駒として使うために変なドレスを着せられているとかじゃなければいいか。


 アドリエンヌがずっと欲していた親からの愛情はずっと近くにあったようだ。

 それどころかかなり溺愛されている。婚約者がいない理由も溺愛故って……想像できるはずもない。


 次はともかく、その次辺りからヤバいドレスが運ばれてきそうだが、我慢出来なくはない。というかこんな会話を聞いて断れるほど私は図太くない。断ったら後が面倒くさそうだ。


 出来る事と言えば、屋敷内では地味な服装を心がけ、二人にもそれとなく私の好みを知ってもらうことくらいだろう。


 あの視線の意味が「あんな地味な服似合わない。やっぱりピンクがいい」なんてものじゃないことを祈りながら。




「帰りはまた迎えにくる」

「はい」

 恐怖の壊滅センス事件から数日が経ち、私は再び王城を訪れている。


 あれ以降もやはり会話らしい会話はないものの、行動の端々に彼らの関心を感じることが出来るようになった。この送り迎えも父なりの愛情なのだろう。


 仕事の合間を縫って付いてくるくらいだったら普通に会話してくれと思うが、それも何かしらの理由があるのだろう。

 表情が無か眉に皺を寄せるの二択しかない父に、あの夜に母としていたような話を切り出されても困る。


 いきなり『愛らしい我が娘』だの『アドリエンヌは天使だ』なんて言われた所で恐怖でしかない。

 距離を詰めるのは追々でいいだろう。



 私は父から買って貰った牛革の手袋と、パッションピンクのケースに入ったドラゴン用のブラシがポケットに入っているか確認する。物が物なだけにポケットはパンパンに膨れ上がっているが、今日も今日とて盛り盛りピンクなドレスではポケットに注目する暇もない。この前屋敷で着た時はなかったはずの大きめのリボンがちょうどポケット脇に装着されているから目立ちにくいというのもあるのだろう。



 両親の意図とはまるで正反対にドン引かれるであろう服装で会場へ闊歩する。

 そのまま会場端の、お菓子が大量に用意されているテーブル近くの場所を確保。会場内を巡回する使用人達がそれぞれどんなお茶を持っているのかを確認するのも忘れない。


 あ、あとは王子の現在地。

 相変わらず死んだ魚のような目をしているフレインボルド王子だったが、私の目が会った瞬間、ほんの一瞬だけ笑ったような気がした。


 笑ったというか、嗤われたというか。

 今日もあいつやべえドレス着ているな、とかそんな感じだ。私もこのドレスで王子様の心が射止められるなんて思っちゃいない。


 そもそも王子様には興味がない。

 私の目的はフレイムさんだ。


 今日もほぼ確実に迷うこととなるので、早めにバラ園を目指したい所だが、さすがに開始すらしていないのに会場を抜け出す訳にもいかない。どうせ始まるまで待機しなければならないのなら、フレイムさんに差し入れる用のお菓子をいくつかパクっていきたい。だがお皿を持って会場の外に歩いていたら怪しすぎる。


 前回がたまたま声をかけられなかっただけのこと。

 途中で止められても厄介なので、今回はお菓子を持っていくことを諦め、お手洗いに向かうフリして会場を出る作戦でいこうと思う。

 その作戦を決行するにしてもスタート直後で、というのも変なので、とりあえず20~30分は適当に飲み食いする予定だ。


 王子様と周りのご令嬢達を観察しながらお茶会が開催されるのを待つ。




 今回から採用されたのだろう、鐘の音でお茶会がスタートする。

 時間入れ替え制のケーキバイキングっぽいな~なんて思いながら、早速お皿を片手に先ほどから目をつけていたお菓子を載せていく。一度お皿を置いて、好みの紅茶を持つ使用人に声をかければ私の一回目のセットが完成する。


 まずはケーキから。

 小さくなっているとはいえ、ご令嬢なら三カットくらいにしてから小さな口に運んでいくのだろう。だが私は大口を開けて頬張る。豪快な食べっぷりに、至るところから視線を感じる。無視してもごもごと口を動かし、次の物に手を伸ばした。すると視線の端でつい先ほど私が食べたばかりのケーキ確保に向かうご令嬢達が映り込んだ。


 どうやら今回もお菓子セレクトの参考にされたらしい。

 お茶会もとい王子の婚約者選考会はまだ二回目だが、離脱者は意外と多いようだ。

 王子を囲っているご令嬢は前回とほぼ同じメンツ。皆、公爵家のご令嬢達だ。


 私と違い、彼女達には婚約者がいるはずだが、第一王子との婚約がもぎ取れた暁にはそちらを解消するのだろう。この年で婚約解消なんてお相手も可哀想だよな~。

 そこそこお金を積まれ、今後何かを優遇すると約束させるのだろうが、捨てられたことに変わりはない。


 その自分を捨てたご令嬢は数年後に、今度は王子様に捨てられるーーと。

 なんだろう、この誰も幸せにならなさそうな負のループ。この流れでヒロインと王子様だけ幸せ街道を突っ走ることへの違和感を覚える。


 はっ、これはもしや私の中に眠る悪役令嬢が将来立ち塞がるヒロインに嫌がらせしろと騒いでいるのだろうか!?


 早すぎる。

 まだ悪役令嬢役ですら本決まりしていないのに、気が早すぎる!

 収まれ~。私は悪役令嬢になるつもりがないから、適当に祝っとけ~と自分に言い聞かせる。


 胸を軽く叩けば、シュルシュルと悪役っぽい感情はどこかへと消えていった。危なく闇落ちするところだったわ……でももう大丈夫だ。


 皿の上のお菓子を次々に口に放り込み、第二陣の回収に向かう。


 あ、マカロンが増えてる。

 チョコレート系を攻めようと思っていたが、前回はなかったキャラメルシリーズに心が揺れる。

 一緒に載せてもいいんだけど、口の中で混ざって十分に楽しめなかったら勿体ないしな~。だが新作だからか、数が少ない。


 追加される確証もないし、後で取られても嫌だ。

 いっそフルーツシリーズを攻めることにして、初めに数少ないキャラメルマカロンを制覇する? でもお腹は完全にチョコモードに入っているし……。


 お皿片手に攻める順番を熟考していると、先ほどよりもずっと強い視線が背中に突き刺さったような気がした。


「ん?」

 気になって振り返ると、すぐ近くまで王子様ご一行が足を運んでいた。

 どうやらお菓子コーナーで長時間陣取るのは邪魔だったらしい。確かにマナーがなっていなかった。


 ぺこりと頭を下げてから、チョコもキャラメルもフルーツもジャンル関係なしに目についたものをお皿の上に載せていく。明らかに一回に取る量ではない。山積みになったそれを落とさないようにゆっくりと先ほどの場所へと持ち帰る。


 これ食べ終わったらフレイムさんの所に向かうか。

 予定より少し早いが、王子ご一行はお菓子コーナーに陣取ることを決めたらしい。広がってお菓子を確保しながら、お皿片手に会話を弾ませている。あれでは次、いつお菓子確保に向かえるか分かったものではない。通りがかった使用人からお茶のおかわりをもらい、限りあるお菓子を楽しむことにした。


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